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last update:05/03/31  

   image フラクタルとフラクトン    2005.3.31
 
        〜 中性子散乱で調べる原子の波 〜
 
 
  「フラクタル」という図形をご存知でしょうか。ある図形の一部分を拡大してみると、元の形と同じような形があらわれる、その形の一部分を拡大するとまた同じような形があらわれる、そんな図形のことです。フラクタルの性質は自然界のいろいろな場所で目にします。ある物質が磁石になるかどうかを決める磁性原子と隣の原子との間にはたらく力にもフラクタルが関係していることが中性子散乱を使った最近の実験で確かめられました。「フラクトン」と呼ばれる不思議な波の研究についてご紹介しましょう。

フラクタルと「はんぱな次元」

自然界にはさまざまなフラクタルがあります。リアス式の海岸線や、川が蛇行したり分岐する様子は一見無秩序なようにみえますが、その無秩序さに一定の法則を見いだすことができます。フラクタルの特徴は、その図形を一定の比率で縮小した場合、もとの図形の一部分になって、自分自身に重なること、つまり、自己相似性をもつことです。海岸線や川の一部分を見ても全体を見たときと雰囲気があまり変わらないのは、これらの地形がフラクタルの性質をもっているということです。

図1は典型的なフラクタルですが、次のようにして作図します。まず線分をかき、3等分します(図2(a))。中央の線分を一辺とする正三角形をかいてから、この中央の線分をはずします。すると図形は4本の線分になります(図2(b))。次にその4本の線分のそれぞれに対して同じ操作をします(図2(c))。この操作を限りなく繰り返して得られた図形が図1ですが、全体を3分の1に縮小すると、もとの図形に重なりますので、この図形は自己相似性をもつことになります。

直線は一次元、平面は二次元、立体は三次元と言われます。平面図形である正方形は、1辺の長さを2倍にすると面積は2の2乗の4倍になります。立方体は、1辺の長さを2倍にすると体積は2の3乗の8倍になります。この2乗、3乗という数が図形の次元を表わします。フラクタル図形にも「次元」があります。フラクタルの度合いを定量的に表わす量と考えてください。

図1の図形は線分の集まりですが、一次元の図形と呼ぶには複雑です。しかし、平面を一様に覆っているわけではないので、二次元というほどではありません。では、この図形は何次元でしょうか。

この図形の1辺の長さを3倍にすると全体の「長さ」は4倍になります。4は「3の1.2618...乗」です(3x=4ならば、x=log34 =1.2618...)。つまり、図1の図形の次元は1.2618...次元ということができます。次元といえばふつうは整数ですが、図1のような場合は、このようにはんぱな次元を考えることができます。フラクタルとはもともと「不規則に壊れてばらばらになった状態」を意味する造語で、自己相似性という特徴をもち、非整数のフラクタル次元で定量的に表すことができます。

希釈磁性体とフラクタル

マンガンという原子を多く含む物質は磁石の性質を持ちます。これはマンガンが磁性原子で、「スピン」と呼ばれる小さな磁石の性質を持っていて、スピンの向きがそろうと強い磁性を示すためです。隣り合う原子のスピンの向きがすべてそろっている場合は強磁性と呼ばれます。これに対して隣り合う原子のスピンがすべて互い違いに反対の向きに並んでいる場合は反強磁性と呼ばれます。

反強磁性体の例として、ルビジウム(Rb)とマンガン(Mn)とフッ素(F)の化合物であるRbMnF3があります。この物質は摂氏マイナス191度(絶対温度82度)以下の温度ではマンガン原子のスピンの向きが互い違いに整列(秩序化)します。

この物質のマンガン原子を少しずつマグネシウムで置き換えていくと何が起きるでしょうか。マグネシウムはマンガンと違って非磁性原子(スピンがない原子)なので、マグネシウムの割合が多くなるにつれて反強磁性の性質が失われていきます。このような物質を希釈磁性体と呼びます。これはフラクタルを実験的に研究するためには理想的な物質です。

元のマンガン原子のうち60%をマグネシウム原子で置き換えた希釈磁性体はRbMn0.4Mg0.6F3と書きます。マンガン原子の割合が少なくなるにつれて、秩序化する温度は低くなります。秩序化の温度が絶対零度になる時の濃度を臨界濃度といいます。

図3の左図はマンガン原子の割合が100%のときですが、ある磁性原子の上下左右には必ず磁性原子があり、磁性原子のつながりが結晶全体に及んでいます。一方、マンガンの濃度が低くなると(右図)、ある磁性原子の上下左右のうちいくつかが非磁性原子で置き換わっていて、磁性原子のつながりが有限の大きさにしかなりません。磁性原子が臨界濃度以下の場合は、磁性原子のつながりは結晶全体に及ぶことはないので、結晶全体が反強磁性に秩序化することはありません。

臨界濃度では、磁性原子のつながりは結晶全体に及んでいて、複雑で一見無秩序な形に見えますが、これはフラクタル構造になっています(図4)。希釈磁性体RbMncMg1-cF3の場合、マンガンの割合(c)が31.2%のときに臨界濃度となり、フラクタル次元は2.48となることが理論的に知られています。

