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虹のX線で見る「表面」 2008.3.6 |
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〜 高速のX線反射率測定法 〜 |
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プラスチックや金属など、身の回りには光沢のあるものがたくさんありますね。同じ紙でも、写真の印刷に使う光沢紙と普通紙では、表面の光沢が違っています。わたしたちは、ものの表面に当たって反射した光を目で感じることによって、光沢があるかないかを判断しています。表面の光沢を見れば、触らなくてもそれがどのぐらい滑らかな表面かだいたい想像がつくでしょう。 10億分の1メートルというナノの世界を見るための光、X線を用いると、物質の表面や、そこから少しもぐった場所の状態を知ることができます。これまでの方法より100倍から1000倍という高速でX線を使って表面付近の反射率を測定できる方法がKEKフォトンファクトリーで開発され、反応中の物質の表面の状態をリアルタイムで解析できる可能性が広がりました。 X線の反射で薄い層を見る 電化製品や情報機器の中には、ナノメートルの厚さの極めて薄い物質の表面や、表面のすぐ近くの状態の変化を利用して、いろいろな目的に応じた機能を持たせた部品があります。たとえば、磁気ディスクに記録してあるパソコンのデータを読み出すときに使う磁気ヘッドには、磁性物質と非磁性物質を数ナノメートルの厚さで何層も積み重ねてあって、そこに磁場をかけると電気抵抗が100%以上も変化するという、巨大磁気抵抗効果という現象が使われています。この現象を発見したアルベール・フェール博士とペーター・グリュンベルク博士には2007年のノーベル物理学賞が授与されました。 このように数ナノメートルの層が何層にも積み重なっている物質の表面や、埋もれている層の境目で、原子がきちんと並んでいるか、境目が荒れていないかどうかなどを調べるには、ナノスケールの光であるX線が威力を発揮します。 X線は、波長の短い電磁波、つまり可視光と同じ光の仲間です。物質に対する透過力が大きいので、病院のレントゲン写真や空港の荷物検査で使われています。X線を使ってタンパク質などの分子の結晶の構造を調べる研究は、以前にもご紹介しましたね。しかし、X線を物質表面に浅い角度で非常にすれすれに入射させた場合には、ちょうど光を鏡で反射させることができるように特定の方向に強く反射します。 池の水を覗き込むと泳いでいる魚が見えますが、水面すれすれに見ると、空の光が反射しますね。物質表面にすれすれに入射したX線でも、似たような現象が現れます。この現象を利用してX線の反射率を測定すると、物質表面やその近くの層の境界のナノスケールの構造を調べることができます。磁気ディスクの磁気ヘッドに用いる層状物質の状態を調べる時にも、X線の反射率が使われます。 X線の反射率の測定では、一定の波長のX線を試料表面にすれすれに入射させ、試料を少しずつ回転させては反射強度測定を繰り返す方法(角度分散法)と、入射角度は常に一定で、色々な波長のX線に対する反射強度を測定する方法が使われてきました。しかし、試料や検出器をモーターで回転させるための時間を必要としたり、強いX線が入射すると測定ができなくなる検出器を使っていたので、いずれも高速の測定を行うことができませんでした。 虹のX線で一瞬にして測定 KEKフォトンファクトリーの松下正(まつした・ただし)教授と共同研究者のグループは、X線反射率をこれまでに比べ数100倍〜1000倍程度速い1秒〜数ミリ秒という短い時間で測定できる新しい方法を開発しました。 松下教授の開発した方法は、大きく分類すると先ほどに述べた2つの方法のうちの後者にあたります。放射光光源加速器から発生する広い範囲の波長を含むX線(白色X線)を0.1mm以下の厚さの湾曲したシリコン結晶に入射させ、X線の波長(エネルギー)が虹のように連続的に変化しているX線を作り出します(図1)。 焦点の部分に測定したい試料を置き、X線の「虹」が1点に集まるように入射させると、「X線の入射する角度は一定に保つが、波長が異なるX線が同時に入射する」という状態になります。試料から反射されたX線は広がって進むので、少し離れた位置に一次元X線検出器を置いて反射されたX線の強度を測定すると、検出器の場所によって波長が異なるX線をいっぺんに測定することができます。 News@KEKの熱心な読者の方ならお気づきかもしれません。この方法は、今年1月にお伝えした、自動車の排ガス触媒の酸素の動きを捉えた研究で活躍した「波長分散型(Dispersive)ザフス(XAFS)」という装置と同じ原理※です。 ※2003年10月30日「リアルタイムで見る触媒反応」 じつはこの波長分散型XAFSは、今から25年以上も前の1981年に松下教授が開発した方法だったのです。プリズムによって太陽光を虹色のパターンに分解してみることと似ていますが、X線ではプリズムのように屈折効果を利用して波長を振り分けるのは難しいので、湾曲した結晶で回折効果を用いてプリズムと同じことを実現させているのが、この方法のポイントです。 今回のX線反射率の測定法は、この方法を発展させたものといえます。X線反射率の測定では、XAFSの測定に比べて30〜50倍という広い波長範囲で測定する必要があるので、湾曲結晶の曲率半径は通常の波長分散型XAFS装置の1/10以下という小さいものになっています。 数百倍から千倍の高速化 図2はこの方法で測定した金の薄膜の反射率曲線です。これまでに比べ数百倍から千倍も速い、1秒〜数ミリ秒という短い時間で反射率を測定することができました。この曲線の振動の周期から得られた薄膜の厚みは、通常のX線反射率法で測定したものとほとんど同じでした。 この新しい測定方法によって、反応を起こしているナノメートルサイズの薄膜の構造変化をリアルタイムで追跡できる可能性が生まれてきました。現在、松下教授のグループでは、湾曲結晶の代わりに、より強度の強い「虹」のX線を作ることのできる光学素子を開発しています。この素子が使えるようになれば、今回の測定よりさらに1000倍も高速なミリ秒〜マイクロ秒でのX線反射率の測定が可能になりそうです。 この研究成果は2008年1月14日に発行された Applied Physics Letters 誌92巻2号に掲載されました。 |
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