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植物で土壌をきれいに 2006.3.09 |
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〜 ヒ素を蓄積するしくみに光をあてる 〜 |
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わたしたちの周りには、人間の健康を損ねる有害な化学物質が多くあります。このような有害物質が土に蓄積されたらどうでしょう。直接土に触れる危険性だけでなく、地下水にしみ出したり作物に取り込まれたりすることで、わたしたちの健康が危険にさらされます。40年ほど前に大きな社会問題となったイタイイタイ病は、鉱山からしみ出したカドミウムが水田を汚染し、そこでできた米を食べた人に深刻な障害を起こしました。こういった土の汚染、土壌汚染は、現在でも工場の跡地を再開発する場合などにたびたび問題となっています。今日のニュースは、重金属で汚染された土壌をきれいにする植物の話です。この植物が土の中の重金属を取り込むしくみが、フォトンファクトリーで植物を生きたまま測定することによってだんだんわかってきました。 重金属を蓄積する植物 植物は、土から水や栄養分を取り込んで育ちます。この性質を利用して、植物の体内に土の中の有害物質を取り込ませることによって汚染された土壌をきれいにする画期的な技術が注目されています。「ファイトレメディエーション」と呼ばれるこの技術は、植物をあらわすファイト(phyto)という接頭語とレメディエーション(remediation=修復)を組み合わせて名付けられました。植物を重金属で汚染された土壌で育て、地中の重金属を植物に取り込ませたあとに植物を刈り取り焼却すれば、土壌一面に広がっていた重金属をコンパクトに濃縮することができるので、処理が飛躍的に簡単になります。 ある種の植物は、重金属濃度が高い汚染された土壌でも生育し、体内に重金属を高濃度に蓄積することが古くから知られていました。このような植物はファイトレメディエーション実用化の有力な候補となりえます。2001年にシダの仲間のモエジマシダ(図1)が非常に高濃度のヒ素を蓄積することが発見され、大きな話題を呼びました。カドミウムと並ぶ代表的な有害重金属であるヒ素を除去する植物として、すでにアメリカの会社によって商品化もされています。 どうやってモエジマシダはヒ素を蓄積するのでしょうか? モエジマシダに取り込まれたヒ素はどのようなふるまいをするのでしょうか? これまでの研究で、モエジマシダに取り込まれたヒ素は、ほとんどが根ではなく地上部に存在することがわかりました。これは、ヒ素を蓄積したあとで刈り取るのに都合の良い性質です。また、モエジマシダに取り込まれたヒ素のふるまい、たとえばヒ素がシダの体内でどういう化学形態をとるかについても、最近活発に研究が行なわれています。しかし、これらの研究はほとんどが、シダを部分ごとに切り取り、化学的に分析したもので、ヒ素が植物のなかでどのように分布しているかを細かく知ることはできませんでした。もっと大きな問題は、分析を行なうために植物を切り取って乾燥させると、ヒ素が酸化され、化学形態が変わってしまうことです。 東京理科大学理学部の保倉明子(ほくら・あきこ)博士、中井泉(なかい・いずみ)教授らの研究グループでは、生きたままのモエジマシダの中のヒ素の分布や状態を、フォトンファクトリーの放射光X線で調べようと考えました。X線による分析は、試料にX線のビームをあて、その応答を検出することによって行なわれるので、化学的な分析のように試料をすりつぶしたり薬品に溶かしたりすることはありません。また、X線は透過力が強いので、植物を乾燥させたり真空中に入れることなく空気中で測定ができます。 マイクロビームでヒ素の分布をみる 放射光の特徴のひとつに、高輝度、つまり細く絞られた強い光という性質があります。さらにミラー(鏡)を使って光をうまく集めるとミクロンサイズの「マイクロビーム」をつくることができます。フォトンファクトリーのBL-4Aは、放射光マイクロビームX線を用いた分析用のビームラインです(図2)。