加速器研究施設 山岡 広 先任技師*、吉本 伸一 専門技師、照井 真司 技師、片桐 広明 専門技師、長橋 進也 技師が、令和3年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 研究支援賞を受賞しました。研究支援賞は、科学技術の発展や研究開発の成果創出に向けて、高度で専門的な技術的貢献を通じて研究開発の推進に寄与する活動を行い、顕著な功績があったと認められる個人又はグループが対象です。5名の方々はSuperKEKB加速器の高性能化に向けてそれぞれの専門技術をもって長年取り組んでこられ、「世界最高衝突性能のSuperKEKB加速器実現への貢献」が認められ、今回の受賞となりました。
(* 現在 素粒子原子核研究所シニアフェロー)
受賞者:(向かって左側から)片桐 広明氏、照井 真司氏、山岡 広氏、⻑橋 進也氏、吉本 伸⼀氏
受賞式典は4月14日に文部科学省三階の講堂で、科学技術賞、若手科学者賞、研究支援賞の受賞者対象に行われました。今年は新型コロナ感染症拡大防止対策のため、796人の受賞者の中から、各賞・部門を代表する7つの研究グループだけが式典に招待され、他の受賞者はオンライン参加となりました。山岡さんは、10件の研究支援賞を代表して、「まことにおめでとうございます」と、萩生田 光一 文部科学大臣より表彰状を授与されました。また、参加者は全員マスク着用で、機能的に進行され、30分で式典は終了しました。
(取材 文・写真 広報室 引野氏)
この研究支援の背景は、次のようなものでした。SuperKEKB加速器は、KEKB加速器の衝突性能(40倍のデザイン値)まで高めて、粒子・反粒子の対称性の破れや宇宙初期に起こったはずの極めてまれな現象を再現し、未知の粒子や力の性質を明らかにすることを目的として開発されてきました。 このため、特に、電子ビームと陽電子ビームの衝突性能を上げること、また効率よくデータを収集するためのさらなる安定した加速器の2点において、専門的に高度な技術が要求されていました。この目的に向けて、5名の方々は、それぞれの専門的技術をもって貢献されました。
山岡さんは、加速器・実験装置の機械分野の専門家です。ビーム衝突性能を高める最も重要な手段の1つとして、衝突点でのビームを垂直方向に50 nmまで絞りこむ技術があります。そのための最終収束超伝導4極電磁石 (QCS) セットの設計と製作を行いました。困難であったのは、電磁石を励磁した際に発生する磁場分布が光学設計に与える影響を精密に検討しなければならないことでした。詳細な3次元磁場計算を行い、また、励磁した際に発生する電磁力を算出して、QCSのサポート構造の設計やクライオスタットの設計を行いました。また、QCSの振動レベルを把握して抑制することはビーム衝突性能の向上のためにさらに重要なことでした。このため、振動やその抑制のレベルのシミュレーションを行い、各重要箇所での振動測定結果が一致することを検証し、振動を抑制することができました。これらによりQCSがより高度化され、衝突性能の向上につながりました。
「苦労したことは?」
QCSの開発支援に当たっては磁場解析及びメカの部分を担当しました。苦労したところは、磁場解析の精度をだすためにどのようにモデリングすれば良いかということです。解析に間違いがあると再解析に13時間以上かかるのもつらかったです。それから、QCS完成後、実験室での冷却試験も経験があまりないため苦労しました。各バルブをコントロールして効率良く冷却する技術というがよくわからず、他のメンバーに教えられながら試験しました。
「受賞して思ったことは?」
今回我々5人が受賞したのですが、強く思うのはこの賞はSuperKEKBに関わって技術支援をしている皆に与えられたものだと。黙々と冷却水や電磁石電源の面倒を見ている人達、ビームの安定軌道目指してビームモニターを改善している人達、効率よくビームが回るように各機器を制御している人達などなど、皆が一体となって一生懸命ルミノシティ向上を目指した結果、この賞を頂けたと思っています。
「将来の抱負は?」
QCSは既に据え付けられビーム運転に供されていますが、更なるルミノシティ向上を目指して現在、改造計画が検討されています。この検討にメカの観点から積極的に参加し、それが現実のものとなったときは、これまでの経験を生かして構造や振動に対する解析と検討に貢献したいと考えています。
