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last update:08/11/07  

南部先生のノーベル賞受賞業績
素粒子物理学における“自発的対称性の破れ”機構の発見について
 
素粒子物理学は、物質の最小構成要素(素粒子)とその基本法則を研究する学問です。素粒子(クォーク・レプトン)が原子を構成し、原子がマクロな物質を構成するというように、物理的世界は階層的に構成されています。このように複雑な自然界を基本法則から理解するためには、対称性が重要な役割を果たしてきました。対称性は、物理学のみならず美しさの構成要素といった芸術的な問題にも深く関連しています。

対称性とは、一般的にある操作に対する不変性と定義できます。例えば図形の円は、中心の周りに回転しても不変です。よって円は、回転対称性を持ちますが、一方楕円は回転対称性を持ちません。次に図形を鏡に映す操作を考えてみましょう。この場合は、円も楕円も不変に保ことが可能ですから、双方とも左右(空間)反転対称性を持ちます。回転は連続的な操作ですが、空間反転は2回反転すると元に戻るという不連続な操作です。このように、対称性には回転不変性のような連続的な対称性と、空間反転不変性のような不連続な対称性があります。

歴史的に人類は、究極的な自然現象は高い対称性を持つべきだとの先入観を持っていました。例えば天動説において、惑星が円軌道を運動すると仮定されたのは、回転対称性を仮定したからです。ケプラーによって惑星が楕円軌道を運行することが明らかになりましたが、基本法則(ニュートン力学)は回転対称性を有しています。南部先生の業績も、素粒子というミクロな究極的自然現象において、基本法則の持つ高い対称性を破る現象が出現する機構を明らかにしたという点で、人類の自然観を一段と深化しました。

原子や素粒子は、量子力学によって記述されます。有限自由度の量子力学によれば、対称性には、保存量が付随します。例えばハミルトニアンが回転不変ならば、角運動量が保存し、空間反転不変ならば、パリティー(P)が保存することが帰結されます。素粒子は、相対論的効果によって粒子と反粒子のペアで存在することが知られており、粒子と反粒子を入れ替える操作(C)を考えることができます。小林・益川理論のCP変換とは、この両者を組み合わせたものです。

素粒子物理学において素粒子が存在しない(なにもない)状態を“真空”と呼びます。真空”は決して自明な状態ではなく、粒子・反粒子の対生成と対消滅が時空のいたるところで起こっています。すなわ“真空”を理解するためには、無限個の素粒子のダイナミックスを理解する必要があり、理論的には場の理論を用いて研究されます。

マクロな物質の物理的性質を理解するためには、ハミルトニアンの基底状態を決定し、低エネルギー励起状態を決定する必要があります。物性物理においては、これらの低エネルギー励起状態は素励起とよばれ、電子、ホール、フォノン、マグノンなど様々な粒子が登場します。

場の理論においても、ハミルトニアンの基底状態(真空)を決定して初めて、その励起状態(素粒子)を理解することが可能になります。すなわち素粒子は“真空”の励起状態であり、素粒子を理解することと、超伝導のような巨視的量子現象を理解することには、多くの共通点が存在します。マクロな物質は無数の原子から構成されますので、無限自由度系に特有な量子効果が生じますが“自発的対称性の破れ”はその種の現象であり、基本法則(ハミルトニアン)の対称性を破る機構を与えます。

発見以来46年の年月を経て1957年に提唱された超伝導の微視的理論(BCS理論)は、フォノンの媒介する引力によってフェルミ面近傍の電子対(クーパーペア)がコヒーレントに(位相をそろえて)凝縮し、素励起にエネルギーギャップが生ずることを示しました。クーパーペアは、電荷2を運んでおり、その凝縮は、基底状態が電荷の保存則を破っていることを意味します。

南部先生は、この現象が基本法則の対称性から予測される帰結(電荷保存則)を破っていることに着目されました。関連する対称性は、電子の波動関数の位相を回転させる操作に付随する量子力学的な対称性で、 数学的には図形の円と同じです(U(1)対称性)。

実際クーパーペアの位相が異なる状態はすべてエネルギー的に縮退しており、超伝導体のポテンシャルエネルギーは図形の円と同じ回転対称性を持ちます。しかしながら、ある特定の位相を持つ基底状態を選んだことによって回転対称性は破られました。確かに円のどこか一点に印をつければ、図形の回転対称性は破れます。すなわち、量子多体系においては、基本法則の対称性が、保存されないことがあります。この現象を“自発的対称性の破れ”と呼びます。このような現象は、有限自由度の量子力学系では、決して起きません。なぜなら、位相の異なる状態は、波動関数の重なりのためにお互いに混じり合うからです。

