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last update:09/12/17  

   image レーザー光が作る一瞬の磁石    2009.12.17
 
        〜 100億分の1秒の分子の動きを見る 〜
 
 
  オーロラの形成、地球大気の動き、地球内部のマグマの動き、コーヒーにミルクを入れて混ざりつつある状態。この様に、物質やエネルギーの流入や流出がある状態を「非平衡状態(ひへいこうじょうたい)」と言います。こうした非平衡反応の一般的な法則はまだまだ解明されていません。今回は、溶液中で進行する非平衡反応中に、まさに変化している分子の状態を、動画として観測するというお話を紹介します。

液体の中にある分子の形の変化を見る

今回の話の主役は、水溶液中で1個の鉄原子の周りをフェナントロリンと呼ばれる3個の有機分子が取り囲んでいる分子集合体です(図1)。このような分子集合体を一般に金属錯体と呼び、この分子を特に、鉄フェナントロリン錯体と呼びます。この分子の大きさは、約1ナノメートル(nm,10-9m)ぐらい。1ナノメートルは1センチメートル(cm,10-2m)の1000万分の1。1ナノメートルの分子をとても肉眼で見ることはできません。でも、こんな小さなナノメートルサイズの分子が、水溶液の中でちょっとだけ形を変えている様が、放射光X線を使うと見えてしまうのです。

X線を使った動画

それでは分子の速い動きを見るにはどうすれば良いでしょうか? それは誰もが楽しんだことがある、皆さんが良く知っている方法を使います。図2は今からおよそ150年前に、12台のカメラを並べて馬の走る様子をストロボ撮影し、馬が走るときに4本の脚すべてが地面から離れる瞬間があるということを確かめたものです(当時の人々は馬が走るときにかならず1本の脚が地面についていると思っていました)。馬の速い複雑な動きも、写真のように静止画として切り取って観測することができれば、その動きの仕組みがとても良く分かります。逆に机の上に12枚の写真だけ置かれていたとします。馬が何をしているのか分かりづらくありませんか? しかしこの写真を連続して流すと、馬が走っている状態にあることが良くわかります。これはどこかで見たような……。そう! パラパラマンガの完成です。ハイビジョンテレビの滑らかに動く映像は1/60秒おきに静止画を連続して流すことで作られています。

ただし、分子の動きは馬の動きよりとても速く、1秒よりずっと短い時間内に終了してしまいます。分子のパラパラマンガを作るためには、より時間幅の短い光(パルス光)を使ってストロボ撮影することが必要です。放射光科学研究施設(PF-AR)では、100億分の1秒のパルスX線が利用できます。光は1秒間に地球を7周半しますが、100億分の1秒間に光が進む距離は、たったの3センチ。このような短い時間のパルスX線を使うことで、分子のパラパラマンガを作ることができるのです。

光を浴びて、一瞬、磁石になる

鉄フェナントロリン錯体は水に溶かすと綺麗なワイン色の溶液になります。この溶液に非常に高強度で短い時間幅を持つ青色のレーザー光(パルスレーザー光と呼びます)を照射すると、パルスレーザー光のエネルギーを吸い込んで、分子の色が微妙に変化し、700ピコ秒(ピコ秒は1兆分の1秒のこと)という非常に短い時間で元の状態に戻るということが以前から知られていました。この現象は鉄原子の状態がレーザー光によって過渡的に変化して、元に戻ったことを示すものです。

分子の色が変化していることで、分子中の磁性と分子構造が変化していることが予想されます。これを実験的に確かめて、色が変化する仕組みを調べるには、磁性と分子構造の変化を一度に測定することができるX線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure:XAFS)測定が最も有効な手法です。XAFS法はX線のエネルギーを変えながらその応答を測定し、試料の化学的な状態や構造を求める方法です。しかし、一般的なXAFS測定はこのような高速で起こる現象の測定には向いていません。そこで使ったのが、以前の記事でも紹介した分子の世界の高速カメラ、ビームラインNW14Aです。このビームラインは、PF-ARの強力な短パルスX線を利用して、高速な物質の状態変化を原子サイズの動画として観測するために、科学技術振興機構とKEKとの共同研究により特別に設計・建設されたビームラインです。このビームラインでは、レーザーパルスとX線パルスを交互に繰り返し入射する測定法(ポンプ・プローブ法と呼びます)によって、周期的に非常に短い間だけ出現する状態を、100ピコ秒幅のX線を用いて捉えることができます。

