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加速器研究施設トピックス 2010/06/07

〜高勾配加速システムの実現と更なる高勾配化へ〜

KEKでは日本原子力研究開発機構(JAEA)と協力し、世界に先駆けて陽子加速器のための高勾配加速システムを開発しました。このシステムは現在J-PARCでの運用が進められています。加速システムは加速器の“心臓”にあたる部分であり、加速器の性能を左右する重要な部分です。今回開発された加速システムは従来のシステムで実現できなかった3つの点を可能にしました。それが従来の加速勾配を2倍以上上回る加速勾配、同一システムでの2次高調波の混合、ナノ秒以下でのビームの安定性です。更に、これらの性能を向上させるため、磁性材料の改良と開発が進められています。それにより、ビーム強度の増強と加速器の性能向上が期待されています。


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<図1> J-PARC RCSで使われている11台の金属磁性体空洞

      

<図2> MRの5台の金属磁性体空洞


高勾配加速空洞

陽子と電子の加速システムの一番大きな違いは加速周波数の変化があるか否かです。ほとんどの電子シンクロトロンでは固定周波数で電子を加速していますが、陽子シンクロトロンでは陽子の質量が重いため加速にあわせて周波数を変化させる必要があります。このため、超高エネルギーを除き陽子加速器では加速空洞に磁性材料(フェライト)を組み込み磁性体の透磁率を変化させることにより、加速空洞の共振周波数を変化させてきました。例えばRCSでは加速周波数は940kHzから1.67MHzまで2倍近くも変化しています。このため陽子加速器の空洞の中は“空洞”ではなく磁性体が入っている構造になっているのです。
さて、これまで用いられてきたフェライトには三つの問題がありました。それは低い高周波磁場で飽和してしまうこと、共振が狭帯域であること、そして温度などの外的要因に対し特性が敏感であることです。この最初の問題は限られた敷地で高いエネルギー加速器を作る時には障害となります(<図3>参照)。この問題を解決するために金属磁性体(ナノ結晶合金やアモルファス合金)に着目し開発を進めてきました。ナノ結晶合金では飽和磁束密度がフェライトの一桁上の1.2テスラあるため、高い加速電圧勾配にも耐えることができます。J-PARCではこの金属磁性体を大型のドーナツ形状に巻き、高い加速電圧をかけたときに発生する熱を効率的に除去するために、防錆加工をした上で冷却水槽に設置したものを加速空洞に利用しています(<図4>参照)。この高い加速勾配により、高周波加速に必要な長さを短縮することができ、加速器の小型化につながりました。


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<図3> 加速勾配と加速器の周長に占める加速空洞の割合のイメージ。J-PARC加速器では高勾配空洞を用いているため、全体の12%を占めているにすぎません(左図の黒線)。緑色の部分は偏向電磁石や入射取り出し機器などの占める長さです。これをフェライト空洞で実現しようとすると、勾配が低い分だけ長さが必要となります(中央図の赤線)。実際の3GeV-RCS空洞では2次高調波と呼ばれる別の周波数も同時に出力しています。この電圧をフェライト空洞で得るためには、右図のようにさらに周長が長くなってしまいます(青線)。


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<図4> MR用高勾配空洞の製造過程。多くの製造過程を経て加速空洞は作られています。RCS空洞では⑦、⑧、⑪〜⑯の工程がなくなり、少し簡便となります。


2次高調波の混合

陽子加速器では同じ電荷を持つ粒子同士の反発力によって生じる「空間電荷効果」が加速器の性能を決める要因となります。この効果は粒子の速度の遅いシンクロトロンへのビーム入射時に大きく、ビームの損失などの原因となります。この効果を減らす方法は電荷の密度を下げることですが、シンクロトロンのパイプの径は限られており、横に広げることはできません。そこで、ビームの塊(ビームバンチ)を長く伸ばすことが必要となります。この時、必要となるのが2次高調波と呼ばれる加速周波数の2倍の高調波です。加速周波数に2次高調波を加え振動できる領域を延ばすことにより、粒子の密度を下げることができます(<図5>参照)。J-PARC RCSでは簡便に2次高調波を混合できる空洞を開発しました。現在、RCSでは300kW相当の連続運転など、大強度ビームを実現しつつありますが、この2次高調波の混合はその鍵となる低損失加速に不可欠な技術です(<図6>参照)。

