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加速器研究施設トピックス 2012/5/29

STF加速器の試験運転が始まりました!

STF(Superconducting RF Test Facility)では、将来計画である国際リニアコライダー(ILC)の超伝導RF加速技術開発を行なっていると同時に、平成20年度より開始された文部科学省の「量子ビーム基盤技術開発プログラム」のなかの「次世代ビーム技術開発課題(拠点責任者:浦川順治)」も担当しています。この開発課題は、超伝導高周波加速器技術とレーザーパルス蓄積技術の融合によって、軟X線から硬X線領域の高輝度光子ビーム(波長5nm〜0.025nm)をつくり出し、かつ10m×6m程度と従来に比べ著しくダウンサイジングをはかった小型高輝度X線発生装置の開発を目指します。このような装置が実現すれば、ポストゲノム時代の生命科学研究、ナノ構造の解析、創薬、医療診断、マイクロリソグラフィなどでの利用が、質・量ともに大きく飛躍する事が期待されています。その実現のために、STFでは、高品質・大強度の電子ビームを発生するフォトカソードRF電子銃、大強度電子ビームを安定に加速する高電界超伝導高周波加速装置、高品質の短パルス大強度レーザー蓄積装置、ミクロン精度で電子ビームの軌道を制御する技術とレーザー光路を精密調整する技術の実用化に挑戦しています。STF棟の地下トンネルに設置された「STF加速器」は、図1、図2および図3のように、それらの先端的技術開発が必要な装置を組み合わせて構成されています。

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< 図1> STF加速器の全体像イラスト:左からフォトカソードRF電子銃、超伝導高周波加速装置、ビーム収束光学系、短パルス大強度レーザー蓄積装置で構成されています。
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< 図2> 実際のSTF加速器の写真。左の写真:手前左下端がRF電子銃で、中央に9セル超伝導加速空洞2台を内包するオレンジ色のクライオモジュールが見えています。右の写真:クライオモジュールの下流側のビームラインで、レーザーとの衝突点は奥側の左から右に折れ曲がった頂点の場所に位置します。
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<図3> STF加速器の全体構成図です。オレンジ色のシンボルは9セル超伝導加速空洞を内包するクライオモジュールです。電子ビームは左端で生成され、右方向に加速されます。

 

1.STF加速器の建設

STF加速器の本格的設置は2011年から行われました。9セル超伝導加速空洞2台を横型クライオスタットに装着して(図4の写真参照)ビームラインに設置し、低エミッタンスビーム生成用のフォトカソードRF電子銃をその上流に設置し、小型高フラックスX線源用収束ビームラインをその下流に設置しました。ビーム加速に使用する超伝導加速空洞において高い加速勾配を得るために重要な事は、空洞セルに使用するニオブ材の純度やRF場がかかる空洞内面の平滑度と清浄度です。本開発では、徹底した電界研磨設備環境の清浄化を行い、電界研磨で空洞内部に残存析出する酸化ニオブ微小粒やイオウ微小粒の除去を行う処理方法を導入し、微小粉塵の混入を最小とするような超純水高圧洗浄の手順を採用し、引き続くクリーンルーム内での空洞ベーキングにおいてもシール材表面のインジウム溶出が起きないように工程を改善した結果、本加速器の加速モジュールに使用する2台の9セル超伝導加速空洞の性能がそれぞれ40MV/m、33MV/mという高電界まで上げる事ができました。加速モジュールを実験室となる地下トンネルに設置すると同時に、2K冷凍機やDRFS大電力RFシステムの組み込み、高精度デジタルRF制御回路の組み込みを行いました。

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< 図4> 9セル超伝導空洞の横型クライオスタットへの装着の様子