吉本さんは、高周波加速装置の専門家です。ビーム衝突性能を高めるためにビーム電流の増強は必須条件です。SuperKEKBの前身のKEKB加速器では、高周波加速空洞の加速モードに起因する縦方向の結合バンチ不安定性の壁にぶつかり、ビーム電流増強が阻まれていました。吉本さんは、不安定性を抑制するための革新的なフィードバックシステムを開発し、その問題を克服しました。電子と陽電子の蓄積リングにおいて、それぞれ2.0 A, 1.4 A という大電流を蓄積することを可能にし、当時の世界最高の衝突性能達成に大きく貢献した。吉本さんはSuperKEKBの加速技術においてもこの技術の高度化を図りました。それが世界記録の更新につながりました。
「苦労したことは?」
実際にビームを使ってフィードバックを調整する際、当初はどの様な手順で行うのが最適なのか試行錯誤をする中、調整ミスでビームを落とすこともあり、調整方法が確立するまでは苦労しました。また、安定に動作するようになってからも、ビーム電流は徐々に増えていく為、絶えず状態を確認し、必要があれば微調整を行うなどしていました。
「受賞して思ったことは?」
世界最高ルミノシティを達成したSuperKEKBへの貢献ということで今回の賞をいただくことになりましたが、この成果は今回受賞した5人以外にも本当に多くの方々の日々の努力の結果が評価されたことだと思っています。
「将来の抱負は?」
SuperKEKBは今後も更に高いルミノシティを目指しビーム電流を増強するため、フィードバックにとってよりシビアな状況になります。また、不安定になるモードも増える可能性もあり、それにも対応していく必要があります。そういう状況でも安定に大電流が蓄積できるように調整していきたいと思います。
照井真司さんは、真空装置と真空に関連する機器の専門家です。SuperKEKBでは、ビーム衝突で発生する素粒子を精密に検出する高性能粒子検出器Belle II が、物理実験を成功させるためのキーデバイスです。Belle IIの検出性能を発揮するためには、加速器の大強度ビームが発生するバックグラウンドを大きく減じる必要がありました。照井さんは、その問題を克服するためのコリメータ装置の開発を行いました。その開発において技術的に困難であったのは、特に大電流・短バンチビームに起因する問題でした。バンチ電流を制限することになるビームインピーダンスをいかに低減するか、ビームが発生させる高次高周波の侵入を防ぎつつコリメータヘッドの駆動を可能とするためのRFコンタクトの開発、ビームによる発熱対策などに対して創意工夫し、実機の完成、そして運用に到達しました。これにより、ビームバックグラウンドは大きく低減され、大電流ビームでのBelle II 検出器による精密な素粒子イベントの検出を可能にしました。
「苦労したことは?」
SuperKEKBの真空機器は大電流・短バンチビームが誘起するビーム不安定性との闘いです。特にコリメータは、ウェークフィールドが引き起こす問題が深刻です。さらに高性能にするためにまだまだ苦労が続きます。
「受賞して思ったことは?」
SuperKEKBの世界最高ルミノシティに貢献できたことは本当にうれしいことです。私が所属しているSuperKEKB真空グループの方のおかげだと感じています。特に、一緒に開発や作業を行った石橋さんと、私の思い付きの実験にいつも、付き合ってくださった白井さんに感謝しています。
「将来の抱負は?」
SuperKEKB加速器では、さらに高いルミノシティにするためのビーム調整が精力的に進められています。現在、ある種のビーム不安定性が誘起されてコリメータをビームに近づけられないことや、突然ビームがコリメータに衝突して損傷するなどのよくわからない問題が発生して悩んでいます。このようなビームの問題も解決したいですし、コリメータとしても、よりビームに悪影響を及ぼさずに、安定動作するように開発を続けていきたいと考えています。
片桐広明さんは、高周波加速装置とデジタル信号処理の専門家です。SuperKEKBに入射される電子と陽電子ビームは、電子陽電子入射器により生成されています。入射器では、SuperKEKB 加速器のHERとLERだけでなく、PF 2.5 GeV電子リングとPF-AR 6.5 GeV電子リングの合計4つの蓄積リングに対して、50 Hzのパルス毎にエネルギーと電荷の異なるビームを振り分けることにより同時入射を実現しています。この入射ビームの安定供給が、SuperKEKB加速器でのビーム衝突性能をアップするための重要な条件です。片桐さんは4リングへの同時入射における主要な装置であるRF(高周波)モニタを新規に設計・開発し、実用化を進めてきました。これにより各ビーム入射時における約60台の大電力クライストロン(高周波源)から出力されるパルス毎のRFの状態を詳細に把握できるようになり、RF機器の健全性の診断やインターロック作動時の波形の保存、冷却水温による加速位相の変動監視等が可能となりました。これらは入射器の高度化と入射ビームの安定供給に大きく寄与しました。
