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うるおいを届ける 2008.6.5 |
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〜 セラミド分子を輸送するタンパク質 〜 |
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お肌のうるおいを保つ成分。その秘密を知りたいとお思いの方もいらっしゃるでしょう。「うるおい成分・セラミド配合」と書かれた化粧品やハンドクリームを目にする機会も増えてきました。 セラミドは人間の皮膚の表層にある角質細胞の隙間を埋めている脂質(油)の一種です。体の外からの異物の侵入を防ぐとともに、皮膚の水分保持を行っていますが、皮膚以外の場所でも、細胞を仕切る膜の材料や細胞と細胞の間の情報伝達など、大切な働きをもっています。 このセラミドを細胞内部で運ぶ役割を持つタンパク質の仕組みを明らかにした研究についてご紹介しましょう。 マルチな働きもの セラミドとは、図1に示すような化学式で表される物質で、脂質の一種です。脂質の特徴である長い炭化水素の鎖を持っています。人間の皮膚表層の角質細胞間脂質層の主成分であるほか、細胞膜の脂質二重層の材料でもあります。また最近では、細胞間の情報伝達物質としての働きも注目されています。細胞の分化・増殖、そして多細胞生物におけるプログラムされた細胞死(アポトーシス)など、多くの基本的な生命活動に関わっています。 セラミドは、細胞内の小胞体という器官で合成されます。その後、同じ細胞内のゴルジ体に輸送され、細胞膜の材料として最後の仕上げを受けます。ゴルジ体では、リン脂質(スフィンゴミエリン)に変換されたり、グルコースやガラクトースなどの糖鎖を付加されることでさまざまな糖脂質(スフィンゴ糖脂質)となり、細胞膜などに運ばれていきます。 セラミド専門の運び屋 セラミドを小胞体からゴルジ体へ輸送する経路は、小胞輸送ではなく、専用の運び屋タンパク質が働いていることが最近明らかになりました。国立感染症研究所の花田賢太郎(はなだ・けんたろう)博士、熊谷圭悟(くまがい・けいご)博士、西島正弘(にしじま・まさひろ)博士らのグループによって明らかにされたこの運び屋タンパク質は、CERamide Transfer(セラミド輸送)の略であるCERTという名前が付いています。 セラミド運び屋タンパク質CERTはどのようにしてセラミドを運んでいるのでしょうか? 脂質であるセラミドは、水になじまない性質を持つので、水に満ちあふれた細胞の中を運ぶのは大変そうです。この謎を解くために、KEK構造生物学研究センターの若槻壮市(わかつき・そういち)教授、加藤龍一(かとう・りゅういち)准教授、工藤紀雄(くどう・のりお)博士、青木民枝(あおき・たみえ)さんのグループは、国立感染症研究所のグループと共同で、セラミド運び屋タンパク質CERTの立体構造を調べました。構造解析には、KEKフォトンファクトリーの高性能タンパク質結晶構造解析ビームライン、BL-5A、AR-NW12Aが使われました。 工藤さんたちが構造を調べたのは、セラミド運び屋タンパク質CERTのSTART (steroidogenic acute regulatory protein-related lipid transfer domain) と呼ばれるドメインです。このドメインは、これまでの研究で、運び屋CERTのセラミド輸送を担っている部分であることがすでに明らかになっています。STARTドメイン単独の構造のほか、セラミドをどのように認識しているかを確かめるために、炭化水素の鎖の長さの異なる数種類のセラミド(C6-、C16-、C18-セラミド)との複合体の構造も調べました。 水をはじくコンテナ セラミド運び屋CERTのSTARTドメインは、分子の中央部に大きな空洞を持っていました(図2(1))。この空洞の部分は主に疎水性アミノ酸残基が存在していました。疎水性とは、水と混ざりにくく、油を好む性質のことで、脂質であるセラミドはこの空洞部分をコンテナとして輸送されることが想像できます。運び屋CERTとセラミドの複合体の構造を調べると、想像どおりコンテナの中に、きちんと1分子のセラミドが入っていることがわかりました(図2(2)〜(4))。 空洞の部分の断面図を見てみると(図3)、セラミドは、頭の部分がコンテナの奥のほうまで入り込んでいることがわかりました。スフィンゴミエリンなどの他の脂質は、分子の頭の部分が大きいために(図1(4))、このコンテナに入り込むことができないと考えられます(図3)。また、C16-、C18-セラミドと鎖が長くなるにつれて、片方の鎖(スフィンゴシン鎖:水色)がタンパク質分子の外側へ向かって伸びていくのに対し、もう一方の鎖(アミドアシル鎖:赤)は、タンパク質内部の空洞にとどまっています。この空洞は、C18-セラミド複合体では、ほとんど一杯に埋まっており、アシル基が、あと1つか2つ程度しか入り込む余裕がないように見えます。 これまでの研究で、運び屋CERTは、セラミドのアミドアシル鎖の長さが20を超えると輸送活性が落ちることが報告されていました。運び屋CERTは、セラミドを入れるコンテナの体積によって、アミドアシル鎖の長さを認識していることが立体構造からわかりました。 セラミドを見分ける仕組み 疎水性のコンテナは脂質のセラミドを運ぶにはぴったりですが、それだけでは細胞の中にたくさんある他の脂質と見分けることができません。運び屋CERTは、セラミドをどうやって認識しているのでしょうか? コンテナの奥の部分では、セラミドの頭の親水性の部分と、4つの親水性のアミノ酸残基によって5つの水素結合が形成されていました(図4)。四方から水素結合を形成することで、セラミドのみを特異的に認識できるのでしょう。この4つのアミノ酸残基を変化させた変異体はセラミド輸送活性が低下することが確かめられ、4つのアミノ酸がセラミドを見分けていることが明らかになりました。 積み込みの扉の秘密? 長い鎖を持つセラミドをコンテナに積んだ運び屋CERTでは、セラミド分子の一部(スフィンゴシン鎖の先端部分)が表面に顔を出しています(図3)。しかし、この穴の大きさは小さく、ここからセラミド分子が出入りすることは難しそうです。運び屋CERTはどうやってセラミド分子をコンテナの中に積み込むのでしょうか? タンパク質結晶構造解析によって得られるデータのひとつに、温度因子(B -factor)というものがあります。温度因子が高い領域は、タンパク質の構造の中でも揺らぎの大きい領域と考えられます。図5は、運び屋CERTのSTARTドメインの立体構造の温度因子を示したものです。赤くなるほど温度因子が高い領域であり、ちょうどコンテナの周りの部分の温度因子が高いことがわかります。この部分をタンパク質表面を描いた図で見ると図6の青色、紫色の部分になります。工藤さんたちは、運び屋CERTがセラミドを積み込む時には、この2つの領域がまるでコンテナの扉のように動くのではないかと予想しています。 脂質は、水に溶けない性質を持つことから分析が難しく、水溶性の物質に比べ研究が進んでいません。CERTタンパク質が脂質セラミドを輸送することも、ここ数年で発見されたことです。脂質は人間の体の中で様々な役割を担っており、これら脂質の合成や輸送についての研究が進むことで、脂質輸送の制御を行う全く新しい医薬品が生まれてくるかもしれません。 この研究は、文部科学省タンパク3000プロジェクトの一環として行われ、研究成果は、2008年1月15日発行のProceedings of National Academy of Sciences in U.S.A.(米国科学アカデミー紀要)に掲載されました。また、2007年12月に開催された日本分子生物学会年会・日本生化学会大会 合同大会のワークショップにて発表(招待講演)を行いました。
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