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last update:09/02/12  

   image タンパク質の「深呼吸」    2009.2.12
 
        〜 かたちを変える分子を動画で撮影 〜
 
 
  ある種のタンパク質は、酸素のような小さな気体分子を外界から分子内部に取り込んで貯蔵することが知られています。気体分子をタンパク質が取り込む際には、タンパク質分子が酸素分子を吸い込んだり、吐き出したりするというダイナミックな動きを伴っているはずですが、これまでこのような動きを直接間近に見た人はいません。「タンパク質が酸素を吸ったり吐いたり「深呼吸」するところを直接見てみたい!」多くの研究者が願っていたその夢が、放射光を用いた新技術でまさに現実になろうとしています。

ミオグロビンの穴

News@KEKではこれまでさまざまなタンパク質の話題を取り上げてきました。タンパク質は、アミノ酸の鎖が複雑に折り畳まれてできていますが、中身は決してアミノ酸でぎっしり詰まっているわけではなく、たくさんの「穴」が開いています。「穴」の存在はタンパク質の構造を安定にするという点では不利なはずですが、タンパク質はこの「穴」を使って、他の分子といろいろな「やり取り」をして、生命活動を営んでいることがわかってきています。

ミオグロビンは、私たちの筋肉の中で、生命活動に欠かせない酸素分子を血液との間でやり取りしたり、一時的に貯蔵したりする重要な役割を担っているます(図1)。ミオグロビンは赤い色をしたタンパク質で、筋肉の色が赤いのはこのミオグロビンの色です。水に住むほ乳類であるクジラや、長い距離を泳ぎ続ける回遊魚であるマグロやカツオの肉の色が赤いのは、たくさんの酸素を貯蔵する必要があるために、ミオグロビンが多く含まれているからです。

ミオグロビンはまた、X線回折実験で立体構造が解析された最初のタンパク質でもあります。1958年に解かれたミオグロビンの分子の構造を見ると、やはり内部にいくつかの「穴」が開いていることがわかります。こんな小さい穴でも、小さな気体分子なら通れるかもしれません。東京工業大学大学院博士後期課程3年の富田文菜(とみた・あやな)さんとKEKの足立伸一(あだち・しんいち)准教授は、酸素を貯蔵するという使命を持ったミオグロビン分子内の「穴」は、気体分子の輸送に深く関与しているはずであり、その分子輸送の様子を直接観測してみたいと考えました。そこでKEKのフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)のビームラインNW14Aを用いて、時間分解X線構造解析法という方法で、分子の「動画」を撮影することに挑戦しました。 NW14Aは以前「分子の世界の高速カメラ」というニュースで紹介したように、極微の世界で起こるさまざまなできごとを「分子動画」として測定するために特別に作られたビームラインです。

動画で解かれた密室のミステリー

ミオグロビン分子の中で最も大きい「穴」はヘムと呼ばれる鉄-ポルフィリン錯体を収めるための空洞です。やはり酸素を運搬するタンパク質であるヘモグロビン(こちらは血液に含まれているタンパク質です)にもヘムが含まれていて、ヘムの中の鉄に酸素や一酸化炭素などの気体分子が可逆的に結合し貯蔵されることはよく知られています。しかし、不思議なことに、この鉄を取り巻く、気体分子を蓄えている穴には、外界へとつながる通路がどこにもありません。「密室」とも言えるタンパク質分子内の穴と外界との間で、ミオグロビンは気体分子のやり取りをどう行っているのでしょうか。まさに密室のミステリーであるこの謎は、今日に至るまでタンパク質研究における長年にわたる謎でした。

富田さんたちが使ったのは、一酸化炭素と結合したミオグロビンです。一酸化炭素は、酸素より強力にヘムと結合するので(血液中のヘモグロビンではこれが一酸化炭素中毒の原因となります)、気体分子の動く様子を観察するのに都合が良いことが多いのです。特に、光によって一酸化炭素とヘムの結合を切ることができるので、光を当てるという簡単な操作で、分子動画の「キュー」を出すことができるようになります。

