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脂質に結合しながらユビキチンを認識 2006.11.16 |
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〜 多機能ドメインGLUE(グルー) 〜 |
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今年の初めに、ユビキチンという小さなタンパク質をめじるしとして、リサイクルすべきものと分解されるべきものの「分別」を行なうタンパク質Hrsについて紹介しました。最近、同じ研究グループが、分別に関わる別のタンパク質の立体構造をKEKフォトンファクトリーやSPring-8の放射光を用いて明らかにしました。タンパク質の分別センターである初期エンドソーム上で、大勢のタンパク質たちが働く様子の全体像が明らかになりつつあります。 モノユビキチン化タンパク質をエスコート わたしたちの身体の中では、常に新しいタンパク質が作られて、いらないタンパク質は分解されています。わたしたちの身体を正常に保つためには、このタンパク質の合成と分解が正しく行なわれることが重要です。そして、今年の2月23日のニュースで紹介したように、ユビキチンという小さなタンパク質が「分解のめじるし」としての役割を果たしています。 細胞膜には、細胞外の物質のやり取りのためにさまざまな受容体タンパク質が埋まっていますが、このタンパク質の分解にもめじるしとしてユビキチンが関わっていることは、前のニュースでお話ししました。このときのめじるしのユビキチンは、通常の「ポリユビキチン」という形ではなく、ユビキチン1分子の「モノユビキチン」または複数の部位がモノユビキチン化した「マルチ-モノユビキチン」という特殊な形です。 モノユビキチンをめじるしとして受容体タンパク質の分別を行なう場所は、「初期エンドソーム」という細胞内の場所(オルガネラ)です。ここでは、たくさんのタンパク質が秩序を保って働いています(「ふたつのユビキチンと両面で結合」の図1参照)。前回のニュースの主役のHrsというタンパク質は、分別の最初の段階に関わるタンパク質で、めじるしのついたタンパク質を集める係です。そして今回新たに構造がわかったタンパク質は、その次の段階で働いている「ESCRT-II(エスコート・ツー)」という名前のタンパク質です。 ほ乳類と酵母で違うGLUEドメイン エスコートタンパク質ESCRT-IIは、その名のとおり、ユビキチンのめじるしのついたタンパク質をエスコートし、正しく分解できるように導く役割を果たしています(図1)。このESCRT-IIが、どのようにユビキチンを見分けているかは、多くの生物学者の論争の的になっていました。なぜなら、ヒトと同じ真核生物である酵母菌のESCRT-IIには、ユビキチンと相互作用する部分があることが知られていたのですが、ヒトやマウスなどのほ乳類のESCRT-IIには、その部分が存在していなかったからです。 2005年の初め、ノルウェーのオスロ大学のステンマーク教授のグループが、ほ乳類のESCRT-IIの一部GLUEドメインが、ユビキチンと相互作用することを明らかにしました。また、このGLUEドメインは、細胞内の分別センターであるエンドソームの構成物質であるリン脂質の一種PIPとも相互作用していることも明らかになりました(図2)。どうやらこのGLUEドメインは、エスコートタンパク質をエンドソームにしっかりとつなぎとめておく役割も果たしているようです(GLUEは英語で、のり、接着剤の意味です)。 酵母菌のESCRT-IIにもGLUEドメインが存在するのですが、おもしろいことに酵母菌のGLUEドメインはユビキチンとは相互作用しません。つまり、どうも酵母菌とほ乳類とでは、違う部分でユビキチンを見分けているようなのです。酵母菌のほうのGLUEドメインは、今年の初め頃その構造が明らかにされ、GLUEドメインがどうやってリン脂質につなぎとめられているかが明らかになりました。それでは、リン脂質につなぎとめておく働きの他に、ユビキチンを見分ける働きもするというほ乳類のGLUEドメインは、どうやってその複雑な仕事をこなしているのでしょうか。 細くて小さな結晶 KEK構造生物学研究センターの若槻壮市(わかつき・そういち)教授、平野聡(ひらの・さとし)博士(現・理化学研究所播磨研究所)らのグループは、マウスのESCRT-IIのGLUEドメインとユビキチンの複合体の結晶を作り、その構造を調べようと考えました。できた結晶は針のように細い結晶がほとんどでした。タンパク質が働いている現場の構造を見るためには、複合体の状態で結晶を作る必要がありますが、ほとんどの複合体は結晶化が難しいので、このような小さな結晶しかできない場合が多いのです。 フォトンファクトリーの高性能タンパク質結晶構造解析用ビームラインであるBL-5AやNW12Aは、小さな結晶でも構造解析ができるような世界でも最高性能の技術が取り込まれています。研究グループは、図3の写真のような棒状の結晶を用いて、BL-5AやNW12A、そして同じような最先端のビームラインであるSPring-8のBL41XUを駆使して、構造解析に成功しました。 脂質に結合してユビキチン化タンパク質をエスコート 図4は、ユビキチンとGLUEドメインの複合体の構造です。マウスのGLUEドメインは、疎水的(水になじみにくい)相互作用と親水的(水になじみやすい)相互作用を用いて、ユビキチンと結合していることがわかりました。図4の右図には、結合に関わるアミノ酸がくわしく書かれていますが、酵母菌のGLUEドメインではこの部分のアミノ酸が別な種類のアミノ酸に置きかわっていることがわかりました。これが酵母菌のGLUEドメインがユビキチンと相互作用しない理由のようです。 また、GLUEドメインの中でも、ユビキチンが結合する部分と、リン脂質が結合する部分とは、全く別の部分であることがわかりました(図5)。これだと、GLUEドメインは、ユビキチンとリン脂質に同時に結合することができます。ほ乳類のGLUEドメインは、その一部をエンドソームの膜であるリン脂質につなぎとめて足場を保ちながら、別な部分でめじるしユビキチン付きのタンパク質をしっかり支えるという、複雑な仕事をこなしているようです(図6)。このGLUEドメインのおかげで、ESCRT-IIはユビキチン化したタンパク質をエンドソーム膜上で正確にエスコートすることができるのでしょう。 モノユビキチンというめじるしで分別される過程で働くさまざまなタンパク質がどうやってユビキチンを見分けているかについては、多くの研究者の興味を集め、次々と構造が明らかになり、そのしくみがわかってきました。しかし、このほ乳類のGLUEドメインとユビキチンの複合体は、ユビキチンを認識するタンパク質の中でも最後まで残されていた謎のひとつで、多くの科学者が構造を解きあかそうと、激しい競争になっていました。今回の研究は最も権威のある科学雑誌のひとつである Nature Structural & Molecular Biology 誌の11月号(オンライン版は10月22日に公開)に掲載されましたが、同じ号には、米国ユタ大学のサンドクイスト教授のグループが、ヒトのESCRT-IIのGLUEドメインとユビキチンの複合体の構造を報告しています。
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