J-PARC (Japan Proton Accelerator Research Complex)は、KEK(高エネルギー加速器研究機構)と JAEA(日本原子力研究開発機構)が茨城県東海村で共同運営する大強度の陽子加速器を中心に展開する、素粒子、原子核、物質、生命科学のための先進的研究施設です。
3GeVシンクロトロン(RCS)から取り出されメインリング(MR)に輸送されるビームは、コリメータ装置で、ビームコアの周辺に分布しているハローを削り取る仕組みになっています。ビームのハローはMRにおいてビーム損失の原因になり、ビーム損失は、強い放射能を発生させます。そのためビームのコア及びハローを2次元的に観測するプロファイル・モニタが重要になってきました。
密度の高いビームコアの周りに分布しているビームハロー 注1) は希薄な密度(1/1000以下)であるため、ビームのコアとハローの両方を観測するために、高感度でダイナミックレンジの広い性能を持つ2次元プロファイル・モニタが必要になります。
そのようなビーム診断装置として、密度の高いビームコアの部分を金属薄膜のスクリーンにビームを照射した時に発光する遷移放射(OTR) 注2) を用いたビーム・プロファイル・モニタと周辺に広がる微弱なハローを蛍光板で観測するという、2つの観測手段を組み合わせることで、5桁以上の広いダイナミックレンジを持つモニタを実現しました。2次元ビーム・プロファイル・モニタ装置はRCSからMRへのビーム輸送路の下流部へ設置されました〈図1〉。
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<図1> 3-50BTトンネルに設置された2次元プロファイル・モニタ(丸枠内) |
この場所の陽子ビームはエネルギーが低く(3GeV)、OTRは約27度の大きな広がり角でスクリーン表面から放射されます。その上、ビームサイズも全幅で約50mmと大きいため、このように大きなビームから大きく広がって放射されるOTRを真空外へ取り出して観測するのは容易ではありません。このようなOTRを集光するための光学系として、大口径であるけれども、光学収差の小さいオフナーシステムを採用しました。
図2に示すように、陽子ビームによって薄膜スクリーンから発生したOTRはオフナー光学系 注3) で陽子ビームラインの下方に設置されたスクリーン上にビームプロファイルを投影します。スクリーンに映し出されたビームプロファイルは、真空の外から、光学窓を通してCID(Charge Injection Device)カメラにより撮影して、その映像信号を約400mの同軸ケーブルで地上にある観測ステーションまで伝送します。
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<図2> 2次元プロファイル・モニタの光学系 穴開き反射鏡の中を通過してきた陽子ビームは、薄膜スクリーンを通過する際にOTRを放射します。このOTRは凹面鏡、凸面鏡、凹面鏡の順に反射して、ビームのプロファイルをスクリーン上に作ります。このスクリーン上に作られたビームプロファイルは溶融石英製の光学窓を通して、イメージ・インテンシファイア(I.I.)で光量を増幅した後、CIDカメラにて観測されます。 |
約4.2x1013個の陽子が厚さ10ミクロンのチタン箔を通過したときに発生したOTRにより作られた2次元プロファイルを図3に示します。モニタの設置場所のビーム光学系のパラメータを反映して、ビームサイズは横方向にσH=13.1mm, 縦方向にσV=8.5mmを示しています。
左の2次元プロファイル画像は、デジタル化したデータをコンピュータのソフトウエア処理で可視化したものです。右の図は、左の2次元図を縦方向あるいは横方向から投影して荷電粒子の強度分布を表したものです。観測されたビームプロファイルは、ガウス分布に近い分布をしており、水平サイズ(σH) と垂直サイズ(σV)をガウス分布をフィットして、求めることが出来ます。図中に示されたビームサイズはこのようにして求めたものです。
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<図3> 3GeV陽子ビームの2次元プロファイル画像 |
OTRでビームコアの2次元プロファイルを観測できましたが、ビームハローに対してはイメージ・インテンシイファイア装置を用いても十分な光の強度が得られず観測することができませんでした。あらたに蛍光板を採用することになり、図4のような配置に取り付けて微弱なハローの測定を可能にしました。このように、ビームコアとその周りに広がる微弱なハローを観測するために、3種類のスクリーンを組み込み、移動機構によって切り替えることにより、必要な感度でビームコア、ハローの観測することが出来るように設計されました。プロファイルを測定しない加速器の通常運転では、全のスクリーンを引き抜いた状態にして、ビーム損失が起こらないように運用されています。
