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加速器研究施設トピックス 2013/1/16

偏光を素早く切り換え、微小な信号差をとらえる
-フォトンファクトリー16番直線部の高速偏光スイッチングシステム-

光は電磁波であり電磁波とは時間的に変化する電場と磁場が、交互にお互いを作り出しながら空間を進んでゆくものです。電磁波としての光の、電場の方向を偏光といいますが、電場がねじの山の様に、ねじれる様に向きを変えながら伝わってゆく光を円偏光といいます。円偏光には、一般的なねじの山と同じ、右回りの円偏光と、その逆回りの左回り円偏光とがあります。我々の研究施設では物質に光を当てることで、その物質の性質を調べる研究が行われていますが、特に物質の磁性に関する研究では、電子のスピンや軌道角運動量といった、どっち向きか、どっち回りに回っているか、に関する電子の状態を調べることが重要になります。そこで、物質に右回りの紫外線と左回りの紫外線を当て、その吸収の差を調べることになるのですが、電子の状態の偏りは非常に小さなものなので、光の吸収量の差もとても小さく、精度よく測るのは至難の業です。そこで、小さな信号をきちんと測定するために、左回りの光と右回りの光とを交互に物質に当て、物質からの信号の内、光のスイッチングの周期と同じ様に変化する成分だけを取りだして測定するという手法を使います。ここでは、その様な実験を行う為に開発された、右回りと左回りの偏光を持つ紫外線を発生させ、交互に物質に向けて打ち出す装置についてお話しいたします。
 加速器中を飛んでいる電子を曲げると、光が出ます。その光を放射光といい、放射光を発生させる為に作られた加速器を放射光源といいます。右回りと左回りの偏光を持つ強力な紫外線を発生させる為には、電子を右回り、左回りに螺旋運動させればよく、フォトンファクトリーの16番直線部には、光の偏光、すなわち、電子の回転または蛇行運動の方向を自由に変えながら光を発生させることができる挿入光源が2台設置されています(図1)。

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< 図1 > フォトンファクトリー16番直線部の偏光高速スイッチングシステム。青い架台の2台のアップルII型可変偏光アンジュレータと、桃色の5台の高速キッカー電磁石(最上流の2台が写真で見えます)、小型の補正電磁石(写真ではあまりよく見えません)からなります。写真はリング下流側から取ったもので、図2の模式図との対応は、右から左に(ビームの進行方向とは逆向きに)向かって、一番右端に写っているのが4極電磁石Q153の冷却水ゴム配管、ピンクの2台の電磁石がK5、K4、青い架台の2台の大きな挿入光源がID16-2、ID16-1、写真では見にくいですが、その脇に見える赤い電磁石が4極電磁石Q152、Q151、はしごがまたいでいる青い大きな長い電磁石が偏向電磁石B15です。直線部の長さは4極電磁石を含んで約12m、スイッチングシステムのみだと約9mです。挿入光源の長さは1台約2.8m、ピンクの電磁石は1台15cmです。

2台の内の片方を右回りモード、もう片方を左回りモードに設定すれば、2種類の偏光の紫外線を作り出すことができます。それを交互に物質にあてる為には、2台の挿入光源の中での電子の軌道を、交互に調べたい物質の置かれた方向からずらして遮ればよいのです(図2)。その様な偏光スイッチング、すなわち、電子軌道のスイッチングを行う為に、加速器中の電子の軌道を、16番直線部の2台の挿入光源内だけ、交互に周期的に高速に変化させる装置が製作されました。

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< 図2 > 高速偏光スイッチングの模式図。2台の挿入光源の内側の電子軌道を交互にずらして遮ることで、2台の挿入光源からの光を交互に実験ビームラインに届けます。一番上の四角が並んでいる図は、加速器の電磁石と挿入光源の配列を模式的に示したもので、その下の青い細い線が、直線部上空から見た電子の軌道を表します。上の軌道のタイミングでは、上流側(ID16-1)の電子ビームをリング外側にずらして光を完全に遮り、下流側(ID16-2)からの光だけが実験装置に届くことになり、真ん中のタイミングでは両方からの光を半分ずつ、下のタイミングでは、下流側からを遮り、上流側からの光だけが使えます。実際の電子軌道のずれの大きさは、最大約1mm(図の三角の高さが1mm)です。スイッチングの周波数は10Hzです(図ではゆっくり見えますが、実際は、この互い違いの上げ下げが、1秒間に10回行われています)。

