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 機構長コラム
   
鈴木 厚人 機構長
2010.06.04

グローバル・プロジェクトの定義
- 国際プロジェクトとグローバル・プロジェクトの違いとは? -


欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロンコライダー(LHC)が、連続運転に入りました。世界の高エネルギー物理学研究者が、長らく待ち望んだビーム衝突に盛り上がっています。どのような新しい物理学の世界が、開かれるのでしょう? 私たちの期待は、日毎にふくらみます。
 
このLHCの立ち上がりと並行して、LHCを越えた、将来の国際的な高エネルギー物理プロジェクト推進のための、組織だての検討も始まっています。2010年1月にインドのムンバイで行われた財政担当者会合(FALC)では、今回の記事の表題である「グローバル・プロジェクトの定義:国際プロジェクトとグローバル・プロジェクトの違い」が、議論の俎上に上げられました。こうした議論の背景にあるのは、将来に予想される、大規模な高エネルギー物理プロジェクトでの、潜在的な問題のいくつかです。具体的には、1)プロジェクト規模の巨大化、2)プロジェクト・コストの増大、3)プロジェクト期間の長期化、の3つの課題があります。
 
私の考えるところでは、グローバル・プロジェクトとは何かを定義し、従来までの国際協力研究と区別するときに大切になるのが、将来加速器国際委員会(ICFA)による「高エネルギー素粒子物理学研究用実験施設の地域間にまたがる使用に関する指針(以下、ICFA指針)※1」です。ICFA指針は1980年に採択され、1993年に再承認されています。現在の高エネルギー物理の国際共同実験は、すべてICFA指針の精神に則って運営されています。この指針は、6ヶ条の項目から成っています(表1)。
 
指針には、「将来の高エネルギー素粒子物理学研究の基幹実験施設、特に、大規模加速器は非常に少数になる可能性が高く、最高エネルギーの施設は1つの種類につき世界に1台のみ、となることが考えられる。そして、こうした数台の加速器は、地球上に分散して建設される一方、それらのいずれの加速器でも、世界中の実験物理学者がそこでの研究を希望するようになるであろう」と述べています。この中で、第5条は「加速器を運営する研究所は、実験グループに対して、加速器の運転経費や実験エリアの運転経費の負担を要求してはならない」としており、これは特に強い意味合いを持つものです。
 
私は、ICFA指針の第1〜4条と第6条は、従来型の国際協力実験と将来のグローバル・プロジェクトにかかわらず一般的に適用する、と考えます。しかし、グローバル・プロジェクトで想定する将来の巨大国際施設については、第5条には改訂か補足が必要になるでしょう。1980〜1990年代と比べて、高エネルギー物理学の巨大施設は今後非常に少数になるでしょう。一方、施設の建設と運転の両方で、必要な経費はさらに増大を続けるはずです。こういう状況を予測すると、グローバル・プロジェクトは、建設コストだけでなく、運転コストについても、実験に参加する機関・国が分担するような仕組みと合意を新たに考えて臨むのがよい、と考えられます。
 
グローバル・プロジェクトの運営は、中央ホスト研究所に設置されるプロジェクト執行部と、世界中に散らばりながらそのプロジェクトを支援する参加機関の間での、バランスをとりつつ保持する協力関係に基づいて行われるべきだ、と私は考えます。こういった意味では、欧州、アジア、北米といった、これまでの地理的区分の概念は、根本から考え直す必要が出てくるでしょう。全ての国や研究所は、グローバル・プロジェクトの研究については、公平な立場で参加することができる一方、それぞれの事情に応じた規模のリソースを拠出し、施設の建設、運営ではそれに対応したレベルの責務を果たし権利を行使する、そういったものとしてグローバル・プロジェクトを考えたいのです。グローバル・プロジェクトをそのように考えますと、その運営については、たとえば次のような多国籍研究所の枠組みが提案できるのではないか、と思うのです。
  • プロジェクトに参加することを希望する高エネルギー物理学の研究機関(メンバー研究所)は、出張所を設立し、多国籍研究所は、それらの出張所の集合体としての側面を持つものとする(図1)。
  • この多国籍研究所は、ホスト研究所の中に設置されるものとする。
  • 多国籍研究所の運営機関として理事会を設立し、この理事会は、メンバー研究所の代表者で構成するものとする。多国籍研究所の運営責任を負うのは、理事会が選出する研究者であるところに留意する。
  • 運営合意に従い、メンバー研究所は、必要な人材(研究者、エンジニア、技術者、管理者)と予算や物的資源(共有予算、予備費、現物による貢献など)を分担する。人材、予算、資源の分担比率は、プロジェクトの進捗状況(建設、立ち上げ、運転)とメンバー研究所がホスト研究所であるか否か、などの事情を勘案して決める。
  • それぞれの出張所の構成員の労働条件(給料、保険、年金、退職等)に関しては、元のメンバー研究所がそれぞれの既定に基づいて適切な負担と責任を負うものとする。
  • 理事会での議決権、意見表明権等は、分担比率を勘案し、合意に基づいて配分されるものとする。
  • 世界中の研究者がプロジェクトに参加できるようにするために、メンバー、准メンバー、オブザーバー、非メンバーなど様々な参加様式が提供されるものとする。
  • 組織と指揮系統については、CERNのものが参考になろう(図2)。
  • こうした多国籍研究所の構想に沿うことで、サイト選択のプロセスや条約/協定に関する政府間交渉がスムーズに行われることが期待される。
荒削りではありますが、上の構想は、将来のグローバル・プロジェクトに向けた検討作業の出発点・たたき台にしていただければ良いのではないか、と私は考えています。世界の高エネルギー物理コミュニティーの皆さんからのご意見を伺えれば、と考える次第です。



※1 http://www.fnal.gov/directorate/icfa/icfa_guidelines.html



表1 ICFA指針(仮訳)
 
  1. 実験課題の選択、実施の優先順位設定は、地域施設を管理する研究所の責任に帰する。
  2. 実験課題の選択、実施の優先順位の判定の際の基準は、以下の通りである:
    (a) 科学的メリット、
    (b) 技術的実現可能性、
    (c) 実験グループの能力、
    (d) 必要とされる資源(予算、人力)の可用性。
  3. 地域施設での実験提案、実施の際、当該地域の研究者チームに加えて、他地域からの研究者チームが参加を希望する可能性が想定される。実験課題の採択や、実施の優先順位設定において、研究者チームの出身国や所属機関に依存した処遇の区別は行ってはならない。
  4. 実験予算枠とその負担については、実験選択の時点で検討合意するものとする(上記2(d)参照)。実験のための拠出予算については、当該研究所と実験グループ代表者との間で締結する協定に定めるものとする。こうした協定は、既存の、または新規の二国間あるいは多国間協定の枠組みの一部として締結される場合もあるものとする。
  5. 加速器を運営する研究所は、実験グループに対して、加速器の運転経費や実験エリアの運転経費の負担を要求してはならない。
  6. 上記の項目2に従うことにより、長期間で平均してみれば、主要新施設の公平な利用が行われることになるものと期待される。しかし、他地域からの実験プログラムへの参入が過大となった場合、当該研究所においては問題となる他地域からのプログラム参入を制限する必要性を認める場合が発生しうる。こうした措置は、関係する各地域の監督官庁、および本ガイドラインに合意する諸研究機関との協議を経つつ行われるものとする。



図1:多国籍研究所の構想概観。



図2:組織/運営図の骨子。
 
 
   
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