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「運び屋」キネシンの動くしくみ 2004.8.5 |
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〜 ATPのエネルギーを利用 〜 |
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生物の細胞の中には微小管という細長いチューブが放射状に張り巡らされていて、細胞はこの微小管を線路のように使って、細胞が生きていくために必要ないろんな物質を必要な場所へと運んでいます。 この「線路」の上を動く運び屋タンパク質のひとつに、キネシンがあります。キネシンについては、以前のニュースで一度ご紹介したことがありますが、そのときの主役のキネシンは、微小管線路を解体する「解体屋」の役割を果たす、いわば変わり者のキネシンでした。今日の主役のキネシンは、線路の上を動く正統派の運び屋キネシンです。 キネシンが微小管の上を「動く」仕組みについてはこれまではよくわかっていませんでしたが、KEKのフォトンファクトリーの放射光を使ってキネシンの結晶の構造を調べたことによって、この仕組みが明らかになりました。今日はそのニュースについてお伝えしましょう。 キネシンが動くためのエネルギー源 アデノシン三リン酸(ATP)は、すべての生物に普遍的に存在する生物のエネルギーのもととなる物質です。生体内で起こるさまざまな化学反応は、このATPからリン酸基が1個はずれてアデノシン二リン酸(ADP)に分解される(この反応は水分子が1個付加するので、加水分解と呼びます)時に生じるエネルギーを使います。 キネシンが動くときもATPを使っています。キネシンには、ATPをADPに加水分解する働きがあり、そのときに生ずる化学的エネルギーを力学的エネルギーに変換することでキネシン自体の構造を変化させて、微小管上を動くことができるのです。 それではいったいキネシンはATPを使ってどのように微小管の上を動いているのでしょうか? 東京大学大学院医学系研究科の仁田亮(にった・りょう)助手と廣川信隆(ひろかわ・のぶたか)教授のグループは、キネシンがATPを加水分解する「途中」の状態の結晶をいくつか作り、それぞれの構造を解析することによって、運び屋キネシンの動く仕組みを明らかにすることに成功しました。この研究は、7月30日に発行されたアメリカの科学雑誌「Science(サイエンス)」に発表されました。 ATPの加水分解で変わる構造 解析した結晶は、運び屋キネシンがATPを加水分解する直前のものがひとつ、直後のものがひとつ、そしてその途中のものが2つの、計4種類の状態です。この4つの状態の構造を比較したのが図1です。ほとんどの部分は4つの状態でほぼ同じ構造をとっていますが、一部形が変化する部分が見つかりました。図1の中で色を付けて示した、スイッチI(Switch−I)、スイッチII(Switch−II)と呼ばれる二つの領域が、ATPの加水分解中に構造が劇的に変わる領域です。加水分解直前は赤、加水分解中には青、緑と変化し、加水分解が終わると黄色で示した構造になります。 この構造変化は、キネシンが微小管上を動くのにどのように働いているのでしょうか? 運び屋キネシンと微小管の複合体を電子顕微鏡で観察した像を利用し、コンピュータ上で運び屋キネシンがどのように微小管に結合しているのか解析してみると(図2)、反応中で構造を大きく変える部分の中のスイッチIIという領域が微小管との結合に大きく関わっていることが分かりました。 スイッチIIは、図2では黄色であらわされたα4ヘリックスというらせん状の部分と、その両端のループ領域(L11:図2赤;L12:図2緑)で構成されています。運び屋キネシンは、加水分解直前(図2の一番上)は左側のループL11(赤)によって微小管と強く結合しています。加水分解が始まると、そのエネルギーを利用して、L11が微小管から剥がされ(図2の2番目)、一時微小管から離れます(図2の3番目)。そして加水分解が終わると、今度は右側のループL12(緑)によって微小管と結合します(図2の一番下)。 この結合は、微小管のE-フック(E−hook)と呼ばれる「ヒモ」のような部分と結合するため、この状態の運び屋キネシンは微小管上を(ブラウン運動により)ふらふら行ったり来たりします。 この後に運び屋キネシンがどうやってADPを放出するかはまだ詳しくはわかっていませんが、廣川教授のグループで行った一分子解析という方法によって、運び屋キネシンはADPを放出する際、微小管のプラス端側(進行方向)へ向いながら微小管に強く結合することが明らかになっています。この後、再びATPが結合すると、また新しいサイクルが始まります。 キネシンの動き方とATP 運び屋キネシンが動くメカニズムをまとめると、こんなイメージになります。キネシンの線路である微小管上には、キネシンが結合できる場所が8ナノメートル(8×10−9メートル)おきに等間隔で点在しています。キネシンはATPの加水分解前にはこの結合部位の一つにL11というループによって強く結合しています。加水分解が始まると、キネシンはそのエネルギーを使ってこの強い結合を解き一時的に微小管から離れます。加水分解が終わると、今度は別のループのL12により微小管と緩く結合し、微小管上をふらふら行ったり来たりしながら次の結合部位を探します。そしてADPを放出する際に、一つ先(プラス端側)の結合部位に進みながら、ここでまた強く結合します。キネシンはこのくり返しにより微小管とくっついたり離れたりしながら微小管上を目的の方向(プラス端側)に進んでいくのです(図3(A))。 キネシンはATPの加水分解のエネルギーを利用することで能動的に微小管との結合を解き、また新たな加水分解のサイクルが起こることを可能にしていることが分かります。このような標的分子(キネシンの場合、微小管)からの能動的解離はキネシンだけに限られたものではなく、Gタンパク質、タンパクキナーゼ等、他の加水分解酵素にも共通してみられる現象です(図3(B))。生物は、この種を超えて共通したエネルギー利用の機構を用いて、ある時はシグナル伝達に、ある時は物質輸送にと、実に巧妙に使い分けながら進化を遂げて来たのでしょう。 また、今回の研究はナノモーターやナノマシーンと呼ばれる分子レベルでの動く機械の設計に大きく貢献するものであり、将来、ナノマシーンを使った病気の分子レベルでの治療法の開発につながるかもしれません。研究の夢は大きく膨らみます。
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