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光が一瞬だけ創り出す新しい物質相

2011年2月1日

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」川端康成が残した小説「雪国」の有名なくだりです。蒸し暑い夏、秋の長雨、冬は雪、と日本には美しい四季があります。水が気体(水蒸気)・液体(雨)、固体(氷・雪)と姿を変えることによって豊かな季節を演出してくれています。

これを科学の言葉で言い換えてみるとどうなるでしょうか。ある物質の状態を相(そう)と言い、相が変化することを相転移と言います。季節の移り変わりは、水が温度によって固体、液体、気体と相転移する、と言い換えられます。もし、この変化の過程で、固体でも液体でも気体でもない全く違う状態になっているかもしれない、と言ったらあなたは信じられるでしょうか。実は、光を当てるとある物質が一瞬だけ全く新しい状態になることが発見されたのです。あまりにも「一瞬」なので今まで見えなかったその状態を見たのも「光」、フォトンファクトリーの放射光でした。

光が起こす相転移

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図1

基板上に製膜されたペロブスカイト型マンガン酸化物の薄膜(膜厚約80ナノメートル)

今回、全く新しい姿を見せてくれた物質Nd0.5Sr0.5MnO3は、ペロブスカイト型マンガン酸化物と呼ばれる、マンガンを中心として周りに酸素が八面体構造に並んだ化合物です。この物質は低温では電気を通しませんが、室温では電気を通す金属相へと変わることが知られていました。この相転移の鍵を握るのは電子です。低温では電子は行儀よく並んだ「秩序相」という状態をとります。温度が高くなると、電子はじっとしていられず動き始め、電気を通す「金属相」になります。

この相転移は温度の違いだけでなく、磁場や圧力、光照射などの外的要因によっても起こることが分かっていました。これらの外的要因による相転移は、おそらく温度の違いによる相転移と似ているだろう、と考えられていました。この読者の中にもレーザー光による加工などで、物質が加熱される現象をご存知の方もいらっしゃるでしょう。ですから、そう考えられたのもごく自然だったのです。しかしこれまで、光照射によって一瞬だけ現れる「相」が、実際にどのようなものかを直接観測できた人は、誰もいませんでした。

素早い動きを見る技術

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出展:The Library of Congress

図2

疾走する馬の動画

マイブリッジ氏が撮影した連続写真。

では、相転移の様子を見るにはどのようにしたら良いでしょうか?素早い動きを見る技術は19世紀、馬好きのリーランド・スタンフォード氏によって発明されました。スタンフォード氏は「馬は走るときに足を4本とも地面から離すか」という賭けを友人としました。そして、写真家のエドワード・マイブリッジ氏に依頼し、12台のカメラを使い馬が疾走する様子の連続写真を撮ったのです。その写真をつなげてできたのがパラパラマンガです。アニメや映画はこうして生まれたのです。そして切り出す一瞬の大きさをどんどん小さくしていくことで、人の目では捉えられない高速現象を知ることができるようになりました。

パラパラマンガ大作戦

「マンガン酸化物にレーザー光を一瞬だけ当てた時、どうなっているのか?」さすがに賭けはしませんでしたが、東京工業大学の腰原伸也(こしはら・しんや)教授、科学技術振興機構の市川広彦(いちかわ・ひろひこ)元研究員、KEK物質構造科学研究所の足立伸一(あだち・しんいち)教授らの研究チームは放射光を使って連続写真を撮影しました。分子の世界の高速カメラであるビームラインNW14Aではこれまでにも結晶の破壊過程や分子が一瞬だけ磁石になる様子などを捉えてきています。

今回はマンガン酸化物の変化を捉えるために、レーザー光と放射光という2種類の光を使っています。まず、レーザー光をマンガン酸化物に照射して変化を起こさせ、その様子を放射光で観察しました。

「一瞬、何も変化が起こっていないかと思った。でも落ち着いて良く見たら、すごく面白いことが起きている、とすぐに分かったんです。」当時のことをそう振り返った足立教授。レーザー光を当てた時の変化が図3です。でも左図の二つの点だけでは良く分かりません。そこで光を当てる前と後の差分をとって、どれだけ点が動いているのかを分かりやすくしたのが中央の図です。すると点の位置が少しだけ近づいているのが分かりました。この結果は研究者にとって衝撃的なものでした。二つの点が残っているということはレーザー光を当てても電気を通す「金属相」の構造にはなっておらず、従来の考え方からは全く予想外の新しい秩序を持った相だとわかったのです。これは温度変化では決して現れることのない、光によってのみ生み出される全く新しい相が存在する、という画期的な発見でした。


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図3

レーザー光による構造変化

レーザー光による変化をCCDで撮影したX線回折のスポットとその変化量を表している。右上のグラフ青線は光励起させた時の変化を示し、右下のグラフ赤線は初期状態との変化量を示す。画像ではこのグラフの-が白色に、黒色が+に相当する。


光で作動する高速スイッチ

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図4

光励起による秩序相の変化

光が当たると、八面体構造の歪みが少し緩和されてまた歪む。


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図5

温度上昇と光励起による光学特性の変化

光励起直後、0.5eV(光の波長変換では約2480nm)辺りにピークが出現する。光通信では1260nmより長い領域の波長が利用されており、この領域内での変化は超高速光デバイスへの可能性を示す。

新しく発見された相は、レーザー光を当てた100億分の1秒後に現れてまたすぐに消えてしまいます(図4)。この一瞬だけ現れる相は、私たちの生活にどのようにつながっていくのでしょうか。

今、この記事をインターネットで見ている方の中には光通信を使っている方もいらっしゃるかも知れません。電気信号よりずっと速く多くの情報を送ることのできる光通信ですが、今の技術では一部で電気信号に変換する必要があり、十分に高速な通信が実現していません。これを打ち破る技術が、光で高速に作動する光スイッチです。

図5は、今回発見された一瞬の相(緑)と、温度変化で現れる相(赤)が、どんな波長の光を吸収するか調べたグラフです。緑のグラフには、波長約2480ナノメートル(1nm=10億分の1)あたり(横軸の0.5eVあたり)に大きなピークが現れています。光通信には1260nmより長波長の光が使われているので、この大きな吸収の変化は光通信の理想的なスイッチになりそうです。100億分の1秒という超高速な光スイッチは、未来をどのように変えてくれるのでしょうか。

この研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の下で行われ、成果は英国科学誌Nature Materialsのオンライン版1月16日付(現地時間)に掲載されました。


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