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<図5> 2次高調波を混合することによるビームバンチの分布の変化。基本波のみではバンチ中央部の粒子密度が高い(上図)が、2次高調波があるとバンチの長さが伸び、中央部の密度も低下しています(下図)

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<図6> 300kWビーム運転時のJ-PARC RCS加速器での加速中(0.02秒の間)のビーム強度の変化。赤および水色は2次高調波がない場合、その他(緑、青、紫)がある場合。赤と水色の実線はシミュレーション結果です。2次高調波がないと加速の初期でビームを5-7%損失していますが、2次高調波を加えることにより、空間電荷の効果が弱くなり、ビーム損失なく加速できることがわかります。


更なる高勾配、高性能化のための開発

この加速空洞システムの加速電圧勾配を更に上げるための開発が進められています。これはナノ結晶合金の製造方法を改良することで損失を減らし、同じ電力で出力できる加速電圧をあげるためのものです。加速器用の大型磁性体コアを製造するための大型装置の建設がナノ結晶合金を製造している日立金属の協力を得てJ-PARCのハドロンホールで進められています。また、金属磁性体自身の研究がJ-PARCのMLF施設のミュオンビームを用いて進んでいます。
この開発により、MRの繰り返しを現在可能な約2秒(現行は3.52秒)から1秒以下にして、ニュートリノ実験などビーム強度の必要な実験の精度を高めることが考えられています。

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<図7> 主な陽子加速器に使われている高周波加速空洞の加速勾配。大口径のビームパイプが必要となるRCSでは従来のフェライト空洞に比べ2倍以上の加速勾配を実現しています(図中)。MRでも、この周波数帯では世界最高の加速勾配を実現しています(図中)。J-PARCでは将来のビーム強度および品質の向上のため、加速勾配を約2倍にするための研究を進めています(図中)。


国際協力

さて、この金属磁性体を用いた加速システムはJ-PARC以外にも、すでに多くの医療用の加速器の運用に使われています。国外でもいくつかの加速器でビーム加速のために使われています。例えば、LHCで予定されている超高エネルギーでの重イオン衝突実験では鉛イオンの加速が必要ですが、これを加速する初段のシンクロトロン、LEIR(Low Energy Ion Ring)でJ-PARCとほぼ同じ構造の空洞が使われています。このLEIRで加速されたビームはPS、SPSの二つの加速器でさらに加速され、LHCへと導かれます。

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<図8> CERN LEIRに設置された加速空洞。所定の電圧と2次高調波を出力し、LHCでのイオン衝突実験のために稼働しています。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→大強度陽子加速器施設(J-PARC)のwebページ
http://www.j-parc.jp/
→J-PARCの全実験施設稼働
https://www.kek.jp/ja/news/J-PARC/
→ナノ結晶軟磁性材料「ファインメット®」
http://www.hitachi-metals.co.jp/prod/prod02/p02_21.html

関連記事
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http://www.kek.jp/newskek/2009/janfeb/J-PARC50GeV.html
2009.12.24J-PARCの稼働とKEK
http://www.kek.jp/newskek/2009/novdec/year2009.html
2009.5.14東海村からニュートリノビーム!
http://www.kek.jp/newskek/2009/mayjun/J-PARCT2K.html
2009年1月28日 プレス・リリース 〜 09-02 〜 For immediate release:
J-PARC最終段加速器での陽子ビーム加速とハドロン実験施設への入射に成功
https://www.kek.jp/ja/news/press/2009/J-PARC50GeV2.html
2010年4月15日 世界最高強度のパルスミュオンを発生 〜まだ誰も見たことのない未知の世界へ〜
http://www.kek.jp/newskek/2010/marapr/J-PARCmuon3.html


〜 記事提供 : 加速器第一研究系 大森 千広 氏 〜

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