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排ガス触媒の働きを探る 2008.1.31 |
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〜 環境に優しい自動車と放射光の関係 〜 |
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昨年末に、KEKフォトンファクトリーで行われた自動車排ガス浄化触媒に関する研究のプレスリリースが2件発表されました。環境問題は地球的に重要な課題であり、世界中で自動車排ガスの規制がどんどん厳しくなっています。自動車メーカーは、有害物質を排出しない自動車の開発に力を入れています。このような「環境にやさしい」自動車の開発に、放射光はどのように役だっているのでしょうか。 三元触媒と酸素の動き 以前に、放射光を用いて燃料電池触媒で起きている化学反応を解析するというニュースをお伝えしました。また、先週は、燃料となる水素が物質中で吸収・放出される微視的なメカニズムをミュオンを使って明らかにしたニュースをお伝えしました。燃料電池自動車は有害物質を放出しない次世代のクリーンな自動車として期待されています。その開発が進む一方で、まだ実用化されていない現在では、従来のガソリン自動車の排ガスに含まれる有害物質を、三元触媒と呼ばれる触媒によって除去しています。 ガソリンで走る自動車の排ガスには、炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)など、さまざまな有害物質が含まれています。三元触媒は、窒素酸化物を還元し、無害な窒素(N2)にして環境に放出します。同時に、炭化水素と一酸化炭素は酸化され、やはり無害な水(H2O)と二酸化炭素(CO2)になります。3つの物質を同時に無害化するので「三元」触媒と呼ばれています。 このような巧妙な酸化還元反応を制御する三元触媒が効率よく働くためには、触媒中の酸素の濃度が適切に保たれることがとても重要です。この役割を担っているのが、助触媒と呼ばれる文字どおり触媒を助ける物質で、酸素の吸蔵・放出を行っています。 最高性能の触媒を最速の時間分解能で分析 2007年11月に東京大学大学院理学系研究科からプレスリリースされた成果は、この助触媒の中で酸素が実際にどのように動いているのかをリアルタイムで観測した研究です。この研究は、東大のグループと、豊田中央研究所、KEKの共同研究として行われました。KEKフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)の「DXAFS(Dispersive=分散型XAFS)」装置を用いて、豊田中央研究所が作成した世界最高性能の触媒の反応の様子をリアルタイムで追跡したのです。この装置はKEKの野村昌治(のむら・まさはる)教授、稲田康宏(いなだ・やすひろ)准教授のグループが開発したもので、今回の研究では、2ミリ秒という世界最速級の時間分解能で速い反応の様子を捉えることができました。 DXAFSという実験手法は、燃料電池触媒のニュースでもご紹介しましたが、XAFS(ザフス)という、物質の化学的な状態や構造を調べる分析方法を、非常に短い時間で測定できるように工夫し、化学反応の途中の状態を刻々と観測できるようにしたものです(図1)。自動車用の触媒は、自動車の走行にしたがって排気ガスの組成が刻々と変化するので、それに高速で追従する必要があります。反応を追跡することができるDXAFS法はこのような自動車触媒を分析するのにぴったりな方法です。 全く異なる酸素の動きを捉えた 分析した助触媒は、セリウム(Ce)とジルコニウム(Zr)の酸化物の複合体のナノ粒子です。この複合体は、酸素の吸蔵・放出に伴って、構造がCe2Zr2O7とCe2Zr2O8との間で変化します(図2)。酸素の吸蔵・放出過程に伴って、触媒中のセリウムイオンの周りと、ジルコニウムイオンの周りの酸素の動きをDXAFS法で調べました。XAFSという分析方法はこのように特定の元素の周りの化学的状態がどのようになっているか調べるのに適した方法です。その結果、セリウムイオンの周りとジルコニウムイオンの周りの酸素の出入りの速度はかなり違っていることがわかりました。 触媒に酸素が取り込まれるとナノ粒子に含まれるセリウムイオンは一気に酸化されました。この変化は、773K(500℃)では、200ナノメートルのナノ粒子全体が1秒で変化する速さです(図3)。一方、隣り合って存在するジルコニウムイオンの周りの変化はこれよりずっと遅く、6秒ほどかかっていました(図4)。セリウムイオンとジルコニウムイオンの周りで、これほどまでに酸素の吸蔵・放出の速さが違っていることは、これまでに誰も予想していなかった不思議な現象だと、研究グループのリーダーである東京大学の岩澤康裕(いわさわ・やすひろ)教授は語っています。反応を刻々捉えるDXAFS法によって初めて明らかになったこのような現象は、今後自動車排ガス触媒の高性能化や、新しい触媒材料の開発にもつながる有力な情報です。 貴金属の使用量を減らす また、12月には、新日鉄マテリアル株式会社から新しい触媒材料の開発についてのプレスリリースがありました。自動車用の触媒には白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)などの貴金属が使われています。貴金属は高価で、資源としても希少なものです。ガソリン車の排ガス浄化触媒だけでなく、次世代の燃料電池車の触媒にも貴金属は使われています。しかしながら、BRICs諸国(Brazil,Russia,India,China)の経済発展などに伴い、多くの自動車が走るようになった時には世界的に貴金属不足が深刻になり、価格も上昇することが予想されます。貴金属が枯渇しないようにするためにも、また自動車のコストを下げるためにも、貴金属の使用量を少なくする努力がさまざまな企業や研究者の間で行われています。 新日鉄マテリアル株式会社が発表した新しい触媒は、貴金属の使用量を約7割も削減したものです。貴金属微粒子を分散する酸化物を工夫し、「ナノ複合結晶組織」という構造を作ることにより、触媒の活性を飛躍的に高めることができました。この高活性化がなぜ起こるのかが、KEKの研究者と新日本製鐵株式会社・先端技術研究所との共同研究で、フォトンファクトリーの放射光を使って解明されつつあります。
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