2011年6月9日
「今年の夏は、暑くなるのだろうか?」昨年のような猛暑に見舞われると、どうも地球温暖化の影響を気にしてしまいます。地球温暖化がもたらす気候変動の評価や予測、その対策などは世界の問題として取り組まれています。その一つに、国際的な専門家による地球温暖化に関する科学的な研究の情報収集、整理を行うIPCC(気候変動に関する政府間パネル)があります。今回は、そのIPCCで課題となっているエアロゾルによる冷却効果のしくみについて、解明しつつある研究を紹介します。
私たちが生活している環境の大気中には、非常に小さな粒子がたくさん浮遊しています。人工的なものでは自動車の排気ガスやたばこの煙、自然由来のものでは黄砂粒子や花粉などがあります。大気中に含まれる量としては、1m3あたり1ナノ(10億分の1)グラムからマイクログラム、ととても微量ですが、気候への影響が極めて大きく、世界中で研究されています。
広島大学大学院の高橋嘉夫(たかはし・よしお)教授の研究グループでは、X線吸収微細構造法(XAFS:ザフス)を利用して、微量に含まれる元素の化学状態や構造を知ることによって、地球化学、環境化学の研究を進めてきました。これまで、黄砂による酸性雨の原因となる硫酸の中和や、微生物によるレアアースの濃縮を発見し、そのしくみを解明してきました。今回、研究グループはエアロゾルがどのくらい地球冷却効果があるのかを調べました。
エアロゾルが地球を冷やす過程は2つに大別されます(図2)。一つはエアロゾル自身が太陽光を反射することによる直接的冷却効果です。これは日向よりも日陰の方が涼しくなることからも想像できます。もう一つはエアロゾルが核となって雲を作り、その雲が太陽光を遮ることによる間接的冷却効果です。IPCCでは、この2つの冷却効果を区別して、地球温暖化を減らす効果として定量的に示しています(図3)。この中で、前者はエアロゾルの大きさや量から冷却効果を推定することができますが、後者はエアロゾルがどのくらい雲を作るのかがよく分かっていないために、冷却効果が実際どのくらいあるのか推定することが難しく、大きな誤差が生じています(図3)。そこで、高橋教授や大学院生の古川丈真(ふるかわ・たくま)さんたちは、エアロゾルがどのくらい雲を作ることができるのかを調べることにしました。
雲は空気中にある水蒸気からできる小さな水滴が集まったものです。もともと、空気中には水蒸気として水が含まれています。その量は温度と圧力などの条件によって変わりますが、上空では気温が低くなるので、空気が含むことのできる水蒸気量は少なくなり、水滴になりやすくなります。ここにエアロゾルがあると、水滴を引き寄せる凝結核として働き、雲を作る元となるのです。研究グループは、エアロゾルがどのくらい凝結核としての機能を持つのかを調べるために、雲を作る要因と考えられている有機エアロゾルの吸湿性を調べることにしました。
まず、有機エアロゾルの主成分の一つであるシュウ酸が、どのような形で存在しているかを調べました。エアロゾルのようにいろいろな物質から構成され、しかも結晶構造もとっていない物質を調べるには放射光を用いたXAFS(ザフス)が活躍します。この方法では、ある元素に注目して、その元素のまわりの構造や化学状態を調べることが出来ます。研究グループは、カルシウムや亜鉛などの金属イオンに注目し、有機エアロゾルが粒径ごとにどのような成分で構成されているのかをフォトンファクトリーやSPring-8の放射光を用いて調べました(図4)。
カルシウムに着目したときのXAFSのデータが図4(a) です。カルサイトや石膏など、多くのカルシウム化合物を標準物質として調べた結果、エアロゾル試料にはシュウ酸カルシウムが含まれていることが分かります。このように、有機エアロゾルの主要成分であるシュウ酸の大部分は、カルシウムや亜鉛などの金属イオンと錯体(非金属と金属原子が結合した化合物)を作っていました(図4(b))。このような錯体化合物は、吸湿性がシュウ酸そのものの1%以下となり、雲を作る能力が大幅に低くなります。つまり、これまでに見積もられていたエアロゾルの間接的冷却効果が、実際にはあまり大きくないということが分かったのです。
有機エアロゾル中では、今回調べたシュウ酸以外のジカルボン酸や有機酸でも同じように錯体化合物となっている可能性があることを高橋教授らは指摘しています。この結果を受けて、今後は間接的冷却効果の試算を見直す必要が出てくるでしょう。正確な温暖化の予測や、エアロゾルに依る地球冷却効果の正確な定量化にも、KEKは大いに貢献しています。
この結果は、欧州地球科学連合の学術雑誌Atmospheric Chemistry and Physics 5月号に掲載されました。
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