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last update:06/10/12  

   image 黄砂の意外な役割    2006.10.12
 
        〜 XAFSで見分けるイオウの化学状態 〜
 
 
  今年に入ってから、「XAFS(ザフス)」と呼ばれる手法を用いた研究を2回紹介しました(「植物で土壌をきれいに」「世界一のフェノール合成触媒」)。XAFSは、放射光を用いた分析方法で最も広く使われているもののひとつで、物質の構造や化学状態を知ることができます。分析する試料は結晶になっていなくても良いこと、微量な成分も感度良く測定できること、といった特徴があり、その応用範囲は非常に広く、ありとあらゆるものが研究の対象となると言っても良いでしょう。今日のお話の主役は大気中に存在している、エアロゾルという小さな粒子です。この小さな粒子たちが織りなす世界を、XAFSはどのように見せてくれたのでしょうか。

大気中の微粒子、エアロゾル

わたしたちが生活している環境の大気の中には、天然および人為起源のさまざまな物質が存在しています。酸素や窒素が大気の主成分であることや、約2500分の1の割合で存在する二酸化炭素が地球温暖化をもたらしていることはよくご存知でしょう。さらに量の少ないイオウ酸化物(二酸化イオウなど)は主に人為起源の物質で、大気中で酸化されて硫酸を生成します。この硫酸は強い酸性を示す物質で、酸性雨の原因となります。

一方大気中には、気体ではない微細な粒子(エアロゾル)も存在しています(表1)。エアロゾルはさまざまな起源の物質を含んだ混合物ですが、例えば、日本にも春先にしばしば飛来する黄砂もエアロゾルの仲間です。この中国の乾燥地域を起源とする微細な鉱物粒子からなる黄砂は、日光や視界をさえぎり、うららかな春の日を台無しにするようなやっかいものと考える人も多いでしょう。しかし、黄砂粒子は大気中で環境汚染物質と化学反応することで、我々の環境を守ってくれる機能も持っているのです。

XAFSによる化学状態分析

黄砂の話を進める前に、もう一度エアロゾルの仲間を見てみましょう。エアロゾル中に含まれるイオウは、主に硫酸塩として存在し(表1の一番上)、地球温暖化や酸性雨問題とも関連した環境汚染物質です。硫酸エアロゾルと言っても、表にあるように、アンモニウム(NH4)塩、ナトリウム(Na)塩、カルシウム(Ca)塩などといろいろな種類があり、それぞれ性質も違うため、環境や生物への影響も当然異なるでしょう。したがって、エアロゾル中にどのような硫酸塩が存在しているかを明らかにすることは、エアロゾルの環境影響を調べるのにはとても重要です。ところが、これまで大気中から採取されたエアロゾル試料に含まれる硫酸エアロゾルの種類を明確に決定する手段はあまりありませんでした。

大気中のエアロゾルは通常その粒径によって別々に採取され、さまざまな分析が行なわれます。採取されたエアロゾル試料は非常に微量にしか得られません。また、ほとんどのエアロゾルは結晶ではないし、共存物質が多いため粉末X線回折も使えません。

ここでXAFSの出番です。XAFSは、ある特定の元素に着目し、その元素のまわりの構造や、どういう化学状態にあるかを調べる方法です。7月のニュースで紹介したフェノール合成触媒の場合は、この触媒に含まれるレニウムという金属元素に着目してレニウムのまわりの構造を調べましたが、今回の研究では、硫酸エアロゾルに含まれるイオウに着目しています。

レニウムというちょっと聞き慣れない金属に比べると、イオウは身近な元素に感じると思いますが、実はXAFSの測定という点では、イオウは意外と難しい対象元素です。イオウは、レニウムや他の金属に比べて軽い(原子番号の小さい)元素なので、イオウを調べるには通常のXAFSで使うよりもエネルギーの低いX線(軟X線)を使う必要があります。軟X線は空気や物質による吸収が大きく、空気中ではすぐに減衰してしまうので、これまでは主に試料を真空中に入れて測定していました。フォトンファクトリーのBL-9A(図1)は、イオウやリン、塩素などの軽い元素を含む物質のXAFSを真空容器に入れずに測定できるように設計されたビームラインです。X線の出口から試料、検出器すべてを、1気圧のヘリウム(軽い気体でX線の吸収が少ない)で置換された容器中に置くことにより、軟X線の減衰を最小限に抑えています。このビームラインでは、環境試料や生体試料などのように、乾燥させることができない(乾燥によって変化してしまう)試料も測定することができます。

