KEKと日本原子力研究所が、平成18年度末の完成を目指して茨城県東海村に共同で建設を進めている大強度陽子加速器施設(J-PARC)についてこれまでにも何度か紹介してきました。完成後、J-PARCは世界最強の陽子加速器を中心としてそのビームを使い、生命科学、物質科学、原子核・素粒子研究にいたる幅広い分野の最先端研究に大きな貢献が期待されています。今日は、現在、KEKで進められている加速器入射部の試験状況についてご紹介しましょう。
研究施設の加速器群は図1に示すように、上流側から順に線形にビームを加速するリニアック、周長約350メートルの三角おむすび形をした3ギガ電子ボルトまで加速するシンクロトロン(Rapid Cycle Synchrotron、略称でRCS)、周長約1,570メートルの一回り大きな三角おむすび形の50ギガ電子ボルトまで加速可能なシンクロトロン(略称でMR)で構成されています。図からわかるように、リニアックからRCSへ入射、RCSは単独利用とMRへの入射に使用されます。
KEKでは、この巨大加速器のリニアックの部分、まず加速されるイオンを発生するイオン源、そのイオン源から発射されたイオンを3メガ電子ボルトまで加速するRFQ加速器(図2)、そしてそのビームをRCSで効率よく加速するためにパルス化するビームチョッパまでの試験を行いました。この加速器では加速中にほとんどビームをこぼさないように設計することに細心の注意を払います。高エネルギーの陽子ビームが加速管やビームのダクトなどに衝突すると放射化して後で装置の保守をする時などに困ります。このような大電流のビームを途中でほとんど失うことなく加速するには非常に高度な技術を必要とします。全体に細心の注意が必要ですが、中でもビーム速度の遅い加速器の最初の部分、つまり今試験をしているところと、それぞれの加速器間のビームの受け渡しが特に難しいと考えています。その意味でここが最初の関門です。以下にそれぞれの試験の状況を述べます。
陽子ビームの種は水素の負イオン
イオン源:イオン源は水素ガスを使用して、水素に電子を一つくっつけて水素の負イオンを作ります。まさにここで作られたイオンが後の加速器で加速されていきます。水素に電子をくっつける際にセシウムと呼ばれる金属を使用すると水素原子に電子が良く付くことがわかっています。セシウムを蒸気にして使用するのですが、この蒸気がイオン源の下流に位置するRFQ加速管に付着すると、放電の原因になってしまうおそれもあります。そこでここでは、セシウムなしで負イオンを作っています。並行してセシウムを使用したイオン源も開発中です。さまざまな工夫を重ねる中で38ミリアンペアの電流を記録し、これはセシウムを使わないイオン源としては、世界最高クラスの性能です。
水素イオンを加速するRFQ加速管
RFQ:イオン源のすぐ下流にあって、遅い速度のビームを加速するのに適しているこの加速器は、マイクロ波の力でビームを絞りながら加速します。あまり日本語で呼ばれることはないのですが、日本語では高周波四極型空洞と訳されているようです。今使っているRFQは30ミリアンペア用に設計されたものです。30ミリアンペアの負水素イオンを加速した結果は、透過率は計算どおり95%程度、エネルギーも仕様の3メガ電子エレクトロンボルトにほぼぴったりあわせることが出来、ビームの質を表すエミッタンスと呼ばれる値も、計算で予想していた値を得ることができました。
水素イオン加速器?陽子加速器?