 
加速器中を回る電子の軌道は、電磁石によって制御されます。フレミングの左手の法則は皆さんもご存じでしょう。電子の軌道を周期的にずらす為には、電磁石の強さを周期的に変化させればよいのです。この実験の場合、光を発生させる装置の中だけ電子の位置をずらしたいので、装置の上流側に電子の位置をずらす為の電磁石、下流側にそれを元に戻す為の電磁石が必要になります(図3a,b,c)。それらの電磁石を、正確な強さで、きちんとタイミングを合わせて変化させれば、目的は達せられます。強さやタイミングが合わないと、そもそも物質に光をあてたい時に光がずれてあたらなってしまい、実験がうまくいかなくなります。さらに、フォトンファクトリーには光の取り出し口が20カ所以上あり、それぞれ別の実験が同時に行われていますが、加速器全体で電子を揺らしてしまうと、全ての実験を失敗させてしまうことに繋がります。

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< 図3 > キッカー電磁石
全部で5台あります。電磁石の電源も各電磁石ごとに1台、合計5台あります。電磁石の長さは15cm、最大の電流値(電子を一番大きく蹴るタイミングの電流値)は約60Aです。

 
そこで、まず、光を発生させる際に、電子に螺旋、蛇行運動以外の余計な運動をさせない様な新しい方式の挿入光源が開発されました(図4)。

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< 図4 > 電子を螺旋運動させて光を作るのに、上下左右の向きに磁化した永久磁石を交互に並べます。加速器の都合で、横長の扁平にしないといけないビームダクト(電子ビームの通り道)を、上下から挟み込む様に磁極列があります。アップルII型可変偏光アンジュレータでは、この磁極列を左右に分割し、対角をペアにしてずらすことで、上下の磁極から左右方向の磁場を作り、電子の螺旋運動を実現します。今回16番直線部に導入された挿入光源では、偏光を変える為の対角ペアの移動だけでなく、光の波長を変える為の上下ペア(または左右ペア)の移動も可能になっています。通常の挿入光源では、上下の磁極全体を上下に動かし、隙間の大きさを変えることで波長を変えますが、今回の装置では、隙間を全く変えずに光の波長を変えての実験が可能になっています。隙間を変えると、電子ビームへの誤差蹴り角が大きく変化する為、隙間一定で利用可能という特性は、非常に重要でした。

 
さらに、加速器全周に渡っての電子ビームの余計な変動を、実験の為の電子ビームの位置変化のタイミングに合わせて高速に測定する装置(図5)を導入し、実際に電子ビームを使った実験を重ねました。最終的に、電子ビームの位置を高速に変化させながらでも、電磁石の強さとタイミングを調整できる様な制御系(図6)を開発し、新しい電子ビームの位置調整方法を使って調整を行った結果、無事にユーザー実験を行える状況となりました。

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< 図5 > 高速ビーム位置検出の為の検波回路。ビーム位置モニタは、電子ビームに近いところ(真空ダクト内壁)の上下左右に金属のボタンを配置し、そのボタンに発生する電圧の差を測定することで電子の位置を測定します。例えば、上と下の差を測れば上下方向のどこに電子がいるか分かります。ただし、誤差信号が非常に大きく、この測定は簡単ではありません。通常の測定では、様々な工夫を凝らした信号処理をし、さらに数千〜数万回のビーム通過時の信号を平均することで精度よく位置を決定します。ところが、高速でビーム位置を測定する場合、平均せず、1回通過分の信号だけからビーム位置を判断しなければいけません。それを行う為に新たに導入された信号処理回路が、写真の装置です。PFリング全体で11個使用されています。
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< 図6 > 電源制御系の写真。ここでは4台しか写っていませんが、合計6台の任意波形発生器を使っています。任意波形発生器は、6台を同期、すなわち、タイミングを正確に制御しながら、任意の振幅の正弦波(に限りませんが)を発生させる装置です。この装置は既製品ですが、調整の為に位相(タイミング)と振幅を変えても、状態がリセットされず、連続に波形を出し続けられるという特徴を持ちます。この装置の選定により、調整が非常に容易になりました。また、ビーム位置検出装置、ユーザー側の実験装置など、スイッチングに関わる装置一式全てが、1台目の任意波形発生器からの同期信号で同期されています。

〜 記事提供 : 加速器第七研究系 原田 健太郎氏〜

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