わたしたちの身体はすべて細胞からできています。細胞の内部では遺伝子の情報をもとにタンパク質が作られたり、電気信号を伝えたりしています。これらの生命のいとなみをささえるためには細胞内部でいつもさまざまな物質が効率良く運搬される仕組みが必要です。細胞内の物質の運搬の仕組みと密接にかかわっている微小管が細胞の中でどのような仕組みで組み替えられていくのか、そんな謎に迫る研究がKEKの放射光研究施設の高性能ビームラインNW12を使った実験で明らかになりました。
細胞に張りめぐらされた「線路」微小管
生物の細胞の中には、微小管という、細長いチューブのような形をしたタンパク質が骨格のようにはりめぐらされています。理科の教科書などで、細胞分裂の顕微鏡写真を見たことがありますか? 染色体を両側にひっぱっている無数の糸のような紡錘糸の正体は微小管です。微小管は細胞の中で2つの極を作るように配置し、細胞分裂を起こすような運動をつくりだしているのです(図1)。
細胞分裂の時以外にも、微小管は重要な役割を果たしています。通常、微小管は、細胞の中心から周辺部に向かって、放射状にはりめぐらされているのですが、これが細胞内の物質輸送の「線路」の役割を果たしています。神経細胞では軸索という長い(1mを超えるものもあります)突起部分がありますが、細胞体で作られたタンパク質は、微小管の線路の上を運ばれることによって、細胞の機能を果たしているのです。
微小管線路の上を走る貨物列車は、これまでに何度も紹介してきた「運び屋」タンパク質の仲間です。今回は、微小管を走る運び屋タンパク質のひとつであるキネシンのお話です。キネシンは、酵母菌のような単細胞生物からヒトまで広く存在する運び屋タンパク質で、ヒトやマウスでは45種類ものキネシンがあることがわかっています。
これらの大部分のキネシンは、運び屋として、細胞内で重要な役割を担っていますが、中には変わり者のキネシンもいます。今回の主役のキネシンもそんな変わり者のキネシンです。このキネシンはタンパク質を運ぶ代わりに、微小管の線路を壊す「解体屋」の仕事をしているのです。
変わり者、解体屋キネシンの謎
この解体屋キネシンは、モーター領域が分子の中央にあるMキネシンと呼ばれるもので、多くのキネシンが微小管の線路の上を動くのに対して、微小管を壊す働きがあることがこれまでの実験から指摘されてきました。しかし、他の運び屋キネシンと構造がよく似ているのに、なぜこのMキネシンが微小管を壊す働きを持つのか、これまで世界中の研究者の疑問でした。東京大学大学院医学研究科の大学院生の小川覚之(おがわ・ただゆき)さんおよび廣川信隆(ひろかわ・のぶたか)教授のグループは、KEKの放射光研究施設において、この解体屋キネシンの立体構造を調べることによって、微小管を解体する仕組みを世界で初めて明らかにしました。
特殊な構造で微小管の端に結合
解体屋キネシンの立体構造を、運び屋キネシンの立体構造と比較してみたのが図2です。解体屋キネシンには「Neckヘリックス」と「KVDフィンガー」という、運び屋キネシンとは大きく異なった構造があることがわかりました。また、「Neckヘリックス」や「KVDフィンガー」に突然変異を起こさせた解体屋キネシンは、細胞内で微小管を壊すことができないことも示しました。これはまさに、これらの構造が解体屋キネシンの解体作業に不可欠な構造であることを示しています。
次に、廣川教授らは、NeckヘリックスやKVDフィンガーがどのように微小管に作用しているかを確かめるため、コンピュータ上で、解体屋キネシンと微小管とのドッキングシミュレーションを行いました。微小管は、まっすぐなチューブのような構造をしていますが、両端だけは外側に反り返って丸みを持った構造をとっています(図3)。微小管の線路を走る運び屋キネシンは、まっすぐなチューブ状の構造によくフィットするような微小管結合面を持ち、これにより微小管の上を動くことが可能になります。ところが、解体屋キネシンの微小管結合面は、まっすぐな微小管の表面よりも、微小管の端の曲がった部分によくフィットすることが分かりました(図4)。すなわち解体屋キネシンは、まっすぐな微小管の上では微小管の線路の上をすべるように微小管の端まで移動し、微小管の端の曲がった部分に来てはじめて微小管と強く結合します。このとき、Neckヘリックスは微小管の側面の結合を切り、KVDフィンガーは微小管の曲がった構造を安定にする役割を果たします。このようにして、解体屋キネシンは、微小管の端の不安定な構造を曲げて、線路の端を解体しているのです(図3、4、5)。この研究は、アメリカの科学雑誌「Cell(セル)」の2月号に発表されました。
細胞分裂の仕組みにせまる
ところで、微小管の解体は、細胞にとってどのような意味があるのでしょうか? 最初に細胞分裂のお話をしましたが、微小管が非常にダイナミックな動きをして細胞の分裂を起こしていましたね。微小管は、解体され、新しく作り直されることによって形を刻々変え、細胞分裂を起こす力をうみだしているのです。解体屋キネシンは、細胞の分裂や増殖に、大きな役割を果たしているのです。
今回の発見は、微小管の解体の仕組みを明らかにしたことだけでなく、解体屋キネシンの働きを抑えることによってガン細胞の増殖を止めるような、立体構造を用いた新しい抗ガン剤の開発につながる可能性を秘めています。また、神経疾患をはじめとした、数多くの微小管に関連した病気の治療法の確立にも大きく役立つと考えられ、世界の注目を集めています。
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[図1] |
細胞分裂の模式図。微小管(緑)のはたらきによって細胞が分裂する。 |
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[図2] |
解体屋キネシンKIF2と運び屋キネシンKIF1Aの比較。両方に共通する部分は灰色、大きく構造が異なった部分を赤(解体屋キネシンKIF2)と黄色(運び屋キネシンKIF1A)で示している。解体屋キネシンでは、NeckヘリックスとKVDフィンガーが運び屋キネシンとは大きく異なっており、ともに微小管側に突き出していることがわかる。(画像提供:東大大学院医学系研究科細胞生物学講座) |
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[図3] |
微小管とその端に結合する解体屋キネシンKIF2。解体屋キネシンは、まっすぐな微小管の上では微小管の上をすべるように端まで移動し、端の曲がった部分にきてはじめて微小管と強く結合する。(画像提供:東大大学院医学系研究科細胞生物学講座) |
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[図4] |
微小管の曲がった構造と解体屋キネシンKIF2の表面構造がフィットしていることをあらわした図。解体屋キネシンが微小管の端に結合すると、Neckヘリックス(緑)は微小管の側面の構造を切り、KVDフィンガー(赤)が微小管の曲がった構造を安定化する。そして、L8ループと呼ばれる部分(青)と微小管との強い結合によって、微小管はチューブリンと呼ばれるユニットに分解される。(画像提供:東大大学院医学系研究科細胞生物学講座) |
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[図5] |
解体屋キネシンKIF2による微小管の解体のモデル。解体屋キネシンが微小管の側面に乗る(A)。解体屋キネシンは、細胞内エネルギー物質ATPのエネルギーにより運動を始めるが、Neckヘリックス(緑)が邪魔をするため、微小管の側面ではしっかりとした結合ができない(B)。解体キネシンが微小管の端に到達すると、微小管の曲がった構造と結合し、微小管をチューブリンと呼ばれるユニットに解体していく(C,D)。(画像提供:東大大学院医学系研究科細胞生物学講座) |
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