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X線の位相でみる生体組織 2006.6.29 |
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〜 大視野化したX線位相コントラスト法 〜 |
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放射光の特徴を上手に利用することによって、これまでに見えなかったものを見ることができるようになります。そのうちのひとつ、X線の「波」としての性質を巧みに利用した、高感度なX線画像診断システムの開発については、以前に「新しいX線撮像法 〜位相情報で高感度化〜」でご紹介しました。筑波大学、(株)日立製作所、およびKEKの共同研究グループは、この方法を生体組織の観察に応用できるように改良・開発を積み重ねてきました。その結果、新薬開発などに威力を発揮する成果が最近続けて発表されました。 「軽い」生体の観察に有利な位相コントラスト 普通のX線撮影、いわゆるレントゲン写真は、X線の吸収コントラスト、すなわち、物質(生体組織)による吸収のされやすさ、されにくさをコントラストとした画像を見ています。X線の吸収は原子番号が大きいと大きくなるのですが、生体を構成する元素は水素、炭素、窒素、酸素と軽い(原子番号が小さい)元素が多く、コントラストがあまりつきません。それを補うために、X線をよく吸収する原子番号の大きな元素を含んだ物質が、造影剤としてよく使われています。たとえば、胃などの消化器のX線撮影のときに飲むバリウム(硫酸バリウム)は、原子番号56のX線をよく吸収する元素です。しかし、すべての組織に造影剤が利用できるわけではなく、また造影剤自身の毒性が問題になる場合も少なくありません。 これに比べて、X線を波として扱い、波の位相のずれをコントラストとして画像を見る位相コントラスト法は、コントラストのつきかたが物質の原子番号の大きさにはあまりよりません。特に生体構成元素のような「軽い」元素では、吸収を用いた方法に比べて感度が桁違いに(約1000倍)高くなります。生体組織を観察するのに適した方法であるといえます。 2つのパーツに分けて大視野を実現 位相コントラストを利用して画像を形成するには、「X線干渉計」という装置が使われます。X線の「波」としての性質を用いるため、X線の波長(約0.1ナノメートル=1億分の1センチメートル)と同じぐらいの間隔で原子が規則的に並んだシリコンの結晶を使います。X線干渉計は、シリコン結晶の板が3枚並んだ構造をしています(図1、および「新しいX線撮像法」の図3)。最初のスプリッターと呼ばれる板でX線のビームを2つに分け、次の板(ミラー)でさらに2つに分け、そのうちの内側に向かうビームを3枚目の板(アナライザー)で重ね合わせます。片方の光路に見たい試料が入っていると、その試料により位相コントラストが生じ、X線の波のかたちが変形します。 この3枚の板は、ナノメートル以下の極小のレベルで正確に配置されている必要があるので、通常は、図1 (a) のように1個のシリコン結晶の塊から切り出したものを使います。しかし、この形の干渉計は、シリコンの単結晶の大きさが限られているために、大きなものが作れないという欠点があります。現在作ることのできる一体型の干渉計では、最大でも視野が2センチメートル角程度しか取ることができません。 観察できる生体試料の大きさに制約があるという問題を解決するために、上記研究グループはX線干渉計を2つに分離した「分離型X線干渉計」を使用することを考えました。分離型X線干渉計は、図1 (b) のように、2枚目のミラーと呼ばれる板をそれぞれの光路で独立にすることにより、干渉計を2つの部分に分けています。より大きな視野のものが作れますし、試料をシリコン結晶板から遠くに置くことが可能なので、生きた動物の観察も可能です。結晶の近くに動物を置くと、動物の体温で結晶の原子間距離が変わってしまい、位相情報がうまく引き出せなくなってしまうからです。 垂直ウィグラーのX線が成功の鍵 この分離型X線干渉計で位相コントラスト画像を見るためには、この2つのパーツをいかに精度良く位置決めできるかどうかにかかっています。そのため、この装置は、石でできた頑丈な台の上に、精密な位置決めが可能なステージが置かれ、その上にシリコンでできた干渉計のパーツが載ったもので、総重量は2トンを超えます(図2)。2つのパーツの位置決めの精度は、角度にして10億分の1度という、極めて精密なものです。 この精密な装置を成功させた重要な鍵が、放射光から発生するX線にありました。この装置は、KEKの垂直ウィグラーと呼ばれる挿入光源から発生する放射光を用いたビームライン(BL14)に設置されています。通常の偏向電磁石から発生する放射光は横長のビームで、X線の波の振動方向は水平方向にそろっているのですが(水平偏光)、垂直ウィグラーから発生するX線は縦長で、垂直偏光した光です。通常の放射光を用いてこの装置を組み立てようとすると、図2の装置を90度回転させた配置にする必要があり、重力や床の振動などのために十分な精度が出せないのです。 図3は、この装置で観察したX線の干渉像です。試料を設置すると縞模様が変化し、変化の大きさから試料の情報を引き出すことができます。6cm×4cmという大きさのX線干渉像は世界最大のものです。 新薬の開発に応用 大視野化を実現したことによって、この装置の応用の可能性が飛躍的に大きくなりました。そのひとつに新薬の開発があります。新しい薬を開発するには、マウスやラットなどの疾患モデル動物を用いて、病巣を観察することによって薬剤の効果を調べていきます。新しく開発された分離型干渉計はマウスを生きたまま観察するのに十分な視野を持っており、現在病理観察に使われている動物用のMRIやPETに比べて感度の面でも空間分解能(どのぐらい細かい構造が見えるか)の面でも優れています。さらに、観察するマウスを図4のように回転ステージに載せ、回転しながら撮影するCTシステムを構成できるので、三次元画像を構築することができます。 上記研究グループは、アステラス製薬株式会社と共同で、この装置を疾患モデル動物に適用し、これまでは造影剤を用いなければ観察することのできなかった生きた動物の組織の三次元画像化に世界で初めて成功し、この装置が新薬開発に応用できる可能性を示しました。この成果については、6月12日に筑波大学においてプレス発表が行なわれました。 図5は、マウスの表皮に成長させたがん組織を、位相コントラストCTシステムで観察した三次元像です。抗がん剤の効果を調べるために、薬を投与しながら継時的にがんを観察しました。この図は投与を始めて3日目のがん組織です。赤い部分が密度が高く、青い部分は密度の低い部分で、がん組織の中心部分に密度が低い領域が広がっていることが観察できました。これは抗がん剤投与により、がん組織が壊死していることを示しています。外見的ながんの大きさは4日間の観察でほとんど変化がなかったので、この薬の効果は組織内部を三次元観察することで初めて明らかになったといえます。 図6はアルツハイマー病のモデルマウスの脳のX線位相コントラスト断面像です。アルツハイマー病は、βアミロイドというタンパク質が脳に蓄積することによって発症すると言われています。アルツハイマー病のマウスには、明るい斑点が多数見えていますが、正常なマウスには全く見えていないことがわかります。この観察の後に薄片化し、βアミロイドを染色した切片試料を光学顕微鏡で観察・比較した結果、この明るい斑点はβアミロイドであることがわかりました。得られた三次元データから、個々のアミロイド斑の体積と密度を正確に測ることができるので、加齢変化などの詳細な変化を捉えることもできます。 このX線の位相を利用した技術で、新しい薬が生み出されるのはそう遠い日ではなさそうです。さらにこの装置は、他にもさまざまな分野での応用が始まっています。それらの成果については近いうちにまたご紹介できることでしょう。 |
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