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ふたつのユビキチンと両面で結合 2006.2.23 |
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〜 アミノ酸配列の繰り返し構造 〜 |
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先週のニュースでは、糖鎖を荷札として認識する運び屋タンパク質のお話をしました。細胞の中には、いろいろな物質輸送が絶えず行なわれています。今日は、細胞の外と中の物質のやり取りにかかわるタンパク質を紹介します。このタンパク質は、ユビキチンという小さなタンパク質をめじるしとして、リサイクルすべきものと、分解されるべきものの「分別」を行っています。フォトンファクトリーで明らかになった立体構造から、めじるしを識別する仕組みが明らかになりました。 めじるしタンパク質ユビキチン ユビキチンとはアミノ酸76個から成る小さなタンパク質で、「いたるところに存在する」という意味のユビキタスというラテン語に由来しています。その名の通り、酵母からヒトにいたるまで、あらゆる真核生物のあらゆる組織に広く存在します。 この小さなタンパク質は、2004年のノーベル化学賞の受賞対象になったことから一躍有名になりました。ユビキチンは、細胞の中で分解されるべきタンパク質に「めじるし」として結合します。要らなくなったタンパク質に「ゴミ」というラベルを貼るようなものです。細胞の中で、不要なタンパク質が正しく分解されるのは、必要なタンパク質を正しく合成されることと同じぐらい重要なことであり、この発見に対してノーベル化学賞が贈られました。 ユビキチンは、タンパク質分解系の他にも、DNAの傷を直すDNA修復過程や、他の細胞との情報交換をするシグナル伝達過程など、さまざまな生命活動においてもめじるしとして働いていることがわかりました。ユビキチンは、どのように結合するかによって、多くの種類のめじるしとなることができます。例えば、「ゴミ」のラベルとしてのユビキチンは、48番目のアミノ酸のリジンのところで他のユビキチン分子と結合し、ユビキチンが数多くつながった「ポリユビキチン」という形のめじるしをつけます。DNA修復のめじるしのときは、同じポリユビキチンでも、63番目のリジンのところでつながった少し違う形のポリユビキチンです。 最近、ユビキチンによる目印のひとつの形として、ポリユビキチンではなく、ユビキチン1分子の付加(モノユビキチン化)、あるいは複数の部位のモノユビキチン化(マルチ-モノユビキチン化)が、エンドサイトーシスと呼ばれる、細胞内の物質輸送のめじるしとして働くことが明らかになってきました。 モノユビキチンのめじるしで分別 細胞が生命活動を行うには、細胞の外と物質のやり取りを行なわねばなりません。このとき、細胞膜表面から細胞内に分子を取り込む機構が重要になりますが、この機構をエンドサイトーシスといいます。細胞内に取り込まれた物質は必要に応じて分解されたり、あるいは分解されず細胞膜に再び戻されたりします。この過程にモノユビキチン化が重要な役割を果たしていることがわかってきました。 Hrsは、この「分別」を行なうタンパク質のひとつです。細胞膜には、細胞外の物質のやり取りのため、さまざまな受容体タンパク質が存在しています。これらの受容体は、たくさん作りすぎて数を減らしたいときや、不要になったときの処理のされ方が違っています。たとえば、栄養物受容体は一度細胞内に取り込まれたあと、細胞膜表面に再び戻されリサイクルされます。一方、成長因子受容体は細胞内に取り込まれると、リサイクルされることなくリソソームというオルガネラに送られ分解されます。わたしたちの社会では、リサイクルされるゴミ、焼却場に送られるゴミ、というようにゴミを分別して処理していますが、同じような分別が細胞の社会の中でも起こっているのです。 モノユビキチン化が重要な役割を果たしているのは、この分別過程です。細胞内に取り込まれるとき、成長因子受容体はモノユビキチン化されており、このユビキチンをめじるしとして、初期エンドソームと呼ばれるオルガネラで分別が行なわれます(図1)。