クーパーペアの位相の揺らぎは、回転方向にポテンシャルが平坦なため質量をもたず、“自発的対称性の破れ”に付随して現れる南部・ゴールドストーンボゾンと同定できます。超伝導体においては、このモードが電磁場の縦波成分となって、電磁場に質量を与えマイスナー効果を引き起こします。

南部先生は、1960年の論文において、軽い核子と反核子間に強い引力があれば、超伝導と同様に核子と反核子対の凝縮が起こって、軽いパイ(湯川)中間子の存在と、核子の質量の起源が理解できることを指摘されました。この現象に関連する対称性はカイラル対称性と呼ばれます。

フェルミ粒子の質量が無視できる場合、粒子の進行方向のスピン(カイラリティー)が保存されます。すなわち粒子は、右巻きと左巻きの2種類の粒子に別れ、各々の波動関数の位相を独立に回転することが可能となります(これをカイラル対称性といいます)。

この議論は、強い相互作用の微視的理論QCD確立以前の議論ですが、本質的なポイントを押さえています(ところでこのQCDも、1965年に南部先生が提唱された理論を起源としています)。QCDでは、核子は3つのクォークから構成されます。軽いクォークが2種類(u, d)ないし3種類(+s)存在するので、カイラル対称性は、2つずつ(あるいは3つずつ)の右巻きクォークと左巻きクォークを独立にユニタリー変換するものです。QCDにおいても、カイラル対称性が保存する限り、核子は質量を持ち得ませんが、カイラル対称性を破るクォーク・反クォーク対の凝縮が生ずることによって、核子は強い相互作用に特徴的なスケールの質量を得ます。パイ中間子は、クォーク・反クォーク対凝縮の位相の揺らぎとして理解できます。

このような“カイラル対称性の自発的破れ”がQCDにおいて起こることは、数値的な証拠は増々増強されていますが、理論的に未だ証明されていません。超伝導においては、電子間に微小な引力が働けば、クーパー対の凝縮が起こることが示されますが、“カイラル対称性の自発的破れ”は、微小な引力では生じません。クォークと反クォークは、強い引力で閉じ込められていると考えられており、クォークの閉じ込めと“カイラル対称性の自発的破れ”には、関連性があると考えられます。ちなみに物質の質量は、ほとんど核子の質量に由来します。

“自発的対称性の破れ”機構は、“真空”に対する認識を一段と深化し、素粒子の標準模型構築に大きな役割を演じました。素粒子の標準模型は、素粒子の3つの基本的相互作用:電磁相互作用・強い相互作用・弱い相互作用を、量子電磁気学を一般化したゲージ理論によって記述しますが、超伝導理論の相対論的拡張と見なせます。クーパー対の変わりにヒッグズ場が導入されて類似の役割を果たします。すなわち、ヒッグズ場の凝縮によって、弱い相互作用を媒介するゲージ粒子が質量を得るため弱い相互作用は、低エネルギーでショートレンジの弱い力となります。(湯川が指摘したように、相互作用の到達レンジは、それを媒介する粒子のコンプトン波長程度であり、粒子の質量に反比例します。)この現象は、超伝導のマイスナー効果と類似しています。またヒッグズ場の凝縮によって、クォーク・レプトンは各々質量を獲得すると考えられています。すなわち素粒子の標準模型の基本法則は、幾何学的な美しいゲージ対称性であって、その対称性が保たれる限りクォーク・レプトン・ゲージ粒子は質量を持たないが、“自発的対称性の破れ”機構によって実験と整合する質量を獲得したと理解されています。

ここでQCDにおけるカイラル対称性の破れと標準模型におけるヒッグズ場による対称性の破れの違いを明確にしておきたいと思います。前者は、QCDのダイナミックによって引き起こされる非摂動論的な現象ですが、後者は、ヒッグズ場のポテンシャルが非自明な極値を持つことによる摂動論的な現象です。LHCによるヒッグズボゾンの発見は目前ですが、ヒッグズ場のポテンシャルの検証とその起源の理解が期待されます。

以上のように、南部先生のノーベル賞受賞業績:素粒子物理学における“自発的対称性の破れ”機構の発見は、ハドロンダイナミックスの理解および素粒子の標準模型構築の主導原理となりました。先生の研究は、素粒子物理学の“真空”を物質同様物理学の研究対象としたという点で、人類の自然観を大きく変革し、ミクロからマクロにわたる物理的現象の統一的理解を大きく前進させました。

    ・KEK webニュース 「物理学とともに歩む 〜 南部陽一郎先生講演会 〜」
    ・KEK webニュース 「居心地のいい真空の話 〜 自発的対称性の破れとは 〜」
 

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