エアロゾル中のイオウの実像に迫る

広島大学大学院理学研究科の高橋嘉夫(たかはし・よしお)助教授ら、産業技術総合研究所の金井豊(かない・ゆたか)博士ら、理化学研究所の矢吹貞代(やぶき・さだよ)博士らからなる研究グループは、BL-9AでイオウのXAFSを測定して、粒径別に採取されたエアロゾル中の硫酸塩の化学種を特定しました。図2はその結果の一部です。2.48 keV(キロ電子ボルト)の大きなピーク以降は、エアロゾル中のイオウが硫酸塩として存在していることを示しています。さらに紫色で示した領域を詳しく見てみましょう。太い線で書かれたデータが標準試料の吸収スペクトルですが、赤い線の硫酸アンモニウムと、青い線の石コウ(硫酸カルシウム)では紫色の部分が微妙に違っていることに気づくでしょう。この標準試料と、エアロゾルの吸収スペクトルを比較することによって、エアロゾルに含まれる硫酸塩の種類を決定できることがわかりました。その結果、粒径が小さな成分では硫酸アンモニウムが、粒径が大きな成分では石コウが主要な硫酸塩であることがわかりました。

さて、ここで、最初にお話しした黄砂が登場します。高橋助教授のグループは、この方法で、黄砂期(2002年4月)および非黄砂期(2001年8月)に中国各地やつくば(図3参照)などで採取されたエアロゾル試料を次々に測定し、石コウ、硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの主要な硫酸塩の割合を求めました。さらにこの結果と、イオンクロマトグラフィー分析により決定したカルシウム濃度および硫酸イオンの総濃度を比較して、全カルシウム鉱物に占める石コウの割合を得ました。その結果、いずれの地域でも、黄砂期には全カルシウム鉱物に占める石コウの割合が少なく、炭酸カルシウムが多量に含まれていることがわかりました。炭酸カルシウムは、酸性雨の原因となる大気中の硫酸を中和することができます。黄砂が飛来する時期にはエアロゾル中の炭酸カルシウム量が増大することから、エアロゾルが硫酸を中和する能力が黄砂期には高まることがわかりました。

また、黄砂期(2002年4月)に中国西部の砂漠地域、中国東部、日本で採取されたエアロゾルを調べた結果、より東にいくほど、全カルシウム鉱物に占める石コウの割合が増加することがわかりました。この時の黄砂は、中国西部で発生し日本にまで飛来したことがわかっていますので、この結果は、黄砂が長距離輸送の途上で硫酸イオンと反応していく過程を反映したものと考えることができます(図3)。

XAFSを用いた環境分析

この研究の一部は、エアロゾル中の硫酸塩の特性評価へXAFSを有効に利用した点が評価され、2006年8月15日アメリカ化学会発行の Environmental Science and Technology 誌に発表されました。触媒科学などの分野でしばしば利用されるXAFSは、環境物質の分析にもその力を遺憾なく発揮することがわかり、応用範囲がどんどん広がっています。


 
種類 起源 コメント
硫酸塩 化石燃料燃焼や火山由来のSO2 NH4塩、Na塩、Ca塩(石コウ)などとして存在
硝酸塩 人為起源 NH4塩、Na塩など
元素状炭素 燃焼 地球温暖化に寄与(?)
有機物 生物、化石燃料 様々な成分(>3000種)
海塩 海洋 NaCl、KClなど
鉱物質 砂漠、土壌 黄砂もこの仲間
[表1]
大気中の主要なエアロゾルの種類と起源
 
 
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[図1]
フォトンファクトリーBL-9Aの軟X線領域用のXAFS実験装置。放射光X線は左側から出射され、ライトル(Lytle)検出器中に置かれた試料に入り、試料からの蛍光をライトル検出器で捉える。この光路全体がヘリウムで置換されているので、軟X線の減衰を抑えることができる。
拡大図(98KB)
 
 
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[図2]
粒径別に採取されたエアロゾル試料に含まれるイオウ化合物のイオウK吸収端XAFSスペクトル。比較のために用いた標準試料のスペクトルも一部示す。紫色で示した領域の特徴から、エアロゾルに含まれる硫酸塩の種類を決定できる。(試料採取地:つくば、採取時期:2002年4月)
拡大図(32KB)
 
 
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[図3]
中国西部の砂漠地域を起源とする黄砂粒子の日本への輸送および輸送中の大気中人為起源物質との反応。人為起源物質には、イオウ酸化物や窒素酸化物などが含まれる。このうちイオウ酸化物は大気中で酸化されて硫酸となり、酸性雨などの原因となる。黄砂粒子中の炭酸カルシウムは、硫酸と反応して石コウを生成し、硫酸を中和する能力を持つ。
拡大図(74KB)
 
 
 
  ※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→広島大学理学研究科表層環境地球化学研究室のwebページ
  http://www.geol.sci.hiroshima-u.ac.jp/~environ/

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