中性子散乱でみるスピンのゆらぎ

中性子散乱(中性子非弾性散乱実験)を用いると、フラクタル構造をもつ希釈磁性体の性質を調べることができます。

反強磁性体のRbMnF3でマンガン原子のうちの1個を揺らしてみると、この揺れはスピンの向きをそろえようとする力(交換相互作用)によって隣の原子のスピンを次々に揺らしていって、結晶全体に波として伝わっていきます。これを「スピン波」といいます。

一様な反強磁性体では、スピン波の振動数は波数(単位長さの中に何個の波があるかという量)に比例するという性質があります。これは、光の振動数が波数に比例するのに似ています。

中性子を物質にあてると、スピンを揺らすことができます。物質から散乱された中性子を観測すると、もとの中性子が持っていたエネルギーと運動量からの変化がそれぞれ、中性子によって生じたスピン波の振動数と波数に相当します。

中性子はスピン波だけではなく、物質中にいろいろなミクロの波を生じさせることができます。その波の振動数と波数との関係を調べることによって、生じたのはどのような波であるのか、また、その波を伝播させるに必要な原子間の結合の強さ(スピン波では交換相互作用の値)はどれくらいであるのか、といったことを決めることができます。これらの情報は固体の性質を決める重要なものです。

中性子散乱実験では、試料に中性子があたって散乱される前と後で中性子のエネルギーが変化する場合を「非弾性散乱」といいます。中性子非弾性散乱はエネルギーの変化と波数の変化を同時に観測できる、他に例がないような実験手段なのです。

希釈磁性体のスピン波「フラクトン」

希釈磁性体RbMn0.4Mg0.6F3のスピン波の実験についてお話します。この希釈磁性体では磁性原子濃度(c)は40%で、臨界濃度の31.2%に近いので、マンガン原子のつながりはフラクタル構造になります。フラクタル構造上の原子の振動による波を「フラクトン」と呼んでいますが、ここでは、フラクタル構造上のスピン波である磁気フラクトンの検出を行いました。図5が、この希釈磁性体で観測されたスピン波の振動数と波数の関係です。振動数が波数のべき乗に比例する領域があり、そのべき指数は 2.5±0.1 と決定されました。理論値は2.48です。

磁気フラクトンの理論によれば、振動数は波数の小さい範囲で波数のべき乗に比例し、指数はフラクタル次元に一致することが提唱されています。実験結果は、磁気フラクトンの理論に一致しています。一様な物質では指数は1であるので、観測された磁気フラクトンは、一様な物質の中のスピン波とは全く違う性質をもつことがわかりました。この実験で、臨界濃度に非常に近い磁性濃度の希釈磁性体RbMn0.4Mg0.6F3のスピン波が磁気フラクトンの理論に定量的に一致することがはじめて示されました。

この実験は日英科学技術協力事業により、英国ラザフォードアップルトン研究所のパルス中性子源ISIS施設に設置された高エネルギー分解能中性子分光器IRISを用いて行なわれました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→中性子科学研究施設のwebページ
  http://neutron-www.kek.jp/index.html
→中性子科学研究施設のニュース記事
  http://neutron-www.kek.jp/topics/topic200501.html

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[図1]
典型的なフラクタル。この図形はコッホ曲線とよばれます。
拡大図(21KB)
 
 
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[図2]
コッホ曲線のかき方。(a)、(b)、(c)の操作を限りなく繰り返して図1が作図されます。
拡大図(8KB)
 
 
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[図3]
一様な磁性体(左)と希釈磁性体(右)の模型。希釈していないもとの物質(一様な磁性体)では磁性原子(青色の点)で敷き詰められています。右図では青または赤が磁性原子であり、空白の点には非磁性原子があります。右図で、ある青色の磁性原子が上下左右のいずれかに隣接して磁性原子がある場合、これを磁性原子のつながりとして、つながりを保っている範囲を青色の点で表わしました。
拡大図(70KB)
 
 
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[図4]
希釈磁性体の模型。磁性原子の濃度が臨界濃度より小さい場合(左)、臨界濃度に近い場合(中央)、臨界濃度より大きい場合(右)。赤または青が磁性原子であり、空白の点には非磁性原子があります。ある青色の磁性原子が上下左右のいずれかに隣接して磁性原子がある場合、これを磁性原子のつながりとして、つながりを保っている範囲を青色の点で表わしました。臨界濃度付近ではフラクタル構造をもつ非一様な原子のつながりが実現しています。
拡大図(72KB)
 
 
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[図5]
中性子非弾性散乱実験で観測されたRbMn0.4Mg0.6F3の磁気フラクトンの振動数と波数の関係。両対数グラフでプロットしているので、直線の傾きが指数zを与えます。波数qが小さい範囲で振動数はqzに比例し、z=2.5±0.1が得られました。指数zの値はフラクタル次元に一致します。
拡大図(18KB)
 
 
 
 

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