気球を使って、宇宙線の中に含まれる反物質を探すBESS実験についてはこれまでにも何回かお伝えしました。宇宙空間で起きている普通の素粒子反応では、反陽子や反中性子、陽電子を組み合わせた反物質を作ることはできません。もし反ヘリウム原子核のような反物質を捉まえることができれば、宇宙に反物質領域が存在することを突き止めたことになります。
BESS実験はこれまでカナダで行われてきましたが、気球が安全に飛行できる空域の関係で連続飛行時間が最大でも2日間程度に限られていました。実験は長い期間データを取ることが必要なので、グループでは気球に搭載する検出器を改良し、2004年に南極大陸を一周するフライトのための準備を進めています。
南極大陸を一周せよ
BESS実験では宇宙からやってくる粒子を観測します。粒子は電気を帯びているので、地球が持っている地磁気の影響を受けます。これまで実験が行われてきたカナダ北部は北の磁極に近いので、宇宙からの電気を帯びた粒子が侵入しやすい場所として選ばれました。同じような実験を南極で行うことも出来ます。南極の場合はうまい具合に南極大陸を取り囲むように流れているジェット気流にそって気球を飛ばすと、10日から2週間ほどで元の地点に戻ってきます(図1)。これまでカナダで行ってきた実験の十倍以上のデータが取得できると期待されています。極を一周する、という意味で、この実験は「BESS-Polar」と名付けられました。
南極大陸を一周する実験を成功させるためには、気球に搭載する観測機器が長時間、安定に稼働することを確認しなければなりません。そのための技術試験が今年の8月28日から10月15日にかけて、アメリカ合衆国ニューメキシコ州フォートサムナーで行われました。
新たに開発された観測機器
観測機器は南極周回実験のために新たに開発されました(写真1)。なかでも超伝導マグネットや太陽光発電システム、通信システムなどは実験の成否に大きく影響するので、技術試験飛行を行って、動作を確認する必要があります。
今回の技術試験でテストされた項目は三つあります。
一つ目は、観測機器に電力を供給するための太陽光発電システムです。観測機器の下部にとりつけた大型の構造体で支えられていますが、気球実験として世界的にも最大級となるこの構造体と観測機器を安全に打上げられることを確認することです。
二つ目は、気球打上げから回収に至るまで、超伝導マグネットが安定に動作することの確認です。
三つ目は、米国立科学気球施設(NSBF)が提供する衛星通信システムとBESS-Polar通信システムが、観測機器としては不可欠となる磁場の中でも正しく通信を行うことができることを確認します。
NASAによる気球打ち上げ
気球の打上げは10月1日、フォートサムナー空港の内部にあるNASA気球実験施設で行われました。未明に降っていた霧雨も止み、午前11時50分(現地時間)、BESS-Polar実験の観測機器がNASAの大型科学観測気球でスムーズに打ち上げられました(写真2)。
気球は順調に高度を上げていき、午後1時29分には高度30.3kmを超え、午後2時前には高度37kmで浮遊に入りました。今回の技術試験項目である超伝導マグネット、太陽光発電システム、通信システムは気球上昇中を含めて全て順調に動作していることが確認されました。午後3時40分、気球切り離しに備えて超伝導マグネットを消磁しました。
その後、午後3時46分において気球と観測機器を切り離し、観測機器は午後4時27分打ち上げ地フォートサムナーの南東120kmに着地しました(写真3)。
2004年の実験開始へ向けて
観測機器は、太陽電池パネルを支える構造体がつぶれることで本体への衝撃をやわらげる設計になっています。回収された観測機器を翌朝、確認したところ、本体の通信システムやモニタシステム、超伝導マグネットはすべて正常に動作していることが確認され、今回の技術試験が完了しました。
この実験の成功で、BESS-Polarは南極で行われる長時間飛行への大きな関門をクリアしました。観測機器は現在、NASAゴダード宇宙飛行センターに送られて、粒子検出器や読み出し電子回路の組み込みが進められています。今後、測定器の組み立てと調整を続け、来年12月にいよいよ南極での実験を行えるよう準備を進めています。南極上空を飛ぶ巨大なBESS-Polarの勇姿にご期待下さい。
この実験は、KEK、東京大学、神戸大学、ISAS/JAXA, NASA, メリーランド大学が共同で推進している、日米間の宇宙科学国際協力実験です。
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