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last update:05/05/19  

   image 質量起源の解明をめざして    2005.5.19
 
        〜 CDF実験のトップクォーク質量測定 〜
 
 
  宇宙を構成する物質の質量がどのようにして生じているかを解明することは素粒子物理の最重要課題の一つです。素粒子標準模型ではヒッグス粒子が真空中に凝縮して素粒子に質量を与えると考えられていますが、ヒッグス粒子は未だ発見されていません。この未発見のヒッグス粒子の質量をトップクォークの質量とWボソンの質量から間接的に測定することができます。

米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所のテバトロン加速器を用いたCDF(シーディーエフ)実験(図1)では1994年にトップクォーク生成の証拠を見つけ、1995年には同じテバトロンのもう一つの実験グループであるD0(ディーゼロ)と共にトップクォークの生成を確認しました。それから10年経った現在、両実験グループはテバトロンで大量に生成されるトップクォークを用いて質量起源のヒッグス粒子に対する知見を広げつつあります。

トップクォークを発見したテバトロン

フェルミ国立加速器研究所のテバトロンは陽子と反陽子を正面衝突させる世界最高エネルギーの加速器として1985年に運転を開始しました。その衝突点の一つで素粒子反応を検出するCDF測定器は、日米科学技術協力事業の一環として日本、米国、イタリアの三ヶ国の国際協力により1979年から建設が開始されました。その後、参加国が増えて、現在は12の国と地域から約500人が参加する大規模な国際実験グループになっています。

陽子と反陽子を高エネルギーで正面衝突させると、その中に含まれているクォークやグルーオンが激しく反応し、そのうちのいくつかはトップクォークと反トップクォークのペアを作ります。トップクォークの寿命は1兆分の1秒のさらに1兆の1(約10-24秒)と非常に短いので、すぐに崩壊します。標準模型ではトップクォークはほぼ100%の確率でボトムクォークとWボソンに崩壊し、Wボソンはさらに軽いクォークのペアや荷電レプトンとニュートリノのペアに崩壊します(図2)。

崩壊によって生成されたクォークは、他のクォークや反クォークと結合して、もとのクォークの進行方向にたくさんのハドロン粒子が出ていく粒子群(ジェット)として観測されます。したがってトップクォークの質量を測定するためには、

(1)高いエネルギーを持った荷電レプトン(電子またはミュー粒子)が2個と、2つのボトムクォークを親とするジェットがある(ダイレプトン・チャンネル)。もしくは
(2)高いエネルギーを持った荷電レプトンが1個と、4つ以上のジェットがある(レプトン+4ジェット・チャンネル)。

という状態がある候補事象を探します。

(2)の場合は、さらにジェットの1つあるいは2つがボトムクォークの特徴を備えている事象を選びます。ボトムクォークを同定するためには、その崩壊点をシリコン飛跡検出器を用いて探します。

トップクォークの質量を測定するためには、まず各候補事象ごとにトップクォーク対の崩壊で生成したジェットと荷電レプトンのエネルギー、運動量、及びニュートリノが運び去る横運動量を測定します。これらがトップクォークから崩壊してできた場合の質量を再構成します。事象毎に求めた質量の分布をトップクォーク対生成事象とバックグラウンド事象から予想される質量分布(モンテカルロ法を用いたシミュレーションで求められた質量分布)の和と比較することによってトップクォークの質量を決定します。

ヒッグス粒子の質量予測へ

ヒッグス粒子の質量は輻射補正(ふくしゃほせい)という理論的計算によってトップクォークの質量とWボソンの質量に関係づけられています。つまりトップクォークとWボソンの質量を精密に測定すればヒッグス粒子の質量を間接的に測定することができるのです。

CDFが1992年から1996年にかけて収集したデータ(積算ルミノシティー106pb-1)を解析した結果、176.1±6.6 GeV/c2というトップクォーク質量(2001年時点)を得て、これをD0の結果である173.3±7.7 GeV/c2と合わせると、174.9±5.1GeV/c2という結果が求められました。

2004年には近藤都登筑波大学名誉教授が考案した方法(トップクォークの生成確率と崩壊確率を確率密度関数として質量解析に用いる力学的最尤法:Dynamical Likelihood Method)を採用して、D0が新たに求めたトップクォークの質量は179.0±5.1 GeV/c2となり、CDFの結果と合わせてトップクォークの質量は178.0±4.3 GeV/c2となりました。輻射補正計算によるとトップクォークの質量とWボソンの質量の関係からヒッグス粒子の質量には図3に示されるような制限が与えられます。CDFとD0で測定したトップクォークとWボソンの質量、及びLEP実験で測定したWボソンの質量等と上記の計算結果を比較すると、許されるヒッグス粒子の質量は95%の信頼度で2003年時点では219 GeV/c2 以下だったものが、251 GeV/c2以下となりました。