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<図4>3連スクリーンのレイアウト 左側のチタン泊は厚さが10ミクロンで、ビームコアを観測するのに用い、中央のものはビームサイズに対応する丸穴を中央に開けたアルミ箔で、厚さが100ミクロンあり、比較的強いビームハローを観測するのに用います。右にあるのは、蛍光板で、微弱なビームハローの高感度観測に用います。 |
ビームコアの部分を左側のチタン箔スクリーンで観測し、中央のアルミ箔の穴開きスクリーンでビームコアの外側近傍にある比較的強いハローの領域を観測し、さらに外側に広がる微弱なハローの領域を蛍光板で測定して、各々の画像をスーパーインポーズして作られたイメージが図5です。 各々の画像を測定条件(感度、増幅率など)などで補正して、水平方向の投影図にまとめたものを図6に示します。陽子ビームの強度は9.6×1012です。こうして、実際にビームハローを観測した結果、ビームコアの100万分の1の粒子数まで測定できる感度を持つことが確認できました。
この図から、矢印A‐B間、A´‐B´間でビームの分布が細くなっているように観測されていますが、これはコリメータによるものと推定できます
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<図5> 3連スクリーンで観測した各々の2次元プロファイル画像のスーパーインポーズ・イメージ(上段)です。上段の図を水平方向へ投影したのが下段の図 |
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<図6> 水平方向における陽子ビームの強度分布 この図は3種類のスクリーンによる測定結果を、各々の発光効率と、I.Iカメラ.の増幅率でスケールして重ねてプロットしたものです。矢印A‐B間、A´‐B´間でビームの分布に括れが観測されています。 |
昨年から、J-PARCでは、Linacの到達エネルギーを181MeVから400MeVに増強する工事が進められており、陽子ビームの強度を着実に上げる開発が進行しています。Linacのエネルギー増強によって、ビームプロファイルが変化し、それに伴ってハローの分布も変化すると予想されます。エネルギー増強前後の違いを確認するために、昨年(2013年)この2次元プロファイル・モニタでエネルギー増強前の測定データをとりました。今年は、このモニタの上流に設置されているコリメータでビームを削る条件を変えて測定する予定です。また、蛍光板を上下位置にも取り付けて、垂直方向に広がる微弱なビームハローも測定できるようにする改良行っており、今春から使用できます。
1.「J-PARC 3-50 BT の OTR ビーム・プロファイル・モニタの開発」、第9回日本加速器学会年会(2012年8月)論文ID: WEPS077 (2.7MB PDF)
2.「マルチスクリーンを用いた高ダイナミックレンジ2次元ビームプロファイルモニター」、第10回日本加速器学会年会(2013年8月)論文ID:SAP08 6
3.「A Development of High Sensitive Beam Profile Monitor using Multi-Screen」、IBIC2013(2013年9月)論文ID:TUCL2
注1) ビームハロー
加速ビームは一般に有限の空間的広がりをもっており、たとえば、RCSからMRへ輸送されるビーム粒子は所定の 約 50 mm程度の範囲に大部分が含まれています。ところが、様々な理由(例えば、非線形電磁場の影響)により一部の粒子にはそれよりも大きな範囲に広まって分布してしまうものがあり、加速器の分野では、そうした粒子のことを「ビームハロー」と呼んでいます。
注2) 遷移放射(OTR)
遷移放射(Transition radiation)とは、誘電率の異なる物質の境界を高エネルギーの荷電粒子が通過するとき、荷電粒子により励起された電磁界が境界面における不連続を補うために、わずかな電磁波を放射する現象を言います。 その可視光領域の放射を光学的遷移放射(Optical Transition Radiation: OTR)と呼びます。 図7のようにOTRは荷電粒子ビームが金属境界に入るときはその反対向きに、また金属境界を出る時は同方向に放射し、荷電粒子の運動エネルギーに依存して角度分布(θ)をもちます。 OTRは薄膜を使用するため、ビームコアのような高密度の粒子を照射してもビームロスを極力小さくでき、ダメージを受けないという利点があります。(素粒子を探る粒子検出器 岩波書店より)
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<図7> 遷移放射光(OTR) |
注3) オフナー光学系
光学像をある点から他の点に投影するリレー光学系の一種で、単純な2枚の同心球面鏡から構成される。同心球面ミラーが非点収差以外の収差が自動的補正される原理を応用したもの。上下左右の非対称配置から生じる非点収差が大口径では気になるが、これについては凹面鏡と凸面鏡の距離を同心からはずすことにより実用上問題のない程度に軽減することが出来ます。
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<図8> オフナー光学系 |
〜 記事提供 : 加速器科学支援センター 手島 昌己 〜