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加速器研究施設トピックス 2011/3/31

新しい線形加速器システムの実現により重イオンビームがさらなる大強度化へ

東京工業大学・原子炉工学研究所では世界に先駆け、複数本の重イオンビームを1台の加速空洞で同時に加速するマルチビーム型RFQ(Radio Frequency Quadrupole:高周波四重極)線形加速器システムを開発しました。これにより加速器システムを大規模化することなく、従来のシステムでは到達できなかった100 mAを越える大強度ビームの生成を可能にしました。

低エネルギー・大強度重イオンの加速

加速器の重要な研究テーマのひとつにビームの大強度(大電流)化があります。なかでも重イオンを加速する場合、陽子や電子に比べて質量が大きいために進行速度が遅く、ビーム中のイオン間に働くクーロン反発力(空間電荷効果)の影響を大きく受けます。特に低エネルギー領域(核子当たり数キロ電子ボルトから数メガ電子ボルト)で、10 mA以上の大電流を加速するには、いかにしてビームロスを防ぎながら加速するかが問われます。この空間電荷効果の影響により、1台の線形加速器が生成できる重イオンビームは数10 mAのオーダーで伸び悩んでいるのが現状です。しかし、重粒子線がん治療装置などの実用化により、加速ビームの大電流化は重要かつ切実な問題となってきており、早期の技術開発が必要とされています。

マルチビーム型IH-RFQ線形加速器

前述した空間電荷効果の影響を緩和するために大強度のビームを分割し、複数の加速器システムによってそれらを同時に並行に加速するというアイデアが提案されています。しかし、この方法では加速するビームの本数に応じて加速器や周辺機器も増えるため、システム的には大型化とともに建設・運転コストが増加してしまいます。
そこで本研究では複数本のビームを1台の加速器で同時に加速する、マルチビーム型RFQ線形加速器を研究開発してきました。例として1台で4本のビームを加速する4ビーム型RFQ線形加速器システムの概念図を図1に示します。このシステム1セットで従来型<図2>の4セット分に等しい大強度ビームが加速可能であり、実現されれば画期的な小型化と省電力化が達成されます。

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<図1> 4ビーム型RFQ線形加速器システム
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<図2> 従来のRFQ線形加速器システム

検討の結果、マルチビーム型RFQ線形加速器の加速空洞には、低エネルギー領域の電力効率が優れ、他のRFQ構造と比較して消費電力を1/2~1/5程度に抑えることも可能なIH(Interdigital H)型構造が最適との結論に達しました。この構造はドイツの重イオン研究所(GSI)がオリジナルで提案、開発をしてきましたが、そのマルチビーム型の加速実験や原理実証研究は行われていませんでした。
そこで本研究では2ビーム同時加速型の原理実証機を開発することにしました。この加速器は非常に複雑な内部構造を持っているため、精密機械加工メーカーとの綿密な産学連携によって設計製作が行われました<図3>。また、イオン源には大強度重イオンビームの生成特性に優れ、装置の構造がシンプルなDPIS(Direct Plasma Injection Scheme:直接プラズマ入射法)方式のレーザーイオン源を採用し、従来はシングルビーム型であったものを2ビーム型へ拡張し、新たに開発をしました<図4>。

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<図3> 2ビーム型IH-RFQ実機の内部写真。電極類は導電率と熱伝導率の高い銅で作られています。電極以外の構造物はステンレスで作られており、そこに厚さ50マイクロメートル程の銅メッキを施しています。空洞内に2セット分の四重極電極が取り付けられています。
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<図4> レーザーイオン源のテストシステム。写真の左奥にある青色の細長い装置が炭素イオンの生成に使用したNd: YAGレーザーです。その手前にある黒色の機器類はミラーやレンズから構成される光学系で、写真中央上側にあるイオン源チェンバーへ集光されたレーザー光が導入されます。生成した炭素イオンを加速器へ入射するため、イオン源全体に数10キロボルトの電圧が印加されます。したがって他の機器と絶縁する必要があり、絶縁碍子、絶縁ニップルなどが使用されています。写真の右手前には生成されたイオンを測定・評価するための装置があります。


ビーム加速試験

2ビーム型IH-RFQ線形加速器の原理実証実験システム<図5>は主に、イオン源昇圧用高圧ターミナル、レーザーイオン源、加速空洞、高周波電源、真空排気系から構成されています。このシステムにより炭素イオンビームを108 mA(1ビーム当たり54 mA)まで加速し、2ビーム型IH-RFQ線形加速器によるビーム加速に世界で初めて成功しました<図6>。これはRFQ線形加速器1台あたりの重イオンビーム強度としては世界最高記録です。

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<図5> 原理実証実験システム。右手前側にイオン源があり、そこに水色の2ビーム型IH-RFQ線形加速器が接続されています。加速器の左にある銅色の管は、加速器の運転に必要な電力を供給するための同軸管で、高周波電源とつながっています。
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<図6> 加速された炭素イオンビームの電流波形。加速器空洞の上に位置しているビームチャンネルが赤色、下に位置するものが青色でプロットしています。時間軸ゼロ点のシグナルはイオン源に使用しているレーザーの発振に起因するもので、この点で炭素イオンが生成されています。それから約4.5マイクロ秒後現れるシグナルは、RFQ線形加速器によって加速されたビーム電流であり、ピーク電流値で1ビームチャンネルあたり約54 mAの炭素イオンビームが生成されていることがわかります。


さらなる大強度、高性能化に向けて

重イオンのマルチビーム加速は技術開発が非常に難しいことから現在までほとんど研究が進んでおらず、その優位性の定量的評価が皆無でした。したがって本研究はこれを実験により評価した世界で初めての成果です。この成果により、工学的な知見も含めて今後のマルチビーム加速器システムの開発における重要な指針、課題も示されました。またこの研究成果は重イオン加速におけるビーム大強度化への技術的ブレークスルーであり、素粒子・原子核物理実験の分野だけでなく、重イオンがん治療や重イオン慣性核融合などへの応用も大いに期待されます。なお、本研究の成果は平成22年度手島精一記念研究賞を受賞しました。

〜 記事提供 : 加速器第三研究系 石橋 拓弥 氏〜

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