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初期の宇宙は熱くてさらっと 2005.5.26 |
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〜 RHIC加速器が発見した物質の流体性 〜 |
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超高温の初期宇宙の物質は、気体というよりは、さらっとした流体状のものだった― 4月18日、私達の宇宙観が大きく変わる新しい事実がブルックヘブン国立研究所のグループによって発表されました。 ビックバン直後の宇宙は、物質の基になる“クォーク”と“グルーオン”という粒子が、気体を構成する分子のように自由に飛び回っていると考えられていました。しかしこの状態が気体というよりも、“熱くてさらっとした流体のような”状態だったということがわかったのです。 発表は、アメリカ・ブルックヘブン国立研究所にあるRHIC加速器(図1)によって行われている実験グループによって行われました。加速器の上には、4つのグループがそれぞれに検出器を作って実験を続けています。そのひとつ、PHENIX(フェニックス)グループ(図2)では日本の研究者が活躍しています。PHENIXグループ日本代表の浜垣秀樹先生(東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター助教授)にお話を伺いました。 ビックバン直後の宇宙を再現 ビックバンから100万分の1秒から10万分の1秒後の高温、高密度の宇宙では、物質のもとになる“クォーク”と、クォーク同士をつなぐ“グルーオン”が自由に飛び回っていました(図3)。このときの宇宙の温度は約2兆度。RHIC加速器は、原子核の塊を反対方向にそれぞれ加速し衝突させることで、この高温高密度の初期宇宙を再現したと考えられています。 「金の原子核同士を衝突させたときは、陽子同士や、陽子と金を衝突させたときとは明らかに違うことが観測されたのです」 衝突させる核を金同士にしたところ、陽子同士、または陽子と金の原子核を衝突させたときと比較して、放射される“ジェット”がエネルギーを大きく失っていることが観測されました(図4)。 RHIC加速器で原子核同士を衝突させると、陽子を構成しているクォークが、それぞれ反対方向にたたき出されるジェット状粒子群が観測されます。ジェットを構成する粒子群は、高いエネルギーをもって外に飛び出します。しかしこのとき、クォークとグルーオンがバラバラになった高密度の媒質中を通過するので、エネルギーを大きく落とすのです。これをジェット・クエンチングと呼んでいます。 ジェット・クエンチングは、媒質の密度が、通常の原子核物質から成る媒質では説明できないほど高いことを示しています。では、この媒質はどのような性質をもっているのでしょうか。ここからが今回の発見になります。 熱くて“流れる”スープ状宇宙 RHICのエネルギー領域では、低いエネルギーの粒子群を生成する(多重生成過程)が一般的であり、ジェットを生成するのは稀な過程です。原子核同士が衝突するとき、図5のように原子核の進行方向から決まる衝突面を考えます。核同士がぶつかる中心部分は、楕円体になり、他に比べて密度が高いクォークとグルーオンからなる高温高密度の媒質になります。 このとき、粒子の固まりが衝突面方向に移動することがわかりました。これは圧力の高い中心部が、より、圧力の弱い方へ“流れるように”移動したためです。粒子の運動を考えるときに重要なのが、単位距離あたりの圧力差、つまり圧力の勾配です。粒子の塊は、圧力勾配が大きいところから移動をします。 ところが、この説明にはある前提が必要になります。粒子の塊がこのように流体のように振舞うためには、塊の中の粒子が、熱的に平衡になっていなければならないのです。 ここで使う流体という言葉は、熱平衡に達した物質の固まりが運動する様子を指して使った言葉です。例として大気の場合を考えて見ましょう。大気分子は自由に飛びまわっている気体ですが、スケールを大きくしてみると、偏西風やジェット気流のある、流体的な様相を示します。同じようにこの場合も、粒子をある塊としてみた場合、流体的な様相を示したということです。 説明されていないナゾ 「この事実が予想外のことであり、大きく注目を浴びている理由は、未だ解明されない2つの点があるためです」 浜垣先生はこう説明します。 まず、粒子の塊がなぜ衝突直後に、衝突した楕円体の中の粒子が熱平衡に達するのか、その理由がわかっていません。熱的に平衡になるということは、粒子同士の衝突回数が多く、ある領域内で粒子の運動量が均一化される、ということです。言い換えれば、衝突した楕円体の中の粒子同士の衝突が、予想よりもずっと活発で、互いのエネルギー状態を伝えていることになります。熱平衡を実現する、まだ知られていないなんらかの現象があるのかもしれません。 次に、使用した流体モデルにも問題が残っています。粒子の固まりが流れ出る量は、流体モデルの計算とよく一致(図6)しているのですが、これは流体を“理想流体”と仮定した場合です。理想流体とは、粘性の全くない流体を指し、例えば超流動がその例です(図7)。これは極低音でマクロの量子状態が実現されていますが、しかし、高温状態で粘性がない理由はわかっていません。そこで、流体のモデルに粘性を再現させましたが、実験結果と一致しませんでした。なぜ、粒子の塊が理想流体のように振舞うと考えたときに、実験結果を再現するのでしょうか。 浜垣先生は、「粘性の弱い状態が、強い力に特有のことなのかどうか調べていく必要があります」と言います。2007年に始まるジュネーブ・CERN研究所のLHC加速器を使って、より高い温度で、流体、気体どちらの性質を示すか調べることが必要です。 宇宙像はどう変わるのか 今回の発見は、これまで知られている宇宙像をどのように変える可能性があるのでしょうか。理論を専門にする梶野敏貴先生(国立天文台助教授)はこう述べます。 「この発見は、クォークからハドロンへの宇宙相転移で作られる陽子や中性子の空間分布や、電磁場のゆらぎの分布にも影響を及ぼすことになるでしょう。したがって、この相転移に起源を持つと考えられる宇宙磁場生成のシナリオや、数分後に起こるヘリウムやリチウム、ベリリウムなどの元素合成理論に変更を迫ることになるかもしれません。」 また、梶野先生は相転移(注)によって変化する「真空の構造・性質」にも注目しています。真空は、素粒子やその間に働く相互作用を支配するためです。 「理想流体で説明される粒子の横運動量方向への放出も、真空相の特殊な性質によって、クォーク間に未知の協調現象が起きた結果ではないか、と想像しています」 RHICのグループによって示された結果は、私たちの宇宙の理解をさらに深めるものになると思われます。今後の展開が楽しみです。
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