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世界一のフェノール合成触媒 2006.7.20 |
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〜 XAFSでみえたレニウムクラスター 〜 |
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触媒とは、化学反応を促進させるための物質です。化学反応を速く、効率よく進めることができるので、化学物質を大量に生産する化学工業では、触媒は欠かすことのできないものです。以前に触媒の話題を取りあげたことがありますが(「リアルタイムでみる触媒反応」)、放射光を用いたXAFS(ザフス)という手法は、触媒がはたらくしくみを調べるのにぴったりの研究方法です。最近、東京大学のグループがフェノールという化学物質を合成する画期的な触媒を作り出しました。この新しい触媒が高い活性を示すしくみが、KEKフォトンファクトリーの放射光を用いて明らかになりました。 身近な物質の原料フェノール フェノールは、ベンゼン環の水素原子1個がヒドロキシル基(-OH)に置きかわった分子で、化学の教科書でもおなじみでしょう(図1)。タンパク質を変性させ、強い殺菌力、消毒作用を示すことから、19世紀半ば過ぎから殺菌消毒薬として使われてきました。現在では、わたしたちの生活に欠かすことのできないプラスチックの原材料として、なくてはならないものとなっています。たとえば、アセトンとフェノールを原料として合成するビスフェノールAは、ポリカーボネート樹脂(CD、住宅建材、自動車部品などに使用)やエポキシ樹脂(電気・電子部品、積層板、塗料、接着剤などに使用)の原料として使われています。また、フェノールとホルムアルデヒドからつくられるフェノール樹脂は、電気部品や機械部品、自動車部品の鋳型、木材加工の接着剤、断熱材などにも加工されています。 こうして見てみると、身のまわりにフェノールを原料としているものがたくさんあることに気づくでしょう。実際、フェノールは世界中で年間700万トン以上も生産されています。フェノールを効率よく合成できる触媒、それは社会的にもたいへんにニーズの高いものであり、多くの化学者たちも新しい触媒の開発に精力的に取り組んできました。 世界最高の選択性でフェノールを直接合成 フェノールはその単純な外見に反して、合成するのが意外とやっかいな物質です。現在、工場でフェノールを大量に合成するときは、石油から取れるベンゼンを原料にして、主にクメン法という3段階から成る反応が使われています(図2の下側の経路)。この反応は、多くのエネルギーを必要とし、また有害な副生成物が多く発生するため環境への負荷が大きいという欠点があります。もし、図2の赤線で示した経路のように、ベンゼンを直接酸化させてフェノールを合成することができれば、1段階の反応で直接フェノールが得られるので、飛躍的に低コストで環境にやさしいプロセスとなるでしょう。しかし、この反応は実際には非常にむずかしく、多くの化学者の挑戦にもかかわらず、過去30年間もの間、転化率(ベンゼンがどのぐらい生成物に転化されたかの割合)5%、選択性(生成物のうちどのぐらいがフェノールであるかの割合)50%の壁を越える触媒を作り出すことはできませんでした。1990年代後半には、アメリカ化学会の雑誌にて「10の最も困難な化学反応」のひとつにあげられたことからも、この反応がいかにむずかしいかを物語っています。 東京大学の岩澤康裕(いわさわ・やすひろ)教授、唯美津木(ただ・みづき)助手、Rajaram Bal(ラジャラム・バル)博士らのグループは、レニウムという金属から成る新しい触媒を作りだしました。「リアルタイムでみる触媒反応」でも紹介したように、多くの触媒は、アルミナやシリカのように表面積の大きな物質(担体)の表面にのせて、反応を進行させやすくする工夫がされていますが、この触媒も、ゼオライトという多くの細かい孔をもつ物質(多孔質)の担体に、レニウムの化合物をのせたものです。この新しい触媒は、アンモニアの存在下でベンゼンと空気中に含まれる酸素とを直接反応させると、94%というこれまでに類を見ない高い選択性でフェノールを生成させることがわかりました。残り6%として生成するのは、炭酸ガス(二酸化炭素)だけであり、他の有害物質も副生しないことから、環境にも優しい触媒システムです。 XAFSでわかった高選択性の謎 この触媒はなぜこんなに高い選択性でフェノールを合成することができるのでしょうか? その謎を解くためには、この触媒がどのような構造をしているか調べることが必要です。ゼオライトなどの担体上に金属化合物を分散させた形の触媒は、結晶のような周期的構造を持たないので、X線回折を利用した結晶構造解析で構造を明らかにすることはできません。このような物質の構造を知るには、XAFS(ザフス)という方法が威力を発揮します。XAFSは、以前のニュースでも何度かご紹介していますが、試料に入射するX線のエネルギーを変えながら応答を測定し、試料の構造や化学的状態を求める方法です。ある特定の元素に着目し、その元素の周りの構造を求めるのが得意なので、触媒のように、金属が活性中心となっている物質の構造や機能を研究するのには適した手法です。 岩澤教授のグループは、フォトンファクトリーのビームライン12Cで、この新しい触媒のXAFS測定を行ないました。その測定データを解析したものが図3に示したグラフです。簡単に言うと、グラフの横軸がレニウムと周りの原子との距離、縦軸方向の大きさがレニウムの配位数を表します。上のグラフがアンモニア処理を行なわなかったもの、下のグラフがアンモニアの共存下で反応を起こしたものです。2つのグラフは明らかに違っていて、アンモニア処理によって大きな構造変化が起こっていることがひとめでわかります。 このグラフを詳細に解析すると、図3(b)のように、レニウムの周りにどのような原子が何個存在するかがわかります。この情報から、この触媒はアンモニアがないときには図4左のような単量体として存在していますが、アンモニア処理することによって、図4右のような中心に窒素原子を有したレニウムの10核クラスター構造に劇的に変化することがわかりました。このような複雑なレニウムクラスターはこれまでには見つかっていない構造です。こうして、世界最高のフェノール選択性の鍵は、この複雑で美しいレニウムクラスター構造にあることが放射光を用いて明らかになりました。 より高い活性をもつ夢の触媒へ この成果は、化学分野では最もインパクトファクターの高い学術雑誌である Angewandte Chemie International Editionの2006年1月9日号に掲載され、編集部から「最も注目すべき論文」として特別に選出する「ホットペーパー」に選ばれました。発表後、日本では朝日新聞をはじめ6誌でとりあげられるなど、社会的にも大きなインパクトを与えています。このように、ベンゼンからのフェノール直接合成という30年の壁を破ったこの触媒は、さまざまな研究グループや化学メーカーから注目されています。岩澤教授のグループでは、XAFSにより明らかにした活性レニウムクラスターの構造をもとに、さらに高い触媒活性、選択性を持つ新規触媒の設計に挑戦しています。この新しい触媒が実際に化学工業で使われるようになれば、化学産業におけるブレイクスルーをもたらすでしょう。
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