「苦労したことは?」
同時入射運転に対応するためのイベントレシーバをFPGAに組み込むことは、当時ほぼ前例が無く実用化するのに苦労しました。入射器のイベントタイミングシステムから配信されるデータから必要な情報を抽出するため、データ構造を解析するところから手探りで始めました。イベントレシーバは当初誤動作が頻発し、クロック信号の位相ノイズが許容値を超えていたことが原因でしたが、これも情報が極めて少なく改善するのに時間が掛かりました。
「受賞して思ったことは?」
今回5人で受賞したことで、改めてSuperKEKBという大きなプロジェクトの一部を担っていること、その責任の大きさを実感しました。また文部科学省での表彰式に出席する機会にも恵まれ、非常に幅広い分野で数多くの、特に若い研究者・技術者の方々が活躍されていることを大変心強く思いました。
「将来の抱負は?」
これまでに長くRFモニタに携わってきましたが、その役割はトラブル発生時やビームの状態が変化したときに確認するものから、積極的にビーム調整に利用するものに変わってきています。特に位相フィードバック制御といった自動調整にも用いられていることから、測定精度や安定性の更なる向上に努めていきたいと思います。
長橋進也さんは、電磁石、電源、アラインメントの専門家です。SuperKEKB の前身のKEKB加速器の時点では、電子入射器からのPF-AR(アドバンスト フォトンリング)へのビーム入射時は、KEKBへの入射を15分間止めて行われており、時間的なロスとなっていました。長橋さんは、KEKB加速器からSuperKEKBへのアップグレード期間に、PF-ARへの直接入射路の建設の中心的技術者として貢献し、またPF-ARのトップアップ入射(減少した電子を継ぎ足しながら蓄積電流値を一定に保つ入射方法)を実現させました。これにより入射器の50 Hz ビームの振り分けによる4リング同時入射が実現し、SuperKEKB加速器では、PF-AR入射による時間ロスのない連続ビーム衝突が可能となりました。長橋さんの技術により、320 mのPF-AR直接入射路の設計・製作と精密な測量とアラインメントが実現しています。このことはPF-ARにおいてもビームの捕捉効率が、15 %から88 %に大きく改善し、高性能化がなされました。
「苦労したことは?」
計画全体をまとめる役割も担い、様々な経験をさせていただきました。入射路が完成しても、次はトップアップ運転の実現と、目まぐるしく緊張しっぱなしの毎日でした。入射路の建設ではアライメントを1人で担当しましたが、入射路のように離れた点と点を結ぶようなアライメントは経験したこともなく、何を基準にするのか、その基準をどのように測量して繋いでいくのか、測量の誤差はどのように吸収するのか、いつも考えていました。考え過ぎないように、何か思い付いたら直ぐに現場を測量するなど、行動に移すようにしていました。
「受賞して思ったことは?」
入射路の完成が、SuperKEKB加速器の高性能化に貢献したことを実感した瞬間でした。計画全体をまとめる役割も、多くの方の支えや協力があったからこそ続けてこれたものであり、チーム全体でいただいた賞だと思っています。
「将来の抱負は?」
トップアップ運転の実現は、それだけでも大きな成果ですが、更なる高性能化を目指し、今後もチーム一丸となって取り組んでいきたいと思います。また、アライメントの自信もついたので、長年手付かずだったPFリングの入射路の再アライメントなど、新しいことにもチャレンジしていきたいと思います。
(文責: 技術調整役 橋本 義徳)
SuperKEKB加速器が世界最高ルミノシティ(衝突性能)を達成しました
令和3年度科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞者等の決定について
令和3年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 研究支援賞 受賞者一覧