細かい動きを撮り逃さないように、一酸化炭素の動きをゆっくりにさせるためにミオグロビンを低温(−130℃〜−170℃)に保持し、レーザー光の照射により分子動画のキューを出し、時間分解X線構造解析法で観測したものが図2の動画です。ミオグロビン分子内の「穴」から「穴」へと一酸化炭素分子が飛び移りながら移動して行く様子が見えるでしょう。そしてよく見てみると、この飛び移りが起きる際に、あたかもタンパク質分子が「深呼吸」をするように、一連の「穴」の形状が時々刻々、次々と変形しています(図3)。光をあてて小さな一酸化炭素分子が動き始めることがきっかけとなって、まるでドミノ倒しのように、周りを取り囲む巨大なタンパク質分子も一体となった原子分子の構造変化の連鎖が起きることを示しています。「密室」は実は完全な密室ではなかったのですね。

かたちを変える鍵穴

タンパク質のはたらきを考える時に、私たちはよく、「鍵と鍵穴」というたとえを使います。タンパク質分子中の鍵穴に、「鍵」である分子が結合するといったイメージは、ともすると、実際の鍵のように、固く形を変えない印象を持ちます。しかし実際のタンパク質は、このように時々刻々形を変えながら、他の分子に働きかけているのでしょう。時間分解X線構造解析法を使って、タンパク質の静止した構造だけでなく、その機能にかかわる時々刻々の変形の様子を動画として観察できることがわかりました。

時間分解X線構造解析法は他の多くのタンパク質にも応用できるものであり、生命現象の解明や、新薬の設計に、分子動画作成技術がもたらす可能性が大きくふくらみます。これまでの「鍵と鍵穴」の固いイメージを変える「鍵が近づくことによって形を変える鍵穴」という、活き活きとしたタンパク質の姿を目の当たりにする技術を、私たちは手に入れつつあるのです。

この研究成果は、2009年2月9日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Proceedings of National Academy of Science USA」オンライン版に公開されました。



 
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[図1]
ミオグロビンの立体構造。ミオグロビンは153個のアミノ酸が1本の鎖として繋がり、折り畳まれた構造をもつ。タンパク質の中に、ヘムと呼ばれる鉄-ポルフィリン錯体が取り込まれており(緑)、その鉄に酸素や一酸化炭素などの気体分子(水色)が可逆的に結合する。
拡大図(74KB)
 
 
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[図2]
ミオグロビン分子内の一酸化炭素分子が移動する過程の分子動画。レーザーの光を照射後に、一酸化炭素分子がタンパク質分子内の「穴」の間を飛び移り、あたかもタンパク質分子が「深呼吸」をするように、一連の「穴」の形状が時々刻々、次々と変形する姿が捕えられた。(図は移動過程を簡略化したアニメーション。)
AVIムービー(8.7MB)
 
 
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[図3]
一酸化炭素分子の移動に伴う、ミオグロビン内部の「穴」の形状の変化(測定温度−130℃)。点線で囲った部分がミオグロビン分子内の「穴」である。レーザー照射前とレーザー照射開始後750分の構造を比較した。時間の経過とともに穴が拡大し、穴と穴の間が徐々につながっていく様子が見て取れる。
拡大図(98KB)
 
 
※もっと詳しい情報を
        お知りになりたい方へ

→JST 戦略的創造研究推進事業
    (ERATO)腰原プロジェクトのwebページ
    http://www.cms.titech.ac.jp/
    ~koshihara/ERATO/

→放射光科学研究施設
  (フォトンファクトリー)のwebページ
    http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→科学技術推進機構(JST)のwebページ
    http://www.jst.go.jp/
→PF-AR NW14Aのwebページ(英語)
    http://pfwww.kek.jp/users_info/
    station_spec/nw14/nw14.html

→Proceedings of National Academy of
  Science USA(英語)
    http://www.pnas.org/content/
    early/2009/02/09/
    0807774106.full.pdf+html


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