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加速器研究施設トピックス 2010/09/30

〜蓄積リングで観測された進行方向のベータトロン振動〜


1. UVSOR-IIとは

分子科学研究所極端紫外光放射光施設(UVSOR-II)は愛知県岡崎市にあり、電子エネルギー750MeV・最大電流300mAの中型の蓄積リングです<図1>。高エネルギー加速器研究機構のPhoton Factoryに比べて放射光のエネルギーが低く、テラヘルツから極端紫外光までの波長範囲をカバーします。蓄積リングには珍しい自由電子レーザー(FEL)が稼働しており、可視光を中心に利用実験に使われているほかに、通常の放射光と組み合わせたポンプ・プローブの実験など、独自性の高い研究が行われています。2005年にはおよそ100フェムト秒(1フェムト秒=1000兆分の1秒)のパルス長のチタンサファイアレーザー(1ピコ秒=1兆分の1秒)を導入し、レーザーバンチスライスと呼ばれる実験を開始しました。

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<図1>UVSOR-IIのレーザーバンチスライスのシステムの外観図

2. レーザーバンチスライス

レーザーを蓄積リングの電子に照射して相互作用させると、エネルギーのやりとりが行われます。これは、小さな永久磁石の磁極を交互に並べたアンジュレータと呼ばれる装置の中で行われます。効率的に相互作用させるために、電子のエネルギーを600MeVに下げて、アンジュレータの共振波長をレーザーの波長800nmに合せています。レーザーの位相によって電子のエネルギーが増えたり減ったりするので、エネルギーの分布が広がります。電子は偏向電磁石によって曲げられてリングを周回しますが、エネルギーの大きい電子は曲がりきれずに外側にはみ出して遅れてしまいます。逆に、エネルギーの小さい電子は前方の電子に追いつきます。すると、エネルギー分布の広がった部分は電子の密度が小さくなります。UVSOR-IIの場合、電子バンチの長さは100ピコ秒なので、およそ3cmの長さのバンチに小さな穴(ディップ)が空くことになります。すると、このディップの長さの波長で部分的に位相のそろった状態の放射光が出ます。これをコヒーレント放射光(CSR)と呼び、強度はコヒーレントでない放射光に比べて桁違いに強くなります。CSRの波長や強度を測定することによって、ディップの長さや深さを推定することが出来ます。この実験では、CSRの波長が1ミリメートル付近のテラヘルツ光になります。

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<図2>バンチスライスのメカニズム

3. 低αモードの運転

レーザーと相互作用していない電子も小さなエネルギー広がりがあるので、小さなディップはリングの周回を重ねるに従って埋まっていきます。このディップを長時間維持するために低αモードで運転を行いました。低αモードとは、1周する時間が電子のエネルギーにあまり依存しない特別な運転で、バンチ長を短くするときに使われます<図3>。それでは、エネルギーの差による遅れ・進み過ぎが小さくなるので、ディップも出来にくいのではないでしょうか?1つの偏向電磁石で生じる遅れは運転に関わらず一定です。その後に続く4極電磁石*をコントロールして、偏向電磁石で高いエネルギーの電子がリングの内側を通るようにします。すると、2つめの偏向電磁石の中では他の電子より前に進むことになるので、光路長の合計がキャンセルされます。このようにして、エネルギーの差による電子の遅れ・進み過ぎを抑えているので、1つめの偏向電磁石の後(もしくは2つめの偏向電磁石の入口)では、運転モードに関わらず1周目では同じようなディップが作られます。
*4極電磁石とは中心軌道からずれた電子を元に戻すための、レンズのような働きをする電磁石です。

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<図3>低α運転(左)と通常の運転(右)における電子の動きの違い
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<図4>周回毎のディップ形状の変化とCSRの発生