J-PARCの中のPは陽子のPです。今試験しているところに陽子の言葉が出てきません。実はリニアックの中は陽子に2個の電子がくっついた負水素イオンとして加速されます。小おむすびのRCSへ入射する時にこの電子を剥ぎ取って陽子にして入射し、加速します。したがってそれ以降は正真正銘陽子加速器になります。これは、電子は金属を暖めたり高い電圧をかけたりして容易に取り出すことが出来ますが、陽子の場合は簡単には取り出すことが難しいため、その原子核が陽子である水素イオンをもとにして陽子を作り出しているためです。
相性あわせ
RFQと次の加速管であるドリフトチューブリニアック(DTL)ではタイプが異なります。異なる加速器の間の受け渡しが重要です。2つの間にMEBTと呼ぶ部分(図3)があり、これはRFQから出てきたビームを次のDTLで効率よく加速できるように種々の条件を合わせるマッチングと呼ばれる機能を持っています。その必要な条件をいくつか見ていきます。
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ビームのエネルギー
DTLにビームを入れるときにそのエネルギーを設計どおりに合わせます。RFQで加速されたビームのエネルギーを測定するためには、2点間をビームが走る時間を計って速度からエネルギーを算出します。ビームの速度を計測してエネルギーが3メガ電子ボルトで条件はぴったり合いました。(図4)
ビームの質の測定
ビームが加速される方向にどの程度揃っているかも重要なパラメータです。この加速器では大電流を加速するのでビームの方向が揃っていないと加速の途中でビームを失ったりする可能性もあります。また、大電流なのでビーム自身の空間電荷力によってお互いに反発して拡がって方向性が不ぞろいになる可能性もあります。そのようなことの無いように特殊な製法による強力な集束磁石を開発し、ビームの質を最良にキープする理論に基づいて注意深く集束と加速を行うよう設計しました。ビームの質と絞り具合を示す位相空間図と呼ばれているものを測ります。この図でビームが占める部分の形状で発散や集束の状況が、面積をエミッタンスと呼び、指向性の良さがわかります(図5)。DTLの要求条件に合わせます。
ビーム位置と方向
ビームはまっすぐに進むように考えられますが、加速管の設置誤差や、磁石の設置誤差、地磁気がビームの方向に影響を与えます。ビームが加速器の中でどの位置を通っているかを見るのがビーム位置モニタで、開発したものが正確に動作することを確認しました。DTLの入り口で、まっすぐでかつ加速管の中央に入れることがここでの条件です。
ビームチョッパ
この中に一つだけ毛色の違ったマッチング機器があります。小おむすびのRCSは、ある決められた時間幅だけビームを捉えます。その他の時間に入射するとビームを失います。そこでここMEBTでRCSの受け付ける時間幅にビームを切り出します。つまりRCSの受付時間とのマッチングもここで取ります。(図6)
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入射部試験は見事パス
以上述べたように、イオン源からイオンを出し、RFQで所定のエネルギーまで加速し、加速されたビームのエネルギーを確認し、そのビームの質も測定して確認し、ビームがどこを通過するかのビーム位置モニタを整備し、シンクロトロンに100%ビームを入射させるためのビームチョッパの動作も確認しました。このビームを次のDTL-1に入射します。DTL-1は長さが約9メートルで、この加速管で20メガ電子ボルトまで加速します。図3の下流の黄色の長い加速管がDTL-1です。先に述べたようにビームの速度の遅いこの部分はビームの質が劣化しやすいデリケートな部分です。三つ子の魂百まで、の例えの通り、この部分の性能は後々まで重要ですが、今のところは将来に期待のもてる素姓のようです。これからも慎重にビームの細かい性質までを観察しながら進めていく予定です。
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[図1] |
J-PARC施設全体構成:線形加速器(リニアック)からのビームがRCSに入射されます。RCSで繰り返し25サイクルで加速されたビームは、MRリングの内側に設置された物質・生命科学実験施設とMRへ入射されます。 |
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[図2] |
RFQ加速管:イオン源のすぐ下流に設置され、負水素イオンを加速します。内部では加速と同時にビームを絞りながら加速し、特にエネルギーの低い部分での加速に力を発揮します。 |
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[図3] |
マッチング部分(MEBT)とDTL加速管:RFQ加速管とDTL加速管の間の相性を合わせるためにかなり密度高く各種の機器が設置されているMEBTとその下流に見える黄色のものがDTLです。 |
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[図4] |
エネルギー測定画面:MEBTの中に設置した2つの電極の間を走る時間を精密に測定してビームの速度からエネルギーを決定します。表示されている3.0135といった値がエネルギーです。現在電極は3個設置されていていくつかの組み合わせで測定して確認できます。 |
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[図5] |
ビームの質の測定:ビームは非常に多くの水素イオンから構成されますが、その個々のイオンの位置を横軸に、方向を縦軸にしてビームの全体をあらわしたもので、ビームの質と今絞られる方向か発散する方向かといったことがわかります。 |
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[図6] |
ビームのチョップ:RCSの受け入れ可能な時間幅にビームを切ったところです。このような形になっていれば、100%のビームをRCSの受け入れ可能な時間帯だけ入射することが出来ます。 |
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