Hrsには、UIM(Ubiquitin interacting motif;ユビキチンと相互作用する領域)と呼ばれる20アミノ酸から成る領域があり、この領域がユビキチンと相互作用することによって分別を行なっています。その後、別のタンパク質の働きにより、成長因子受容体は最終的にリソソームに送られ分解されます。 らせんの両側に結合する2つのユビキチン KEK構造生物学研究センターの若槻壮市(わかつき・そういち)教授、平野聡(ひらの・さとし)博士らは、モノユビキチン化されたタンパク質がどのような仕組みで分別を受けるのか理解するため、分別タンパク質Hrsのユビキチン相互作用モチーフUIMとユビキチンの相互作用を、タンパク質の立体構造から明らかにしたいと考えました。分別タンパク質Hrsのユビキチン相互作用モチーフUIMとユビキチンの複合体の結晶は、フォトンファクトリー・アドバンストリングのタンパク質結晶構造解析ビームラインAR-NW12Aで行なわれました。 図2がその複合体の構造です。Hrs-UIMは1本のαヘリックスから成るシンプルな構造で、そのUIMをはさみ込むように2つのユビキチンが結合していました。これまでにも他のタンパク質でユビキチン相互作用モチーフとユビキチンとの複合体構造が解析された例はありますが、それらの結合比率は1対1の結合であり、今回のような1つのUIMに対して2つのユビキチンが結合している例は今までにない、全く新しい構造です。 さらに驚くべきことに、2つのユビキチンは、UIMの全く逆方向からはさみ込むように結合しているのにもかかわらず、非常によく似た結合パターンで結合していることがわかりました(図3)。 美しい繰り返し配列 なぜこのようにHrs-UIMは2つのユビキチンと相互作用できるのでしょうか? 秘密はHrs-UIMのアミノ酸配列にありました。 図4の中央の黒で書かれた文字はHrs-UIMのアミノ酸配列を表しています。Lはロイシン、Qはグルタミン、というように、アルファベットの1文字が1種類のアミノ酸に対応します。図4の緑色で示した部分は、このアミノ酸配列から、1つ目のユビキチン認識に関わる部分を抜き出したものです。同様に、水色で示した部分は2つ目のユビキチン認識に関わる配列です。水色はアミノ酸2つ分、緑色よりずれた位置にあります。しかも水色と緑色の配列を比べると、非常によく似ていることがわかります。特に結合に重要なアミノ酸を網付きであらわしていますが、網付きの部分は全く同じであることがわかるでしょう。 αヘリックスでは、アミノ酸2つ分ずれた部分は、もとのアミノ酸から見ると、ほぼヘリックス(らせん)の反対側にあたるのです。したがって、結合に必要なアミノ酸の2個後ろに同じアミノ酸があれば、ヘリックスの反対側にもうひとつ結合部位ができることになります。このHrs-UIMの2個ずらしても同じ配列という、美しい繰り返しの配列が2つのユビキチン結合を可能にしているのです。このような配列はすべてのUIMについて当てはまるわけではなく、通常のUIMは図4の緑色のようなモチーフは持っていますが、水色に相当する2つ目のモチーフは持っていません。このような通常のUIMを片面結合型UIMと呼ぶとすれば、Hrs-UIMのような配列をもつUIMは両面結合型UIMといえます。 なぜHrs-UIMは2つのユビキチン結合部位を持つのでしょうか。UIMとユビキチンの相互作用は非常に弱いことが知られており、1:1の結合だけでは分別が効率よく行なえないのかもしれません。また、Hrs-UIMで認識する対象タンパク質が、マルチ-モノユビキチン化されて多くのユビキチンを持つことから、Hrs-UIMが同時に2つのユビキチンと相互作用することにより、分別を正しく行なえるようになっていることが考えられています(図5)。 この研究は、科学雑誌 "Nature Structural & Molecular Biology" に掲載されました(オンライン版は2月5日に発行)。 捨てられるはずだった結晶 このタンパク質複合体の結晶を得たときのエピソードを平野博士に語ってもらいました。
タンパク質のきれいな結晶を得るために研究者は日夜たいへんな努力を積み重ねています。捨てられるはずのプレートから見つかった結晶から新発見が生まれるというのも努力の「結晶」なのかもしれませんね。
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