台湾のNational Synchrotron Radiation Research Centre (NSRRC)では、Taiwan Photon Source (TPS)の建設が最終段階に入りました。TPSは、ビームエネルギー3 GeV、ビーム電流500 mAを設計値とする新しい放射光施設で、2014年夏から試験運転が開始される予定です。
すべての挿入光源が設置され蓄積電流が設計値の500 mAに達した場合、600 kW以上という非常に大きなRF電力の供給が必要です。この大きな電力と2.8〜3.5 MVというRF電圧を高い信頼性で実現することが、TPSのRFシステムの最大の挑戦です。
そこで、TPSでは、KEKB型の500 MHz高調波減衰型超伝導空洞を選択しました。この超伝導空洞は、KEKBの運転において350 kWのRF電力を安定に供給する実績をもつと共に外部Q値を70000まで下げることが可能であり、これらはTPSの要求を十分に満たしています。
NSRRC は、KEKとの間で空洞製作技術提供の合意を2009年末に結び 注)、続いて 2010年6月にKEKB型超伝導空洞モジュールを3セット製作する契約を三菱重工業 (MHI)と結びました。MHIはこれまで数種類の超伝導空洞モジュールをKEKに納入していますが、実用運転のためのKEKB型500 MHz型空洞の製作は初めてでした。
空洞本体は小口径ビームパイプ(SBP)、2つのハーフセル、大口径ビームパイプ(LBP)の4つの部分からなります。それぞれの部品は東京電解製のRRR〜300の高純度ニオブから深絞りで成形され、MHIにて電子ビーム溶接を用いて製作されました。この空洞には、KEKBの超伝導空洞グループとNSRRC、MHIで構成された合同チームにより、KEKB空洞と同じ手法の表面処理が施されました。その表面処理法では、100 µmの電解研磨(EP1)、700 ℃×1.5時間の真空焼鈍(金属技研で実施)、共振周波数の調整、20 µmの仕上げ電解研磨(EP2)、オゾン水洗浄、超音波温水洗浄(50 ℃の超純水)、90〜120 ℃×24時間の真空ベーキングが行われました。高圧水洗浄なしでも、低温性能試験(縦測定)で空洞電圧は速やかに3MVに到達しました。空洞製作と平行して、大電力入力カプラ(最大300 kW,CW)や高調波減衰器(HOMダンパー、LBP;最大7 kW、SBP;最大5 kW)のRF電力試験がKEKBのテストスタンドで行われました。これらの単体性能試験を経たのち、空洞や入力カプラを組み込んだクライオモジュールはKEKBの試験設備において液体ヘリウム温度まで冷却されました。冷却試験後はNSRRCへの移送のために入力カプラは取り外されました。図1は、KEKでの組立時の写真です。
クライオモジュールはHOMダンパーなどのエンドグループと共に台湾NSRRCに運ばれ最終的な組み立てを行った上で、冷凍機システム、診断システム等と接続し、入力カプラの300 kW大電力コンディショニング、モジュールの大電力性能試験(横測定)、1.6 MVの空洞電圧を保つ長時間保持試験が行われました。縦測定と横測定によるモジュールの性能試験結果を図2に示します。これらの結果は、TPSの要求性能を十分に満たしています。
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<図1> KEKでの組み立てが完了したSRFモジュール1号機。 |
<図2> 台湾TPCのために製作された500 MHzニオブ空洞の単体性能試験結果(V/T)および組込後のSRFモジュール横測定(H/T)における性能試験結果。1号機空洞は、周波数調整を追加で行ったため2度縦測定を行った。空洞の性能を表すQo値の縦測定での目標は、1.6 MVの加速電圧で1×109、2.4 MVで5×108であり、3台の空洞は全て十分に性能を満たしている。 |
TPSのような大電力RFでの運転においては、空洞表面へのガス吸着が重要な問題になります。水素、水、一酸化炭素は、新しいSRFモジュールの主な残留ガスで、特に問題となるのは水分子です。SRFモジュールを用いた加速器の運転開始から最初の数年間は、SRF以外の表面に吸着していたガス分子が脱離して、SRFモジュールの冷たい表面へ大量に吸着します。それが入力カプラでのマルチパクティング放電を誘発し、冷凍機への熱負荷あるいは発生する放射線などの増加を引き起こします。そこで私たちは、まずSRFモジュール無しでTPSのビーム運転を行ってから、SRFを稼働させることを考えています。PETRA型の5セル常伝導空洞を用いて100 mAビーム電流でのコミッショニング運転を行い、真空焼きだしを行う予定です。この手法が大量のガス吸着によるSRFシステム運用の信頼性や有用性に与える影響を最小限にしてくれることを期待しています。
TPSの本格運転が開始され数年経つと、2台のSRFモジュールからはそれぞれ250 kW以上のRF電力がビームに供給されることになるでしょう。KEKBではこの入力カプラを500 kWまでコンディショニングした実績があります。従って私たちのSRFモジュールでも400 kW以上のビーム電力を供給できると期待しています。高周波源としては、TPS運転が進展した段階で、既存のクライストロンによる300 kWと半導体による180 kWのRFシステムを組み合わせ、効率的にRF大電力を供給します。もし、大電力運転においてSRFの信頼性が問題になる場合には、予備モジュールである3号機もリングに設置するつもりです。また、予備空洞を製作しクライオモジュールにインストールする直前の段階にまで組み立てておくことも検討しています。この予備空洞を準備しておくことにより、もし予備モジュール(3号機)が使用できない場合にでも、故障からの回復時間を短縮できると考えています。
注)KEKとNSRRCとの間に取り交わされた先端加速器技術の開発と応用に関する研究協力の合意(MoU)に基づき、KEKは、NSRRCがKEKB型超伝導空洞を製作するために必要な技術や設備の提供および性能試験や技術者育成などの支援を約束しました。
〜 記事提供 : 王兆恩 Chaoen Wang - Radio Frequency Group, NSRRC 〜