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アクリルと水の仲良し度は? ~ 水を吸って膨らむアクリルの姿 ~

2010年6月24日

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図1
水族館の大水槽

ゆったりと泳ぐ魚たち。まるで海の中に入ったかのような世界が広がっています。

これを可能にしているのは、アクリルの壁です。アクリルは透明で強く、ガラスに比べ軽いため、このような大型水槽によく使われています。他にもインテリアやショーケース、小さなものでは、コンタクトレンズにまで、生活のあらゆる場面でアクリルは大活躍しています。

今回は、そのアクリルの驚くべき性質をご紹介したいと思います。

水とは仲良し? それとも…?

色々な場面で活躍しているアクリルですが、よく考えてみると不思議なことがあります。水槽にアクリルが使われるのは、耐水性があるからです。もしアクリルが水を吸ったり、溶けたりしたら、とても水槽には使えません。また、コンタクトレンズは水なじみがよくなければなりません。そうしないと水と油のように、涙が水滴になったり、コンタクトレンズと涙の間に気泡ができて使うことができません。

田中敬二教授、藤井義久助教、堀之内綾信氏(九州大学)、山田悟史助教(KEK物質構造科学研究所)は、この一見相反する性質に疑問を持ち、アクリルと水が接した時、その境目(界面)ではどのようなことが起きているのかを調べました。水やアルコールなど、色々なもので濡らして観測した結果、水に浸すとスポンジが水を吸い込むように、表層のアクリルが水を吸ってわずかながらに膨らむことが分かってきました。

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図2
アクリルの構造イメージ図

ここで、アクリルがどんな構造をしているのか、簡単にお話ししておきましょう。アクリル板の主成分はメタクリル酸メチルという分子がたくさんつながってできた、糸のような「高分子」と呼ばれる素材からできています。アクリル内部では、この糸同士がお互いに絡まりながら隙間無く埋め尽くされていますが、その表面では和紙のように糸の端が表面に見え隠れしているような状態になっています。

ここに水を浸すと、アクリル内部では糸同士がしっかりと絡まりあっているので、水が入ってきてもビクともしませんが、表面では端からほどけやすくなっているため糸と糸の隙間が水で浸されて、表面から深さ20ナノメートル(nm=100万分の1mm)くらいまでは水が入り込みます。水に浸されるとスポンジのように、わずかに膨らむ理由は糸の絡まり方にあると考えられます。

水でより安定な構造に

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図3
実験の模式図

(a) 最表面のアクリルだけを重水素でマーキングする。
(b) 作成したアクリルを水に2時間浸す。
(c) 乾燥させてから、中性子で観測する。中性子が反射する様子から、マーキングしたアクリルの分布情報が得られる。

そこで、より詳しく調べるためにJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のBL16に設置された中性子反射率計(ARISA-Ⅱ)を使って表面を観測しました。

まず、表面を構成するアクリル分子の水素(11H)を重水素(12H)に置き換え、表面だけをマーキングします。自然に存在している水素の99%以上は陽子1つを核に電子1が回っている11Hですが、ごく稀に陽子1つと中性子1つを核に電子1が回る重水素12Hがあります。これを水素の同位体と言います。中性子は同位体を見分けられるという特長を持つので、こうすることで水に浸した際に表面のアクリル分子がどのように動いたのかを見ることができるのです。

すると、水に浸した後のアクリルはまるで溶けたかの様に広がっていることがわかりました。水に浸されることで、不安定だった表面の高分子が動いてアクリルのより深部に入り込み、その分布範囲を広げていたのです。その結果、最初約1nmの厚みだった重水素化したアクリルが、約3nmにまで広がったのです。


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図4
水に浸した時の重水素化したアクリル分布変化

0付近にピークのあった重水素化したアクリルが、水に浸した後ではピークが低くなり、-2~3nm辺りまで分布を広げているのが分かる。


この現象のように分子が動くためには何らかのエネルギーが必要です。では、そのエネルギー源として熱エネルギーを加えても似たような変化がみられるのではないか? そう感じた田中教授は加熱した時のアクリル表面の変化についても調べてみました。すると、図5のようにとても似た曲線になり、加熱した時と水に浸した時で同じように表面の分子が移動していることが分かりました。この結果は日本化学会発行の科学雑誌Chemistry Letters4月30日版に掲載されました。


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図5
加熱した時の重水素化したアクリル分布変化

加熱した時の重水素化したアクリル分布変化 0付近にピークのあった重水素化したアクリルが、加熱後ではピークが低くなり、-2~5nm辺りまで分布を広げている。曲線の変化が図4と似ていることから、分子の移動が同じモデルと推測される。


鉄は熱いうちに打て

これは、熱した鉄を柔らかいうちに鍛えることから派生したことわざです。鉄を加熱すると原子が動きやすい状態になるため、変形させても安定した構造が形成され、その結果、硬度が増し弾力性のあるしなやかな鉄になります。

アクリルを水に浸した時、同じようなことが表面で起きていたのです。つまり、熱ではなく水によって分子が動きやすくなり、安定な構造へ変化したと考えられます。

今回の測定は水で濡らしたアクリル表面を乾かしてから観測しました。田中教授は「次は水に濡れた状態での観測をしたいんです。水で濡れた表面では水草が揺らめくように、アクリル分子が揺らめいているはず。これを利用すれば汚れが付きにくい素材が作れるかも知れないから。」と意欲的に語っていました。

「最終的にはね、体内に入れた時のことを考えているんです。例えば、汚れが付きにくいコンタクトレンズとか。」田中教授には、もう先のことが頭の中に描かれているようです。この研究の続きが、とても楽しみです。