ハイライト

72成分からひとりでに組み上がる巨大な球状分子

2010年9月30日

世の中の全ての物質はたくさんの小さな分子からできています。例えばコップ一杯、約200グラムの水は、7 × 1024(1兆×1兆)個もの水分子からできています。水分子(H2O)1つは2個の水素原子(H)と1個の酸素原子(O)からできている約0.38 ナノメートル(1nm=100万分の1mm)のとても小さな分子です。

化学では、このような物質の基本単位である分子を効率良く、正確に作る研究をしています。水分子のような小さな分子は簡単に作れそうですが、複雑な分子はどうでしょうか? 例えばサッカーボール状の分子フラーレン(C60)は、炭素原子(C)が60個集まってできている、直径0.7nmのかなり大きな分子です。原子の数が千個を超えるような、もっと大きな分子はどうやって作れば良いのでしょうか? そもそもこのような分子を正確に作ることができるのでしょうか?

分子の新しい作り方「自己組織化」

新しい分子を作りだすのに古くからよく知られている方法は、化学反応です。A+B→A-Bのように、2種類の分子AとBとの間に結合ができ、新しい分子「A-B」が作られます。これを繰り返してつなげていけば大きな分子を作れそうですが、何度も反応を行わなければならず、効率が悪く手間がかかります。

たくさんの分子を一気に寄せ集め、一回の反応で一つの大きな分子を作る方法は無いのでしょうか?

そのヒントは自然界にありました。多くのウイルスには球状の殻があり、中に核酸やタンパク質が収納されたカプセルのような構造になっています。この球状の殻は数百から数千のタンパク質が自然と集まってひとりでに組み上がって作られます。そして、1つの殻に含まれるタンパク質はちょうど60の倍数であることが知られています。179個や181個ではなくて、厳密に180個のタンパク質から構成された殻が組み上がるのです。

ウイルスの殻のように、外から手を加えなくても自然と秩序ある構造に組み上がることを「自己組織化」と言います。東京大学大学院工学研究科・応用化学専攻の藤田誠教授らのグループは、この自然界のしくみにならい、小さな有機分子や金属イオンをパーツとして、大きな構造の分子を自己組織化によって作り出してきました。以前にもNews@KEK(「ナノ空間」をつくる)で紹介したように、個々のパーツの形状を工夫することによって、チューブ状や球状などのさまざまな分子を作っています。特に大きな球状の分子は、カプセルのように中に他の分子を閉じ込めることができるナノサイズの反応容器としても実用的です。大きな球状分子を追い求めた研究グループは、ついに72個のパーツから成る、世界でも最大級の人工分子を作り上げました。

これまでで最多の72成分からなる球状分子

混ぜるだけで自然に組み上がる、ということは、言いかえれば、より安定な状態に移ることでもあります。使用したパーツには、それぞれ結合するための手が金属イオン(M)には4本、配位子(L)には2本あります。安定な状態であるにはこれらの手が互いに全てつながり合っていなければならないとすると、できる球状の分子は個のMと2個のLとからなるML2で表される組成の分子になるはずです。このような正多面体は無数に存在しそうですが、幾何学では5種類しかないことがわかっていました(図1)。研究グループでは、この正多面体をモデルにしてパーツを設計し、これまでに=6と12の分子(図1の左2つ)を作り出すことに成功しています。


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図1 ML2 (=6,12,24,30,60)の組成を持つ分子のラインナップ

画像提供:東京大学 藤田研究室

図中の多面体の頂点がM、辺がLに相当していて、どの頂点にも4つの辺が集まっていることが分かる。


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図2
72成分からなる球状分子の構造

画像提供:東京大学 藤田研究室

2,5-ジ(4-ピリジル)チオフェン(配位子1)を薄紫色、パラジウムイオン(Pd2+)を黄で示す。

次はいよいよ、もっと大きな=24の分子に挑戦です。実際の分子は図1の多面体とはちょっと違っていて、頂点Mに相当するパラジウムイオンの結合は、4方向に平面的に伸びています。したがって、球状の分子を作るには、配位子Lの方が湾曲していなくてはなりません。研究グループは、M24L48の多面体がうまくできるような角度の「く」の字型のパーツ分子2,5-ジ(4-ピリジル)チオフェン(以下、配位子1)を作り出して、パラジウムイオン(Pd2+)に対して2:1のモル比で混合しました。核磁気共鳴(NMR)や質量分析(MS)で確かめたところ、M24L48と思われる分子ができていることがわかりました。

