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加速器研究施設トピックス 2011/1/26

〜SuperKEKBにおけるビーム衝突の保持について〜


1. SuperKEKBにおける衝突保持の難しさ

現在建設中のSuperKEKBでは、NanoBeam方式を採用している。この方式では、非常に低いエミッタンスを実現し、また衝突点で非常に強くビームを絞り込むことで、衝突点でのビームサイズを非常に小さくすることを計画している。SuperKEKBの衝突点での垂直方向のビームサイズの設計値は、50nm(ナノメートル)程度で、非常に小さな値である。このような小さなビームサイズが、高いルミノシティを達成するために必要である。以下の表に、KEKBとSuperKEKBの垂直方向のビームのパラメータを示す。

fig1

この表に示した値は、低エネルギーリング(LER)のものであるが、もう一方の高エネルギーリング(HER)の値もほぼ同じである。KEKBに比べてSuperKEKBでは、衝突点の垂直方向のビームサイズが約1/20になる。このことは、一見ビーム衝突の保持が20倍難しくなることを意味しているように見えるが、実はそうではない。つまり、ビームサイズは一般にベータ関数(βy)とエミッタンス(εy)の積の平方根で決まるが、衝突点のベータ関数(βy*)を小さくする(ビームを絞り込む)と、一般には外乱による軌道変動の衝突点での値も小さくなり、衝突保持の難しさは変わらないのである。従って、ビーム衝突の難しさは、エミッタンス(εy)の平方根に比例し、これは約4倍である。軌道変動の主な原因は、四極電磁石の位置のずれであるが、このことはこの位置のずれの許容量が1/4ぐらいに小さくなることを意味する。この程度の許容量の変化は実はそれほど深刻ではないと思われるが、これには例外がある。つまり、衝突点でベータ関数を絞ると、その反動で衝突点付近の四極電磁石でのベータ関数が大きくなり、その結果、その四極電磁石の位置のずれによる軌道の変化が大きくなり、これが問題になる。例えば、KEKBで衝突点に最も近い電磁石(QCS)の位置が0.1μmずれると、衝突点では軌道が約63nmずれる。これはビームサイズの1/10以下程度であり、ルミノシティへの影響は小さい。これに対して、SuperKEKBで衝突点に最も近い電磁石(QC1)の位置が0.1μmずれると、衝突点では軌道が約69nmずれる。これはビームサイズより大きく、ルミノシティの低下が深刻になる。実際に、KEKBでQCS電磁石の位置のずれを測定したところ、振幅が0.1μm程度の振動が観測されている。



2. SuperKEKBにおける軌道変動のシミュレーション

このように、SuperKEKBでは、特に衝突点に一番近い四極電磁石の位置の振動による軌道変動によって衝突が外れてしまう問題が深刻になりうる。SuperKEKBで衝突点に一番近い四極電磁石はQC1と呼ばれるが、この名前の電磁石は、衝突点の上流と下流に一台ずつ、また二つのリング(LERとHER)の両方で、合計4台ある。また、二番目に衝突点に近い電磁石はQC2と呼ばれるが、これも合計4台ある。これらの電磁石の位置の変動量に関しては、現在その架台の設計も含めて検討中である。そこで、まずKEKBで衝突点に一番近い電磁石、QCSとその隣りにあるQC1の位置の変動の測定データをそのまま、SuperKEKBのQC1とQC2に当てはめて、その場合の衝突点でのビームの軌道の変動をシミュレーションで求めた。その結果を下図に示す。

fig2

このシミュレーションは、SuperKEKBのHERの4台の電磁石QC1L, QC1R, QC2L, QC2Rの垂直方向の位置をKEKBの電磁石(二台のQCSと二台のQC1)の位置の時間変化の測定データに基づいて変化させ、ビームの衝突点での位置(垂直方向)の時間変化を求めたものである。この図は、50,000ターン(約0.5秒間)のシミュレーションの結果を表している。最初の約10,000ターンに線の太さが太いところがあるが、これはシミュレーションの初期値の問題で、わずかなベータトロン振動が残っているためで、これは無視してかまわない。このシミュレーションの結果、10ミリ秒(1,000ターン)程度の短い時間にビームサイズの5倍程度の大きなビーム軌道の変化が予想されることが分かった。このシミュレーションは二つのリングの片方(HER)に対して行ったものであり、両方のリングを考慮すると、さらに軌道差は増える可能性がある。但し、二つのリングのQC1, QC2電磁石が平行して動くような場合は、その位置の変化によって生じる軌道の差はかなり小さくなることが分かっており、その場合はビームのすれ違いによるルミノシティの低下は小さい。このシミュレーションの結果を見ると、SuperKEKBでは、QC1, QC2の位置の変化をKEKBの場合よりずっと小さく押さえる(または、両リングでできるだけ同じにする)ことが重要であることが分かる。