4. レーザーバンチスライスのシステム

チタンサファイア・レーザーはアンジュレータの上流から入射します。レーザーの繰り返しは1kHz、電子は短バンチ運転で5.6MHzと大きく異なります。きれいな逓倍の関係になっていませんが、蓄積リングの加速空洞から取り出した信号を元にレーザーを発振して、電子と同期を取っています。テラヘルツ光測定用のビームラインは2つめの偏向電磁石の入口付近にあります。このビームラインにはマジックミラーと呼ばれる取り込み角度の非常に大きなミラーがあり(215 mrad×80 mrad)、電子軌道にそって放射するCSRを一点に集光することが出来ます。UVSOR-II蓄積リングを1周する時間はおよそ177ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒) なので、周回毎のCSRを分けて測定するために、より応答時間の短い半導体検出器を使いました。波長の情報も得るために、波長帯域の異なる3つの半導体検出器、(110–170 GHz, 220-325 GHz,325-500 GHz)を用意しました。

<図5>実験機器の模式図および写真

チタンサファイア・フェムト秒レーザー
マジックミラーを導入した光取り出しのチャンバー
(木村真一氏(分子研)のご厚意により掲載)

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テラヘルツ光用のビームライン
(木村真一氏(分子研)のご厚意により掲載)
テラヘルツ半導体検出器

5. 進行方向に現れた横方向のベータトロン振動

<図6>に220-325 GHzの帯域で測定したCSRの信号の画像を載せています。通常の運転では最初の信号だけが強く、2周目の信号はわずかに見える程度です。3周目以降にCSRが観測されることはありませんでした。ですが、低αモードでは最大7周目までのCSRが観測されました。その強度は徐々に小さくなっていくのではなく、1周目と4周目で強い信号があります。また、5・6周目に比べて7周目の信号が強く、3周毎にCSRが強くなっているように見えます。当初は反射が見えているのではないかと疑いましたが、およそ80 m先の反射が見えていることになるので、非現実的です。なにかの間違いなのかもしれないとまた疑い、数回同じ実験を繰り返したところ、再現性が非常に良いことがわかりました。このことから、本当にディップが進行方向に振動しているのではないかと考えるようになりました。進行方向の振動と言えば一般的にシンクロトロン振動を指すことが多いのですが、UVSOR-IIではおよそ14kHz、およそ400周に1回振動するだけなので、これには該当しません。実験グループみんなで何が原因なのかを考えていると、横方向のベータトロン振動数νxが整数の1/3に近い、3.68であることに気がつきました。これは、振動していた電子が3周後に元の位置に戻り、埋まっていたディップが再び現れるためです。このことを確認するために、ベータトロン振動数が整数の1/4に近い状態の3.75でCSRの測定を試みました。ですが、蓄積リングにビームを貯めることができなかったので、整数の1/2に近い状態で試みました。このときのベータトロン振動数は3.53でした。すると、CSRは1周目、3周目、5周目で大きな信号として観測され、2周毎にディップが振動していることを確認できました<図7>。シミュレーションの結果でも、ディップ形状がベータトロン振動数に依存して振動することを確認しました<図8>。これらの実験結果はシミュレーションの結果ともよく一致し、ベータトロン振動が進行方向に現れていることがわかりました。この現象を直接観測したのはおそらく世界で初めてと思われます。

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<図6>通常の運転モードと低αモードのCSRの比較

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<図7>ベータトロン振動数νxが半整数に近いときのCSRの観測結果

<図8> 周回毎のディップ形状(νx:3.68の場合の計算値)

横方向の振動が進行方向に現れるのはどうしてでしょうか。これは、前に説明したように、外側に振動したときに遅れ、内側に振動したときは前に進むためです。このときの電子の動きを模式的に示すと、<図9>のようになります。

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<図9> 周回毎のディップ形状(νx:3.68の場合の計算値)

6. まとめ

レーザーバンチスライスという方法を用いて、蓄積リングの中で小さなディップの振動を捉えることに成功しました。元々はCSRの光源利用のために導入されましたが、ビーム診断にも利用できることがわかりました。蓄積リングで電子バンチを短くすることは困難ですが、この手法で小さなディップ構造を追跡することによって、擬似的な短バンチ電子の振る舞いを推測することができることがわかりました。

〜 記事提供 : 加速器第七研究系 島田 美帆 氏 〜

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