藤田研究室の佐藤宗太助教(現・講師)が中心となって、KEKフォトンファクトリーのAR-NW2AやSPring-8の放射光を使った単結晶X線構造解析で、図2のような構造であることがわかりました。2千個近くの原子からできていて、直径が約5nm、分子量が2万を超える巨大な分子なので、測定は困難を極めトライアンドエラーの連続でしたが、解析結果から構造に全くばらつきがない球状の分子であることが分かりました。ごく単純な配位子1とパラジウムイオンをただ混ぜるだけで、M24L48組成の分子だけが100%の効率で作られることは大変な驚きでした。

創発的なものづくり

今回作ったM24L48の(72成分)の球状分子と、2004年に合成に成功したM12L24(36成分)の球状分子を詳しく比較してみましょう(図3)。2つの分子のパーツである「く」の字型をした配位子1と3は、中央にあるS(イオウ原子)とO(酸素原子)とが違うだけで、驚くほどよく似ています。それなのに、生成物は72成分体になるか、または36成分体になるかのどちらかで、混ざり合うことはなく、とてもきれいに作り分けられています。実はここに、多成分から自己組織化してできる生成物がたった一つの構造だけを作り上げる秘密があるのです。


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図3a 今回合成された72成分からなる球状分子の構造

画像提供:東京大学 藤田研究室

青で示す配位子1(2,5-ジ(4-ピリジル)チオフェン) 48個と黄で示す金属イオン(パラジウムイオン)24個から成る。



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図3b 2004年に合成を達成した36成分からなる球状分子の構造

画像提供:東京大学 藤田研究室

赤で示す配位子3(2,5-ジ(4-ピリジル)フラン)24個と黄で示す金属イオン(パラジウムイオン)12個から成る。


イオウと隣の炭素との距離は1.80Å(Å=1000万分の1mm)、酸素と隣の炭素との距離は1.39Åです。このため「く」の字型の配位子1と3は、それぞれ149 °と127 °という違う角度で曲がっています。一方、正多面体の生成物ができるための理想的な角度を幾何学的に計算すると、72成分体では135 °、36成分体では120 °になります。配位子の角度が生成物の理想的な角度に近ければ、無理なく生成物ができると考えられます。

では、配位子の「く」の字型の角度を、1と3の間にしたらどうなるでしょうか。実際にそのような配位子を作るのは難しいので、1と3を混ぜてみました(図4)。1と3の混合比率を10:0から0:10まで変えて実験すると、3:7まではM24L48組成の生成物だけができていたのですが、2:8にすると、M12L24組成の生成物だけができることが分かりました。平均角度でたった2.2 °の差で生成物の構造が大きく変化していたのです。


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画像提供:東京大学 藤田研究室

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画像提供:東京大学 藤田研究室

図4
2種類の配位子を混ぜても、必ずただ一つの生成物だけができる。


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図5
雪の結晶パターン


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図6
江崎玲於奈賞 授賞式の様子

右から江崎玲於奈氏(つくばサイエンス・アカデミー会長)、藤田誠教授、関正夫氏。

このような、出発物質の構造のわずかな違いが、生成物の構造に劇的な違いを生み出す現象は「創発」現象と呼ばれています。自然界では、同じ水分子(H2O)から出発してさまざまな雪の結晶ができる現象が創発現象です(図5)。藤田教授のチャレンジによって、人工系でも、創発現象によって巨大で複雑な分子を思い通りに作ることができることが証明されたのです。この全く新しいナノサイズのものづくりを成功させた藤田教授には、2010年、第7回江崎玲於奈賞が授与されました(図6)。巨大な球状分子は、ナノサイズの反応容器、分子を閉じ込める容器、薬剤を病巣に届けるドラッグデリバリーといった、さまざまな用途が考えられます。「創発」によるものづくりが私たちの未来を変えていきそうです。

この研究成果は米国の科学雑誌Scienceの2010年5月28日号に掲載され、同号のPerspectives欄(Science誌に掲載された論文のトピックスを解説する記事)でも取り上げられています。国際的に非常に注目を集めていることがよく分かります。



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