電子ビームを小さく絞りレーザーとの衝突を効率良く行うには、超低エミッタンス電子ビームが必要です。これにはフォトカソードを使用した常伝導のLバンドRF電子銃を使用します。この電子銃によりパルス運転する9セル超伝導空洞のビーム加速に適した1msトレイン長の大電流の超低エミッタンス電子ビームを生成する事ができます。Cs2Teフォトカソードは電子銃空洞に背後から挿し込むタイプのモリブデンカソードブロックの表面に蒸着されます。蒸着チェンバーなどのフォトカソード生成システムは電子銃空洞の背後にコンパクトな設計で配置され、加速器の小型化に十分に配慮しています(図5、図6参照)。2007年からFNALとの共同開発で電子銃空洞と入力カップラーの製作が開始され、2009年から2010年に電子銃部の光学系の設計と製作、フォトカソードシステムの設計と製作、STF phase-2用レーザーの設計と製作、そして2011年に量子ビーム用レーザーの設計と製作が行われました。この間に、電子銃空洞のRFプロセスと暗電流抑制の研究が行われ、現在も継続的に追求されています。生成する電子ビームと直接関係する量子ビーム用レーザーは162.5MHzの繰り返しで波長266nm、パルス幅12psを持ち、1msのトレイン長のバーストを5Hzの繰り返しで生成できます。フォトカソードは運転中に0.5%程度の量子効率を維持できています。

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< 図5> フォトカソードRF電子銃を含むビーム入射部の構成図

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(a)
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(b) (c)
< 図6> (a)フォトカソードRF電子銃部の写真、(b)Cs2Te蒸着槽チェンバーの写真、(c)モリブデンカソードブロックの写真

 

2.ビーム引き出し試験

電子銃システムは2012年2月から電子ビーム発生を行う総合試験運転を開始しました。これは、電子ビーム入射部各機器が正常に動作している事の確認のためと、ひき続くビーム加速運転のためのビームモニターの調整、運転ソフトウェアの動作確認のためです。9セル超伝導加速空洞はこの間に2Kまでの冷却と総合調整試験が並行して行われました。2012年2月27日に行いました最初の電子ビーム発生は、電子銃へ供給するRFパルス幅を20μsという短パルスにして、レーザーのトレイン長も短く設定して行われました。レーザーを照射開始しRFの位相をスキャンするだけで35バンチ、200pC/bunchの強度のビームを難なく取出す事に成功しました。その後、軌道調整と収束調整を施した結果のビームの様子を図7に示します。その後の各種の調整作業の後、2012年3月22日のRF電子銃試験におきまして、RF電子銃空洞に供給するRF振幅と位相にデジタルフィードバックをかけ安定化する事に成功し、さらに照射レーザーを調整する事によりビーム強度がほぼフラットな1msトレイン長のビームを取り出す事に成功しました。図8のオシロスコープの写真には、その時のビーム位置モニター(MB01)の電極1と電極3の合成信号波形(青のトレース)を示します。なお、紫のトレースはレーザーへの切り出しゲート信号です。ビーム強度は、30~40pC/bunchで、設定バンチ数は162450バンチです。RF入力パワーは2.6MWで、37.5MV/mのカソード電場に相当します。

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< 図7> 20μsのRFパルス幅で、35バンチの電子ビーム発生試験の様子。空洞に入るRF波形(黄)と反射波形(紫)(左)、取り出されたビームのプロファイル(中央)、ビーム位置モニター信号(ブルー)でみる電子ビームと積分型電流モニターの波形(紫)(右)。

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< 図8> 設計の1msビームトレイン長でビーム取り出した時の様子。青のトレースがビーム位置モニターの波形信号で、紫のトレースはRF電子銃レーザーへ供給しているレーザー切出し信号波形。

 