このマイクロビームX線を試料にあてると、ビームのあたった部分に存在する元素に特有の波長の蛍光X線が放出されます。試料を動かしながらマイクロビームをあて、蛍光X線を測定すれば、試料の中に含まれる元素の分布がミクロン単位でわかるということになります。 保倉さんたちは、マイクロビームを使う前に、200ミクロン(0.2ミリ)角の少し大きめのビームで、ヒ素の含まれた土壌で栽培されたモエジマシダの羽片(葉)の広い面積での元素分布を調べました(図3)。植物の必須元素であるカリウムやカルシウムが羽片の全体あるいは中央部分に多く存在するのに対し、土壌から取り込まれたヒ素は羽片の周縁部に高濃度に存在することがわかりました。 そこで、5ミクロンのマイクロビームで羽片の周縁部を詳しく調べてみました。植物の細胞の大きさは普通20〜200ミクロンなので、この方法では、個々の細胞の中の元素の分布まで見えていることになります。図1 (b) (c) に示すように、モエジマシダの羽片周縁部には、偽包膜に包まれた胞子嚢(ほうしのう)があり、この中に胞子を抱えています。図4を見ると、カリウムやカルシウムが胞子嚢に分布しているのに対し、ヒ素は胞子嚢にはほとんど存在せず、胞子嚢の基部に蓄積していることがわかりました。モエジマシダに蓄積されたヒ素は胞子によって環境にばらまかれる危険性が少ないと考えられ、このことからもモエジマシダがファイトレメディエーションに適した植物であることがわかります。 ヒ素の化学状態をみわける蛍光XAFS 次に、モエジマシダの中でヒ素がどのような化学状態にあるかを、蛍光XAFS(ザフス)法で調べました。XAFS法は、以前のニュース「リアルタイムでみる触媒反応」でも説明しましたが、試料に入射するX線のエネルギーを変えながらその応答を測定し、試料の化学的な状態や構造を求める方法です。試料によるX線の吸収を測定する場合は吸収XAFS、放出される蛍光X線を測定する場合は蛍光XAFSと呼びます。 蛍光XAFSはフォトンファクトリーのBL-12Cで測定しました。このビームラインではマイクロビームは使えませんが、ビームサイズが1ミリ程度なので、羽片の先端部や基部を分けて測定することが可能です。ヒ素の化学状態を正しく知るためには、シダを生きたままの状態で測定することが重要なので、測定はビームラインに鉢植えのシダを持ち込み、測定したい部分を試料ホルダーに固定して行ないました。図5はその測定の様子です。 図6が測定したスペクトルです。一番下に、標準物質である3価のヒ素と5価のヒ素のスペクトルを示してあります。3価のヒ素と5価のヒ素ではピークの位置が少しだけ違うのですが、放射光を用いた測定ではわずかなエネルギーの差を精度良く分離できるので、この2つの状態を明らかに区別することができます。シダを栽培した土壌ではヒ素は5価で存在していましたが、羽片や胞子嚢ではほとんどすべてのヒ素が3価として存在していて、土壌から取り込まれたヒ素がシダの中で3価へと還元されていることがわかりました。また、中軸部分では、3価と5価のヒ素が共存していることから、根においてヒ素がすべて3価へと還元されているわけではなく、地上部、特に中軸から羽片にかけて還元作用がはたらいていることがわかりました。 この研究は英国化学会(The Royal Society of Chemistry)刊行の学術雑誌 Journal of Analytical Atomic Spectrometryの2006年3月号に掲載されました。 植物を生きたまま分析できる放射光 ファイトレメディエーションは、低コストで環境にやさしい技術として今後ますます普及していくと考えられています。さまざまな有害物質の除去に実用的に使える植物を探したり、バイオエンジニアリングによりさらにすぐれた植物を作り出して行くときに、生きたまま重金属の分布や化学形態が測定できる放射光はとても有効な道具となるでしょう。News@KEKでは、さまざまな分野で活躍する放射光のニュースをこれからもお伝えしていきます。
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