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ナノの世界の毛糸玉? 2008.2.28 |
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〜 階層構造をもつ元素テルルの粒子 〜 |
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何種類かのブロックを組み合わせて、かっこいい飛行機や自動車など、複雑な形を作ることができるおもちゃがありますね。皆さんも小さい頃に遊んだことがあるかもしれません。ブロックとブロックのつながり方は決まっていますが、たくさんのブロックを組み合わせることで、ずいぶん複雑な形を作ることができます。でも、大きなものを作ろうとすると、だんだん壊れやすくなってしまうので、組み立て方を工夫しなければなりません。 すべての物質はいろいろな原子の組み合わせでできています。それぞれの原子が隣の原子とどのように結びつくかは、ブロックのおもちゃと同様に、その原子の種類、つまり元素によって決まっています。原子が組み合わさって、どのような性質の物質が出来上がるかは、原子と原子の結合の方法で決まっています。 原子が数百個から数十万個ほど組合わさってできる「ナノ粒子」では、古くから知られている物質とは異なる組み合わせを持つものがあり、その性質をうまく利用することができれば、画期的な新素材や新材料になることが期待されています。 今回は、「テルル(Te)」という元素でできたナノ粒子が、原子レベルでどのような構造を持っているのかを、KEKのフォトンファクトリーを使って調べた研究についてご紹介しましょう。 表面の効果が大きいナノ粒子の世界 「ナノ粒子」や「ナノテクノロジー」という言葉を新聞などでもよく目にするようになりました。ナノとは10億分の1のことです。「ナノの世界」は10億分の1メートルから1000万分の1メートルの大きさの世界です。インフルエンザウィルスの大きさが100ナノメートル、遺伝子の二重鎖DNAの直径が2ナノメートル程です。皆さんが普段目にする物質に比べていかに小さいか分かるでしょう(図1)。 4本の手を持つ原子が互いに平面状に結びつく場合は、碁盤の目のように縦横に結合します(図2)。多くの物質では原子が規則正しく配置して、どこまでいっても同じ構造が広がっています。原子から見れば、碁盤の縁は無限といっていいほど遠いところにあります。 ところが、ナノ粒子の直径は1〜100ナノメートル程度です。原子間隔が0.2ナノメートルの場合、図2の碁盤ナノ粒子の大きさは3.6ナノメートル四方になります。碁盤の目は361個ですが、このうち、境界である4辺に属する原子は72個あります。実に20%(=72/361)もの原子が境界に接しています。 境界にある原子は、3本あるいは2本の手しか出せなくなります。したがって、中央付近の原子と異なって、他の種類の原子と結合したり、碁盤の形を変えるような結合をせざるを得なくなります。このように表面原子の割合が大きいことや、サイズそのものが小さいことなどから、ナノ粒子は普通の物質とは大きく異なった構造や性質をもちます。 富山大学の池本弘之(いけもと・ひろゆき)准教授と弘前大学の宮永崇史(みやなが・たかふみ)教授のグループは、テルル(Te)という元素からできている直径3ナノメートルのナノ粒子を、食塩(塩化ナトリウム:NaCl)中に作りました。テルルはあまり聞き慣れない元素ですが、光ファイバーの材料やレーザー光を照射してデータを記録するDVDの膜などに使われています。このナノ粒子はどのような構造や性質を持つのでしょうか? 階層構造をとるテルル 先ほどの「碁盤」では、原子は4本の手で周りの原子と結びついていましたね。半導体産業を支えているシリコンは、碁盤と同じように4本の手で周りの原子と結びついています(4配位といいます)。それに対してテルルは、2つの手を出してできる鎖が基本構造です。 ナノ粒子でない、通常のテルルの結晶は、どんな構造をとるのでしょう。2本の手を出して互いに結合してできたテルルの鎖は、隣の鎖と弱いながらもお互いに結びついて、平行に並ぶ2次構造をとっています(図3)。このように、テルルは、基本構造である鎖構造と、鎖同士が平行にならんだ2次構造をもち、階層構造をとることに特徴があります。 それではテルルのナノ粒子はどんな構造をしているのでしょうか?結晶中ではテルルの鎖は平行に配置していましたが、ナノサイズまで小さくなるとどうなるのでしょう? 池本さんたちは、EXAFS(イグザフス)という方法でその構造を調べました。 EXAFSはこれまでに何度か紹介してきたXAFS(ザフス)というX線のエネルギーによる物質の吸収の度合いを測定して物質の構造や化学的な状態を知る方法の一種です。調べたい元素の周りの構造だけを選び出して分析することができるという特徴があるので、物質がどんな状態でも、例えば固体でも液体でも、大きくても小さくても、測定条件さえ整えれば綺麗なデータをとることができるのです。まさに、塩化ナトリウム中に埋め込まれたナノ粒子の研究にうってつけの測定方法です。 池本さんたちは、KEKフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)のNW10AというビームラインでEXAFSを測定しました。テルルは重い元素なので、テルルの周りの構造を調べるためには高いエネルギーのX線が必要です。NW10Aは、フォトンファクトリーで最も高いエネルギーのXAFS測定ができるビームラインです。 図4は、テルル原子の周りにどれだけの原子がいるかを示したグラフです。一番高いピークは同じ鎖内の隣のテルル原子にあたり、2番目に高いピークが隣の鎖の上のテルル原子にあたります。基本構造の鎖は、テルルナノ粒子でも結晶と同様に、2本の手でテルル原子が結びついていました。しかし、隣の鎖上にあるテルル原子の数が結晶の状態と比べると大きく減っています。 テルル原子同士の距離は結晶よりも少しだけ短くなっていて、結びつきは強くなっていました。そして、鎖の長さは粒子の直径である3ナノメートルよりも長そうです。一方、結晶で見られるような鎖が規則正しく平行に並んだ構造、つまり隣の鎖同士との結びつきは、結晶に比べて弱くなっていることが分かりました。 通常のナノ粒子とは違う性質 テルルナノ粒子では、鎖構造は保たれていても、鎖同士の結びつきは弱くなっていました。ナノ粒子の直径よりも長いテルルの鎖が、毛糸が丸まるようにくねくねと柔軟に折れ曲がっているのかもしれません(図5)。このような構造が正しいとすると、テルルの鎖の端っこは表面に出てこずに、内部にあることになります。つまりナノ粒子の表面効果、碁盤の端にくる原子の影響が非常に小さい、ということです。 さらに、テルル原子はテルル原子としか結びついておらず、周りにいるナトリウム原子や塩素原子とは結びついていないこともわかりました。冬の寒い日に手を服のポケットに入れて、外気に触れないようにするようなイメージでしょうか。 毛糸と毛糸玉のような階層構造をもったナノ粒子の研究は始まったばかりです。その構造をより深く探求したいと池本さんたちは考えています。そのような物質がどういう性質を示すのかも大変興味深いことです。 これまでの固体物理学は、無限に同じ構造をとる結晶を中心に扱ってきたので、ナノ粒子の振る舞いをどのように考えるかはあまり得意ではありません。ガラスを含むアモルファス、あるいは液体などでは、ナノ粒子と同様に数原子から十数原子程度の関係が重要な意味を持ちます。このような不規則な構造をもった物質の研究が、ナノ粒子の分野の研究に大きく貢献していくでしょう。 この研究成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に、2007年10月19日に掲載されました。
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