これまでで最高の精度

1996年の実験終了後にテバトロン加速器はビーム強度を上げ、エネルギーも900GeVから980GeVへと増強されました。CDFとD0の両測定器もそれに応じて増強が行われ、2001年から再開された実験で約3倍に増えたデータ(積算ルミノシティー318pb-1)を解析したことで、CDFグループは2005年4月、新しいトップクォークの質量の測定結果を報告しました。

図4は、検出されたトップクォーク生成のレプトン+4ジェットチャンネルの138候補事象を用いて再構成したトップクォークの質量分布です。この分布からトップクォークの質量は173.5±4.1GeV/c2となりました。これまでのトップクォーク質量測定結果をすべてあわせたものよりも、この結果は単独で高い精度になっています。今回のトップクォーク質量の測定結果はヒッグス粒子の質量予測の上限を大きく引き下げるものです。

この結果報告は4月21日にフェルミ研究所のインターネットニュースFermilab Todayにも掲載されました(http://www.fnal.gov/pub/today/pdfs/2005/20050421.pdf)。トップクォークの解析チーム(図5)には日本グループから4名が入っています。

このトップクォークの質量測定の精度をさらに上げるためには、トップクォーク生成事象数を上げると共にジェットのエネルギー測定精度を上げることが鍵となります。今回の測定では、トップクォーク生成事象の中のWボソンの崩壊で生成した2つのジェットのエネルギー・運動量から親粒子の質量を再構成して、それがWボソンの質量と一致している精度を調べることによってジェットのエネルギー測定精度を上げることに成功しました。これによりデータ量が増えると共に今後さらにトップクォークの質量測定の精度を上げることが可能であることが確認できました。

トップファクトリー

CDF実験は今後、トップクォークを大量に生成する「トップファクトリー」として、さまざまなトップクォークの物理の研究を行うことが出来ます。2009年末までに今回解析に用いたデータ量の約25倍のデータ(積算ルミノシティー8000pb-1)を収集する予定です。トップクォークの質量測定の精度をWボソンの質量の精度と共に上げることによって、ヒッグス粒子の質量の間接測定の精度をさらに上げることができます。また異常に重いトップクォークそのものの生成崩壊の基本的性質を探求することが質量起源の解明に何らかの手がかりを与える可能性もあります。またトップクォークの質量は実に大きいので、その崩壊は新粒子を探索するのに大いに有効です。これらの新しいトップクォークの物理の成果をあげるべく、CDF実験は現在も遂行中です。




※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CDF実験日本グループのwebページ
  http://www.tsukuba.jp.hep.net/cdfj/
→CDF実験のwebページ(英語)
  http://www-cdf.fnal.gov/

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[図1]
CDF(Collider Detector at Fermilab)測定器。大きさ10m立方、総重量約4000トンの粒子検出器の中央でエネルギーが900GeVの陽子と反陽子が衝突する。衝突で生成したハドロン粒子、レプトンのエネルギー・運動量を測定する。
拡大図(46KB)
 
 
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[図2]
トップクォーク対生成のファインマン図。陽子の中のクォーク()と反陽子の中の反クォーク()が対消滅してトップクォーク()と反トップクォーク()が生成する。トップクォーク対はそれぞれt→b+WのようにボトムクォークとWボソンに崩壊し、Wボソンは軽いクォーク対()のモードかあるいは荷電レプトン+ニュートリノ(lν)のモードで崩壊する。クォークはCDF検出器でジェットとして観測される。
拡大図(12KB)
 
 
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[図3]
質量の輻射補正計算よりトップクォークの質量とWボソンの質量はヒッグス粒子の質量が決まると一定の曲線にのる関係をもつ。すなわち、トップクォークの質量とWボソンの質量が決まるとヒッグス粒子の質量が決まる。テバトロンの1992年から1996年のデータを用いてCDF実験とD0実験が測定したトップクォークの質量とCDF、D0、LEP2実験で測定したWボソンの質量が点線で囲まれた領域にある(2003年時点)。これと他の電弱相互作用の測定結果をあわせてヒッグス粒子の質量上限219GeV/c2が得られた。
拡大図(32KB)
 
 
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[図4]
再構成されたトップクォークの質量分布。4つの図は、それぞれ異なるレプトン+4ジェット事象のサンプルである。ボトムクォークジェットと同定されたジェットの数が2(左上)、1(右上)、0(右下)、1でジェットのエネルギーが低い(左下)サンプルに分けた。緑色の領域がCDFの実験データ。曲線はシミュレーションで求められたトップクォーク対生成事象とバックグラウンド事象の質量分布。
拡大図(69KB)
 
 
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[図5]
今回のトップクォークの質量解析を行ったチーム。日本グループから4名が入っている。
拡大図(71KB)
 
 
 
 

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