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加速器研究施設トピックス 2010/09/29

〜いよいよ稼働開始、テレスコープアレイ実験用宇宙線望遠鏡較正のための小型電子線形加速器〜


1.テレスコープアレイ実験と宇宙線観測実験

テレスコープアレイ(Telescope Array; TA)実験とは、北米・ユタ州のソルトレイク市から約200km離れた砂漠地帯で2008年4月から常時観測が開始された、約10^18 eV以上の極高エネルギー宇宙線(Ultra High Energy Cosmic Ray ; UHECR)観測実験です<図1>。UHECRは人類が観測している最も高いエネルギー領域の第一次宇宙線です。しかしUHECRが宇宙のどこで発生したのか、加速機構は何か、化学組成は陽子なのか、それとも鉄のような原子核なのか、そして理論的に予想されるエネルギーの上限(GZKカットオフ効果)はあるのか等、基本的情報の殆どがまだ分かっていません。
TA実験には対抗する宇宙線観測実験があります。南米・アルゼンチンで2004年から観測が行われているPierre Auger(Auger)実験です。また既に観測を終了し、現在ではTA実験を共同で運用している北米・ユタ州で行われていたHiRes実験もあります。これらの実験が現在観測結果を報告し合い、その報告内容を廻って白熱した議論が交わされています。

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<図1>TA実験の概観。TA実験はUHECRが空気中で引き起こすカスケードシャワー中に含まれるガンマ線や電子を地表で検出する地表検出器とシンチレーション光を地上で検出する大気蛍光望遠鏡から成ります。

2.小型電子線形加速器(ELS)の必要性

UHECR観測実験にとって最も重要な課題はUHECRが持っていたエネルギーを高い精度で測定する事です。しかし、エネルギー測定は非常に困難な作業です。TA実験、Auger実験、HiRes実験のエネルギー測定法は共通しています。UHECRが大気中に入射された際に引き起こすカスケードシャワー中に見られる発光現象(シンチレーション光または大気蛍光)を地上に設置した大気蛍光望遠鏡(Fluorescence Detector; FD )で観測し、検出光子数からエネルギーを計算します。つまり大気を含めた巨大なカロリメータとしてエネルギーを測定します<図2>。但しこの計算方法には大きな不定性が含まれています。10^18eV以上のハドロン相互作用を記述するモデルが確立していない事、大気蛍光発光量の計算が不正確である事、大気中での光散乱吸収の正確な記述が容易でない事、検出器の一括較正が容易でない事です。これらの不定性によってエネルギーに対する系統誤差は約20%近くになります。そしてUHECR観測実験には既知のエネルギーを持った粒子は存在せず、エネルギー較正が基本的には不可能であるという欠点がありました。
TA実験ではこの欠点を根本的に解決するために人工的に作った既知のエネルギーを持ったエネルギー較正装置が提案されました。それが小型電子線形加速器(Electron Light Source; ELS)です。ELSはFDから100m離れた場所から1μsec幅の40MeV×10^9e-/pulseの電子ビームを空中に射出し、空気中で引き起こされるカスケードシャワーをUHECRと同じように観測するための電子光源です<図3>。既知のエネルギー源であるため、観測される光子数を予想する事ができます。この予想値と観測結果の比較は電子ビームの大気蛍光発光量からFDの観測量までの全ての較正定数を一括較正する事が可能な世界でも唯一のエネルギー較正源です。

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<図2>FDを用いたUHECRの観測方法の概要図。
fig3
<図3>ELSによるFDのエネルギー較正のイメージ。大気中の光減衰やFDの視野については考慮しない場合単純にスケールすると、ELSビームの空気中での全エネルギー損失量は10km先の10^20eVの宇宙線の全エネルギー損失量に相当します

3.ELSの開発

ELSは2005年4月からKEKにて入射器グループとの共同開発研究として始まりました。ELSの大きな特徴は高周波システム、導波管、バンチャー管、加速管、収束電磁石という主なコンポーネントを入射器棟の予備品から提供して頂けたという点です。これは入射器グループ側の方々にとっても入射器の財産をKEK以外の、しかも宇宙線分野という全くの別分野へ応用するという初の試みだったと思います。ELSは当初可搬式を目標にしました。そのため12mの海上コンテナに収納できる加速器として構築されました。冷却水ユニットは6mの海上コンテナに収納可能なコンパクトなシステムを構築しました。2008年1月にELSは完成し、その後約10カ月間試験運転を行いました。ELSの概観を<図4>に、完成後に撮影された記念写真を<図5>に示します。試験運転後輸送準備が早急に行われ2009年3月にはELSの北米・ユタ州のFDサイトへの移設が完了しました<図6,7,8>。