KEKの野澤俊介特別助教と足立伸一准教授は、このビームラインを利用して、XAFS法を高速で起こる現象に応用した「時間分解XAFS実験」の装置を新しく開発しました(図3)。そしてこの装置を使って、鉄フェナントロリン錯体の色の変化のしくみを、分子の磁性と分子構造の変化として観測することに成功しました。レーザー光をあてた後の鉄フェナントロリン分子中では、700ピコ秒の間だけ、鉄原子の電子スピンの配置が変化して磁性が出現し、その影響で鉄とフェナントロリンの結合距離が0.198ナノメートルから0.215ナノメートルへと約10%伸びて分子構造が変化し、鉄とフェナントロリンの間の結合が弱くなっていることが明らかとなりました(図1、4)。この結果は、図5に示すように、溶液中でランダムに配向した分子が、光によって700ピコ秒という非常に短い間に一瞬だけ分子磁石へと変化し、すぐに元の状態へと戻ってゆく様子を、これまで実現不可能であった空間精度と時間精度で捉えることに成功したことを表しています。

超高速な分子磁石が拓く未来

この研究は、数百ピコ秒というほんの一瞬で変化する分子磁石を、その機能(磁性)と分子構造の両方を同時に観測することに成功した、非常に画期的なものです。皆さんもご存知のとおり、磁性は、コンピューターの記憶素子をはじめ、さまざまな技術に使われている性質であり、この分子磁石は、超高速で反応する超微小なメモリーやスイッチの基礎として大変有望です。

この研究で開発した時間分解XAFS法は、固体だけでなく、液体や気体のように結晶でない試料も測定できる手法です。磁性を利用した触媒や、磁性を感じる生体分子などの反応のしくみを解析したり、新しい磁性物質を設計するのにも役立つでしょう。また、新しい太陽光発電技術の開発や、光触媒反応によるCO2固定化など、エネルギー問題を解決するためのさまざまな技術開発にも、この測定法は威力を発揮しそうです。分子の一瞬を捉えるパルスの放射光に、多くの分野から期待が集まっています。

本研究成果は、米国化学学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に公開されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→科学技術振興機構のwebページ
  http://www.jst.go.jp/
→東京工業大学のwebページ
  http://www.titech.ac.jp/
→自然科学研究機構 分子科学研究所のwebページ
  http://www.ims.ac.jp/indexj.html
→Journal of the American Chemical Society(英語)
  http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/ja907460b

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[図1]
レーザー励起による分子内の磁性と構造の変化。時間分解XAFSスペクトルを解析することで求められた磁性と分子構造の変化。レーザー励起によって鉄のスピン状態に図に示す変化が起こり分子磁石になる。また、スピン状態が変化した影響で鉄と窒素の距離が10%伸びて鉄フェナントロリン分子の形が膨らむように構造変化する。
拡大図上(39KB)
 
 
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[図2]
出展:The Library of Congress

「馬が走る時、4本の脚が同時に地面を離れる瞬間はあるか?」 この疑問に答えるために米国の実業家リーランド・スタンフォードは写真家エドワード・マイブリッジに馬が疾走する様子を写真に撮るように依頼した。12台のカメラを使ってストロボ撮影した写真によって、馬の疾走の様子が初めて捉えられた。
拡大図上(59KB)
拡大図下(2MB)
 
 
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[図3]
時間分解XAFS測定システム。KEK放射光科学研究施設PF-ARに新規開発された時間分解XAFSシステム。パルスレーザー光でサンプルを励起した場所にパルスX線を入射させ、出てくるパルス蛍光シグナルを検出することで100ピコ秒(100億分の1秒)の間に起こるXAFSスペクトルの変化を測定することができる。
拡大図(51KB)
 
 
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[図4]
パルスレーザー励起によるXAFSスペクトルの変化。青線が鉄のXAFSスペクトル、赤四角がパルスレーザー励起後100億分の1秒後におけるスペクトル変化である。矢印で示されたスペクトル変化により、スピン状態・結合状態・分子構造がレーザー励起により変化していることがわかる。
拡大図(31KB)
 
 
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[図5]
XAFSスペクトル強度の時間変化。XAFSスペクトル強度の時間変化はレーザーによって励起された分子の割合を示す。赤い矢印(磁性を示す)を持つ鉄フェナントロリン錯体は励起された状態を示す。レーザーで励起された分子の半分は、490ピコ秒以内に元の状態(基底状態)に戻ることが分かる。
拡大図(109KB)][拡大図(Flash)(824KB)
 
 
 
 
 

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