3. 衝突点での衝突軌道保持のための軌道フィードバック

このように、SuperKEKBでは、特に衝突点に一番近い四極電磁石の位置の変動をできる限り小さく押さえることが重要である。それと平行して、衝突点で二つのビームのすれ違いが生じたときに、それを積極的に直して衝突を保持するための軌道フェードバックのためのシステムを用意しておくことも重要である。KEKBでも同様の軌道フェードバックシステムが常時稼働しており、約1Hzでフィードバックを行っていた。衝突点でのビームサイズは、大変小さいので、わずかな軌道のずれをどうやって検出するのか不思議に思われるかもしれないが、これにはbeam-beam deflectionという方法を用いる。下図にその原理を示す。

fig3

この図は、衝突点付近の軌道を横から見たものである。二つのビームがちゃんとぶつかっている時は、この図で二つのビーム軌道は横一直線で完全に重なっていると仮定する。その二つのビームが垂直方向にわずかに(平行に)ずれた場合、お互いに相手にビームから受ける力(ビーム•ビーム力)によって、軌道の折れ曲がりが生じる(ビーム•ビーム力は引力であることに注意)。軌道フィードバックでは、衝突点でビームサイズの1/10程度のずれまで検出したいが、SuperKEKBの場合、衝突点でビームサイズの1/10(~5nm)だけ垂直方向に衝突がずれるとビーム•ビーム力よって、軌道が変化し、衝突点(IP)から約50cmの位置にあるビーム位置モニタ(BPM)では、軌道が約1.3μm変化する。このBPMでの軌道の変化をモニタすれば、ビームのすれ違いが観測できる。このように、衝突点で5nmの位置のずれがビーム•ビーム力を利用することによりBPMの位置では約1.3μmの軌道変化になり、約260倍拡大されて観測される。これがこの方法の原理である。なお、KEKBとの比較を考えると、ビームサイズの1/10に対応するビーム•ビーム力のキック角はKEKBとSuperKEKBでほぼ同じと予想される。但し、BPMの位置はSuperKEKBでは衝突点から約50cmとKEKBよりかなり近くに設置する予定である。KEKBでは衝突点に一番近い四極電磁石(QCS)の外側(衝突点より遠い側)に設置していたので、衝突点とBPMの距離が約2.4mぐらいであった。衝突点から遠い方が、ビーム•ビーム力によるキックがより拡大されて見えるので、すれ違いの観測上は有利であるが、SuperKEKBでは既に述べたように、QC1電磁石の位置の変動による軌道の変化が大きいので、BPMをQC1電磁石の衝突点に近い側に設置する必要があるのである。この結果、SuperKEKBではKEKBに比べて、ビームのすれ違いの測定感度は4倍ぐらい悪くなるが、KEKBでは測定感度ぎりぎりであった訳ではない。この測定感度はBPMの測定の必要な分解能に影響するが、SuperKEKBではBPMの測定の分解能として1μm程度が要求される。この分解能は、達成可能であると考えられている。また、SuperKEKBでの軌道フィードバックで、KEKBと大きく違う可能性があるのは、フィードバックのスピードである。KEKBでは約1Hzでフィードバックを行っていたが、SuperKEKBでは、QC1, QC2の振動が、KEKBと同じぐらいだと仮定すると、1kHz程度のスピードでフィードバックを行う必要があることが、シミュレーションで分かっている。このスピードのフィードバックも不可能ではないが、やはりQC1, QC2の振動を抑制する努力が、まずは重要である。


〜 記事提供 : 加速器第四研究系 船越 義裕 氏 〜

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