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<図4>
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<図5>

<図6,7,8>ELSの輸送とFDサイトへの移設状況写真

fig6
<図6>
fig7
<図7>
fig8
<図8>

4.アメリカ・ユタ州での運転準備と初射出・初観測成功

2009年4月からはFDサイトでの運転準備が始まりましたが、想像以上に困難が多く運転準備に約1年を要しました。まず移設先は周りには何もない砂漠であるため商用電気が確保されていません。運転用に設置された80kW出力の発電機からの配線工事も予想以上に遅れてしまい、全ての電源配線工事が完了したのは移設の半年後でした。運転準備に際し特に注意を払ったのは真空でした。電気配線工事が完了した直後から真空引きを始めた結果、電子銃の真空には特に問題はありませんでしたが、ビーム最下流付近に設置されているスクリーンモニターの真空ダクトの溶接部に断裂があり、そこから真空漏れを起こしている事が発見されました。この対策としてスクリーンモニターをビームラインから撤去し、日本に持ち帰りKEKで再溶接をしてもらいました。そして再溶接されたスクリーンモニターを再びビームラインに戻し、真空漏れがない事を確認した上で漸く電子銃以外の真空引きの準備が整いました。スクリーンモニターの真空漏れについては、真空漏れが発覚してから対処が完了するまでに4ヶ月近くもかかりました。この間にも電子銃の真空も発電機の停止等の問題で1回か2回程真空引きが停止するという問題が起こりましたが、深刻な問題にはなりませんでした。スクリーンモニター以上に深刻だったのはクライストロンでした。FDサイトへ移設されてから1カ月後、ポータブル発電機を使ってクライストロンの試験な真空引きを行いました。ところがクライストロンの真空漏れと思える症状が見られ、クライストロンの交換が必要になりました。スクリーンモニターやクライストロンの真空漏れの原因ははっきりとは分かっていませんが、輸送による振動の影響だろうと思います。ビーム運転のための全ての準備がほぼ整い、2010年6月からいよいよビーム運転作業が始まりました。この時、入射器グループから福田茂樹先生、吉田光宏先生、杉村高志先生、三菱電機システムサービス(株)から今井康雄さんに来て頂き、立ち上げを行って頂く事ができました。立ち上げ作業は7月からのKEK加速器の長期メンテナンスの関係で6月の1ヶ月間の作業でしたが、クライストロンの交換、RFシステムの動作確認とRFエージング、電子銃システムの動作確認まで全て終了する事ができました。
2010年8月末から加速ビーム運転のための作業が再開されました。そして2010年9月1日ついに加速ビーム試験を開始しました。この日は加速管内のRFエージングに不完全な部分があったためにビーム加速ができませんでしたが、翌日にはFDサイトでは初のビーム加速ができ、直線ビームの確認に成功しました。更に翌日の2010年9月3日には偏向ビームの観測に成功し、更に偏向ビームの空中射出とFDでの電子ビームによる空中でのカスケードシャワーの観測に成功しました<図11>。この時の射出ビームのエネルギーは41.4MeV<図12>、電荷量は約140pC/pulseでした。今回のビーム射出は9月3日と4日の2日間だけ行いましたが、今後FDのエネルギー較正のために本格的に稼働していく事になるでしょう。

<図9,10>FDステーション屋上から見たELSサイトの様子

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<図9>
fig10
<図10>

 

fig11
<図11>2010年9月3日現地時間22時に観測された初の電子ビームによるカスケードシャワーイベント
fig12
<図12>偏向電磁石によって求めた加速電子ビームのエネルギースペクトル

5.今後の展望と発展

TA実験はELSを用いてこれまでにないエネルギー決定精度を達成する事が期待されています。そしてTA実験だけでなく、UHECR観測実験に於いて将来ELSのような加速電子ビームを用いたエネルギー較正が標準的なエネルギー較正法として確立する事も期待されています。我々はこれからFDのエネルギー較正方法を確立し、20%近くある系統誤差の大幅改善を目指します。


〜 記事提供 : 東京大学宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門 芝田 達伸 氏 〜

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