今回の話題はこれまでに何度かお話ししてきた細胞内の運び屋タンパク質GGAの構造と機能についての研究です。運び屋タンパク質GGAは3つの部分構造(ドメイン)から成り立っていますが(図1)、積み荷の荷札を確認するVHSドメイン、耳のような形のGAEドメインについては、このホームページですでに、「細胞内の運び屋タンパク質〜積荷の現場を捉えた〜」と「運び屋タンパク質の耳〜立体構造を決定〜」でそれぞれ紹介しました。今日は、最後まで立体構造の分かっていなかった中央のGATドメインのお話です。
足場を固定して働く運び屋タンパク質
細胞の中には膜によって仕切られた小部屋(オルガネラ)があり、それぞれのオルガネラは細胞の基本的活動が営まれている現場です。GGAが働く現場は、トランス・ゴルジ・ネットワークと呼ばれるオルガネラで、ここは細胞の中を運ばれる物資が仕分けされる大事な場所です。細胞の中を仕切っている膜は、水になじみにくい脂質が二層向かい合って重なった二重膜構造をしています。運び屋タンパク質GGAが膜にドッキングするときには、ARFと呼ばれる仲介役のタンパク質の助けを借ります。ARFには、ちょうど船の「いかり」のように脂質がついています。ARFはこのいかりを脂質二重膜に突き立てることによって、膜に固定されます。運び屋タンパク質は、こうして膜に固定されたARFと結合することによって、働く現場に足場を作ることができるのです。
GATドメインの役割
それでは、運び屋タンパク質GGAはどうやってARFと結合するのでしょうか。実は、中央にあるGATドメインがその大事な役割を担っています。GATドメインが仲介役のタンパク質であるARFと結合し、足場をしっかり固定する仕事をしているのです。GATドメインの立体構造はこれまで分かっていませんでしたが、今回、ARFとGATドメインが合体した複合体の立体構造が、KEKの若槻壮市教授を中心とする構造生物学グループにより、放射光研究施設(フォトンファクトリー)の放射光を用いて明らかにされました。これにより、運び屋タンパク質GGAの膜へのドッキングのメカニズムが解明されました。この研究成果は、アメリカの科学雑誌「Nature Structural Biology (5月号)」で掲載されることになり、オンライン版ではすでに4月8日に発表されました。このGATドメインの構造は、他の2つのグループ(英国ケンブリッジのMRCのグループ、米国NIHのグループ)もほぼ同時に構造を決定しましたが(図3)、ARFとの複合体を決定したのは、KEKのグループのみです。
GATドメインの構造とARFとの複合体の構造
GATドメインのみでは、図2aに示したように、3本のらせん状の部分(アルファ・ヘリックス)で構成されています。1番目のらせんは、他のらせんに比べるとおよそ2倍の長さをしています。また、点線で示した部分は、一定の構造をとっていない部分です。図2bには、GATドメインの一部(ARFと相互作用する部分)とARF1の複合体の構造を示しました。赤色で示してある部分が共通の部分で、その部分を重ね合わせたのが図1の点線で囲まれた部分です。ARFと複合体を形成すると、一定構造をとっていなかった部分が、2本のらせん、アルファ・ヘリックスを形成しています。このほぼ平行な2本のアルファ・ヘリックスでARFを認識する様式は、他のARFと相互作用するタンパク質では見られておらず、今回初めて発見された認識様式です。図4に示したように、GATドメインがARFタンパクの凹凸を非常によく認識する構造をとっていることがわかります。
運び屋タンパク質の立体構造研究の重要性
細胞内での物質の輸送は細胞活動を支える原点であり、細胞内の物質輸送を支配しているタンパク質の役割を明らかにすることは細胞の活動を知る上で非常に重要です。細胞内輸送に関係した運び屋タンパク質に異変が起き、誤った場所にタンパク質が輸送されることから起こる病気も多数知られています。従って、細胞内輸送に関係したタンパク質の機能と構造を理解する研究は、生物学的に興味深いだけでなく医学的な見地からも非常に重要であると考えられます。今回の報告で、運び屋タンパク質GGAの3つのドメイン構造がすべて決定されたことになり、それぞれのドメインがそれぞれの役割を見事に果たしていることが示されました。またARFとの複合体の構造から、運び屋タンパク質の仲介役の別のタンパク質を介した膜への結合様式が初めて解明されました。
このように、加速器の生み出す放射光を用いてタンパク質の立体構造を決定することにより、私たちの生命活動を支えるタンパク質の機能を解明する研究もKEKの重要な活動になっています。
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ
→放射光研究施設のwebページ
http://pfwww.kek.jp/indexj.html
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[図1] |
この図は、GGA1タンパク質と他の輸送に関わるタンパク質との相互作用を表しています。GGA1タンパク質は、上の囲みの中の図のように3つのドメインから成っています。今回明らかになったのは、赤色の点線で囲まれているGGA1のGATドメインとそのN末端領域とARFとの複合体の立体構造です。 |
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[図2] |
この図は、GGA1タンパク質のGATドメイン(a)とそのN末端領域とARF1との複合体(b)のステレオ図です。右目で右の絵を、左目で左の絵を見るようにすると、2枚の絵が重なって立体に見えてきます。どうしてもうまく見えない方は、PDFファイルを印刷して同じことをやってみてください。
GATドメイン単体では、3本のアルファ・ヘリックスから構成されており、N末端の領域は一定の構造をとっていないと考えられます。また、ARF1との複合体では、そのN末端領域は、2本のアルファ・ヘリックスの構造を形成し、ARF1と相互作用しています。 |
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[図3] |
この図は、ほぼ同時に独立に3つのグループで構造解析されたGGA1のGATドメインの構造を比較したステレオ図です。青色は、KEKのグループの構造で、緑色は、英国(ケンブリッジ大学)のグループの構造で、赤色が米国(NIH)のグループの構造です。図の点線で囲った部分以外はほほ同様の構造をしています。 |
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[図4] |
この図は、GATドメインとARF1の相互作用を膜の上から見た様子を表しています。ARF1の分子は、表面を半透明の灰色で示し、相互作用しているアミノ酸の側鎖を水色で示してあります。また、GATドメインの方は、赤色で示し、相互作用に関与している残基の側鎖を黄色で示しています。GATドメインは、ARF1の凹凸を非常に良く認識していることが分かります。 |
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