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トリスタン計画報告書TOP
 高エネルギー物理学研究所長挨拶
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高周波電力源:クライストロン
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加速器理学に関する研究
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4. トリスタンと加速器科学

4.2 加速器技術開発

4_2_3 高周波電力源:クライストロン


トリスタンで電子陽電子ビームを加速する高周波加速空洞に、508.58MHz (UHF帯)の高周波電力を供給するものが、高周波源 (トランスミッター) である。1本のクライストロンを1ユニットとした高周波源は、1) 低電力高周波制御システム、2) クライストロン、立体回路、蒸発冷却系等から成る大電力高周波システム、及び、3) クライストロン駆動電源から構成される。

加速空洞4台当たり1本のクライストロンが使用され、ARで東西に 2基、MRで 8ケ所ある直線部分に最終的に 34 基、合計 36基の高周波源がリングに沿った地上の高周波電源棟内に配置された。クライストロン駆動電源には、カソード用直流負高電圧電源 ( 容量 90kV、20Ax2 ) が共用で2本のクライストロンを並列運転出来るA 型と、1本のクライストロン専用のB型とが有り、ともにカソード、ヒーター ( 容量30V、28A ) 、変調アノード ( 容量 80kV、実用 5mA )、主収束コイル ( 容量780V、12A )、補助収束コイル ( 容量55V、10A ) の各直流電源と、クライストロン保護の為のクローバー回路、を有している。 MR 用としてA 型14台、B型8台 ( 2台はクライストロン、空洞の試験、エージング用 ) が用意され順次電源棟内に配置され加速器の運転に使用された。

通常のクライストロンでは、DC から高周波への変換効率は、どんなに頑張っても 60〜70%止りで、電子ビームの余剰運動エネルギーはコレクターで熱に変換される。本クライストロンはコレクターの冷却に蒸発潜熱を利用する蒸発冷却方式を採用しており、この規模の大電力クライストロンシステムとしては世界にもほとんど例が無い。お蔭でコレクターの設計と、性能維持の為の保守はそれだけ厳しくなったが、純水冷却設備は大幅に規模縮小する事が出来た。サーキュレーター、ダミーロード、方向性結合器、マジックティー、位相調整器、等の大電力用高周波コンポーネントは、クライストロンと共に開発改良され安定な物に仕上がった。これらのトリスタンで培われた技術やノウハウは今後 KEKBをはじめとする多くの大電力高周波システムに生かされて行くであろう。

トリスタンでは、ビーム当たりのエネルギーは、目標値で 25〜30 GeV ( 当時で世界最高 ) 、到達値で 最高 32 GeV と高く、周長の割に加速空洞の占める長さ従って加速に必要な高周波電圧が大きい。又シンクロトロン放射によって失われるエネルギーも膨大で、高周波源に要求される出力、効率、安定度は他の加速器に比して非常に大きい。 最高出力 1 MW 及び 1.2 MW 連続波クライストロンは、この事を背景に、高エネルギー物理学研究所と製造メーカー(それぞれ、フィリップス及び 東芝 ) との緊密な共同作業により開発改良されてきた。

特に国産の1.2 MW 球 E3786は、当初、真空性能、電子銃及び出力窓周りの構造、等に次々と問題を生じ、開発は難航した。丁度 AR のコミッショニングとビームを使っての加速器スタディーの時期に危機はピークに達した。幸い高エネルギー物理学研究所内に組織横断的に作られたクライストロンワーキンググループとメーカー自身の努力によりこの危機は克服されたが、フィリップス管 ( 始めは 800 kW 管である YK1302、続いて 1 MW 管である YK1303 ) が輸入され、MR で併用される事になり、安定で高性能なクライストロンの開発は一躍国際的競争の場となった(図66)。MR での最終配置でフィリップス球が 12 本(図66)、東芝球(図図67図68)は 22 本 使われている。クライストロン運転 ( フィラメント動作 ) 時間は総計で延べ 1,402,235 時間(160 年)となり、4万時間を越える球は5本にものぼっている。

クライストロンで特に問題になったのは、マルチパクタリングによる出力窓セラミックの破壊、腐食による真空劣化、と変調アノード絡みの不安定現象である。セラミック破壊の問題は、ドアーノブ同軸円盤窓の導入と、マルチパクタリング対策としての、セラミック表面への窒化チタン薄膜のコーティングにより見事に解決し、加速空洞の入力結合器にもこの技法は生かされた。真空劣化は SUS の鋭敏化や銅の結晶粗大化によるもので水の絡む事が多い。水質維持は今後もクライストロンの生命線である。不安定現象には 1MW 球に特有の、アノード耐圧劣化、アノードスパイク及び過電流 ( >0 ) と、 1.2 MW 球に特有の Fast Selfrecovery Breakdown に起因するアノードスパイク ( <0 ) 現象とがある。 耐圧劣化は過剰バリウムによるものであるから、 M - 型カソードと中温電子銃構造によって解決出来る。しかしアノードスパイクの問題は非常にむずかしく、今なお解決途上にある。特に >0 のそれは SBO ( Side Band Oscillation ) を伴うことが多く、戻り電子に起因すると考えられる。 外国のほとんどの球にも共通の問題である。トリスタンでは、これを、磁場分布の最適化とドリフト管形状の改造によって凌ぎ、安定領域を広く取れる様にしている。

一方、1.2 MW 球は元々 SBO の見られない世界でも稀有の球である。最新バージョンである E3732 では、 M - 型低温カソード、銅アノード表面への酸化クローム成膜、及び、テーパー付きアノードセラミックの導入により <0 のアノードスパイクも克服されたと考えられ、次期 KEKB プロジェクトでは主力球となるものと期待されている。


  
Figure 66: フィリップス1MWクライストロンYK1303と1.2 MW サーキュレーター 及び 立体回路
 
Figure 68: E3786のカソード電圧と飽和出力、飽和効率、位相変化特性、この例では効率は最高 66.7 % であり93 kV で1.25 MWが得られている。出力は電源で抑えられており、95 kV では1.4 MW、100 kV では 1.5 MW も可能である事が分かる。 Figure 67: 東芝 1.2 MWクライストロンE3786外観図、全長4.345 m、重量1.25 tある。


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