2011年8月26日
東北大学
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
【発表のポイント】
・放射光X線回折分析※1により、小惑星イトカワの微粒子サンプルの鉱物組成を世界で初めて分析した
・イトカワは、LL4〜6コンドライト隕石*に類似した物質でできている
・イトカワの母天体の中心部分は、かつて約800℃まで上昇し、衝突現象と再集積により、現在のイトカワになった
(*)記事初出時、「LL3〜6」と表記していましたが、実際は「LL4〜6」の誤りです。お詫びして訂正いたします。
東北大学大学院理学研究科・理学部地学専攻中村智樹 (なかむら ともき) 准教授らは、高解像度電子顕微鏡や大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(鈴木厚人機構長:KEK)と大型放射光施設SPring-8※2の放射光X線を用いて独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機はやぶさ搭載の帰還カプセルにより持ち帰られた微粒子サンプルを分析し、小惑星イトカワの物質構成と形成の歴史を世界で初めて解明しました。
イトカワのように地球近傍に接近する小惑星は、太陽系形成の初期において原始太陽系星雲を構成するダストが集積し、太陽系で初めて誕生した微小天体であると考えられています。従って、小惑星のサンプルを分析することにより、太陽系形成当時の鉱物組成を知ることができます。また熱的変成の履歴を調べることにより、小惑星の形成史を知ることができ、惑星形成の初期段階についての知見を得ることができます。地球に飛来する隕石の多くは、小惑星から飛来していると考えられてきましたが、本当に小惑星起源かどうかも確認することができます。
今回、小惑星探査機はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワ表面の微粒子サンプル38個(粒径30〜150ミクロン)について、放射光X線回折分析(図1)と高解像度電子顕微鏡分析(図2)を用いて詳細な鉱物学的研究を行いました。その結果、この38粒子はLLコンドライト※3のかけらであることが確定しました(図3)。また38粒子には、天体内部で高い温度で加熱された粒子とそうでない粒子があることがわかりました(図2)。すべてのデータを総合することにより、小惑星イトカワの起源と形成過程に関して以下の事柄を解明することができました(図4)。
『イトカワの母天体の大きさは直径20km程度と考えられ、中心部分の温度は約800℃まで上昇し、その後、ゆっくりと冷えた。その後、大きな衝突現象が起き、飛び散った破片が再集積したものが現在のイトカワとなった。』
今回の成果は人類史上初めて得られた地球近傍小惑星のサンプルの初期分析によるものであり、今後、詳細な分析を続けていくことで、初期太陽系における微小天体形成のプロセスや天体形成後の表層物質の変成過程などの解明が加速するものと期待されます。
なお、この研究成果はイトカワのサンプルを他の手法により分析した他の5編の論文とともに、米国の科学誌Scienceの「イトカワ特集号」として8月25日(現地時間)にオンライン版に掲載されました。
地球に飛来する隕石は、その化学組成が揮発性元素を除き太陽の化学組成に近いことから、太陽系で最も未分化で原始的な物質であると考えられています。隕石の反射スペクトル※4が小惑星のそれと似ていることから、隕石は小惑星から飛来してきていると考えられてきました。しかし、隕石と小惑星の反射スペクトルの細部が合わず、本当に隕石が小惑星から飛来しているのかはこれまで不明でした。中村准教授らの研究グループでは、小惑星探査機はやぶさが回収したS型小惑星イトカワの微粒子を放射光X線回折分析などによる鉱物学的研究を行うことにより、反射スペクトルで予想されたLLコンドライト隕石物質に類似しているかを突き止める研究を行いました。
放射光X線回折分析により、完全非破壊で微粒子内部に存在する鉱物の種類と割合を知ることができます。中村准教授らはKEK放射光科学研究施設フォトンファクトリー(PF)のBL-3Aにおいて小惑星イトカワの微粒子(粒径30〜150ミクロン)一粒一粒をガンドルフィカメラ※5に設置し、単色化された放射光X線(波長約2Å程度)を照射しました。X線回折により微粒子から生じた回折X線をガンドルフィカメラ内のイメージングプレートに記録し、微粒子の構成鉱物の情報を得ることに成功しました。使用したBL-3AはPFにある硬X線ビームライン中で最高強度のX線を利用でき、微量試料を検知することができます。また、高強度であることから分析時間も短縮され、一微粒子の測定時間は10〜30分程度で高解像度のX線回折データを得ることができました。KEKで分析を行った結果を精査し、斜長石が多く含まれる試料については、さらにSPring-8内に設置された物質・材料研究機構のビームライン(BL15XU)にて詳細なX線回折分析を行いました。なお、SPring-8では田中雅彦氏(現 物質・材料研究機構)が改良を行った高分解能ガンドルフィカメラを用い、田中氏とともに分析を行いました。
38粒子のX線回折分析を行った結果、イトカワ粒子を構成する鉱物は、カンラン石が最も多く、次にカルシウム (Ca) に乏しい輝石、Caに富む輝石、斜方石、量は少ないが良く含まれる鉱物として、トロイライト(硫化鉄)、テーナイト(鉄ニッケル金属)、クローマイトなどがあることがわかりました。この鉱物組み合わせは地球岩石にはなく、コンドライト隕石特有のものです。また、カンラン石が最も存在度が高いということは、電子顕微鏡を用いた分析とも整合的であり、イトカワ微粒子がLLコンドライト的物質であることを示しています。この結果は、小惑星イトカワが太陽系の最も始原的な物質で構成されているということを示す重要な成果といえます。
図1:KEKフォトンファクトリーの放射光を用いて取得したイトカワ微粒子のX線回折パターン
図2: 天体内部での加熱の影響が少ないLL4粒子(左)と加熱の影響が大きいLL5‐6粒子(右)の電子顕微鏡画像
図3:電子顕微鏡で分析した38粒子に含まれるカンラン石とカルシウムに乏しい輝石の平均化学組成
図4:イトカワの形成史
本研究成果は、小惑星探査機はやぶさがイトカワに2回目にタッチダウンした際に得られた試料を分析した結果によるものです。今後は、1回目にタッチダウンした際に得られた試料に対し、同様の放射光を用いたX線回折分析を行い、2回目のタッチダウンに得た試料の鉱物学的特徴と比較検討を行う予定です。これにより、小惑星イトカワ表層物質の、場所による均一/不均一性を調べることができます。この視点は、イトカワの細粒領域(ミューゼス地域)がどのようなプロセスで形成されたかを知る上で、重要な証拠になると考えられています。