3.ビーム加速に成功

2012年4月12日には、9セル加速空洞の調整作業が完了し、RF電子銃と9セル超伝導加速空洞とを合わせてビーム加速を行う総合運転が開始されました。引き続く4月13日(金曜日)15:31には加速された電子ビームをビームダンプまで輸送することに成功しました。図9にはビーム調整グループの調整時の様子の写真を示します。図10の左側のオシロスコープには、電子銃直後のビーム位置モニターの信号波形(ブルー)とクライオモジュール下流のウォールカレントモニターによるビームバンチ波形(紫)、クライオモジュール下流のビームラインに沿って張られたオプティカルファイバービームロスモニター波形(グリーン)、が見えています。図10の右側のスクリーンモニター画像はコンプトンチェンバー内の衝突予定点でのビームプロファイルが見えていて、FWHMで1mmという大きさです。また、図11にはその時のビーム位置モニターのオンライン表示を示しますが、チェンバー内中央から+/-2.5mm程度の偏差の軌道である事がわかります。なお、使用したオプティクスは衝突オプティクスではなく、衝突点での絞りを緩くしたビームコミッショニング用オプティクスでした。加速されたビームは、エネルギーが40MeV、バンチチャージが41pC/bunchで総バンチ数28バンチ、繰り返しが5Hzであり、電子銃の運転パラメーターは、入力RFパワーが2.2MW (34.6MV/mカソード電界相当)、取り出された電子ビームエネルギーは3.3MeV/cで、この時の9セル超伝導空洞の加速電界設定値は、MHI-012空洞が20.15MV/m、MHI-013空洞が21.5 MV/mでした。電子ビームのバンチ数は今後順次増やしていき、最終的には165000バンチとする予定です。

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< 図9> ビーム調整中の制御室の様子。

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< 図10 > 40MeVまでビーム加速し、下流のビームラインを通した時の様子。左図の青のトレースがビーム位置モニターの波形信号で、紫のトレースはクライオモジュール下流のウォールカレントモニターによるビームバンチ波形、緑のトレースはクライオモジュール下流のビームラインに沿って張られたオプティカルファイバービームロスモニター波形です。右図は、コンプトンチェンバー内の衝突予定点でのビームのプロファイル像です。

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< 図11> ビーム位置モニターのオンラインビーム軌道のパネルに運転されているビーム軌道が見えています。1から3は9セル超伝導空洞に入射する前のビーム軌道、4から8は、加速されたあとのビーム軌道です。

この超伝導リニアックは、低エミッタンス電子ビーム生成で実績のあるL-bandフォトカソードRF電子銃と、40MV/mという高電界を達成した9セル超伝導加速空洞をクライオモジュール(加速モジュール)に組み込んで、大電流加速とビーム収束を行う小型な加速器という特徴を持ちます。その大電流でかつ少ビームサイズは逆コンプトン散乱による高フラックスX線源に必要不可欠な性能です。その性能を実現するように、今後の詳細な加速器の調整が予定されています。


 

4.今後のX線生成試験の予定

今後、加速ビーム電流を増やしていく際にはデジタルフィードバックによるRF電子銃空洞の加速電場の高度な安定化とともに、ビーム負荷が強くかかる超伝導加速空洞の加速電場の高度な安定化が不可欠です。それらにより、加速された電子ビームが1msという長大なパルス全域にわたって均一なエネルギーと均一な低エミッタンスを実現できる事になり、高フラックスX線生成のための均一なビーム収束が可能となります。2012年5月の休止期間に逆コンプトン散乱用レーザー蓄積器(図12)をビームラインに設置し、6月からの運転で逆コンプトン散乱による高フラックスX線を実証していく予定です。なお、生成されるX線は30keV程度までのブロードなものとなり、目標の生成数は1.3x1010 photons/sec 1%bandwidthです。

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< 図12> 逆コンプトン散乱用レーザー蓄積器の概念図。4つのミラーで構成されます蓄積器のなかに、2つの偏向電磁石によって電子ビームが導入されて、レーザーとの逆コンプトン散乱をするように設計されています。

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KEKプレスリリース2012年5月29日 大強度電子ビームの超伝導加速を実現
https://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/20120529140000/

〜 記事提供 : 加速器第六研究系 早野 仁司氏(量子ビームおよびSTFグループを代表して 2012.4.13寄稿)〜

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