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last update:04/12/16  

   image 院内感染菌のなぞにせまる    2004.7.1
 
        〜 緑膿菌の薬剤排出ポンプの構造 〜
 
 
  最近、新聞やテレビなどで「院内感染」が問題になっています。院内感染とは、病院内で細菌やウィルスに感染することをいいます。病院で治療を受けている患者が病院で(もとの病気とは別の)感染症にかかったり、病院で働く人が感染症にかかったりすること全てを「院内感染」と呼んでいます。病気を治すための病院で病気にかかるなんて、大変困ったことですね。

今回のニュースは、院内感染の原因となる菌のひとつである「緑膿菌(りょくのうきん)」が持つ「薬剤排出ポンプ」タンパク質の構造を、放射光を使った構造解析によって明らかにする挑戦のお話です。

院内感染原因菌のやっかいな性質「多剤耐性」

どうして院内感染が起こるのでしょうか? 病気を治療している患者さんは、免疫機能が低下していることが多く、通常健康な人には感染しない細菌やウィルスが感染してしまい、病気を引き起こすことがあります。また、感染症の治療をしている患者さんは、菌を殺すための薬として抗生物質を投与されていますが、抗生物質を長い間使っていると、突然変異によって抗生物質の効かない病原菌ができてきてしまいます。いったんこのような「薬剤耐性菌」に感染してしまうと、抗生物質が効かないのですから大変なことになります。

院内感染の原因として問題になっているMRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)という菌の名前は聞いたことのある方も多いかもしれません。今回の主役の緑膿菌もMRSAと同様に院内感染の原因となる菌です。緑膿菌もMRSAも、健康な人に感染しても問題のない毒性の低い細菌なのですが、免疫力が低下している患者に感染すると、感染症を起こすことがあります。そして、これらの細菌の最も恐ろしい性質は「多剤耐性」です。多剤耐性とは、文字どおり、複数の薬剤に対する耐性を持つということです。感染症にかかった患者を治療しようと抗生物質を与えても効き目がなく、他の抗生物質に変えてもやっぱり効かない。こうして10種類以上の抗生物質を使っても菌を殺すことができず、残念ながら亡くなってしまう患者さんも少なくないということです。

薬剤をくみ出すポンプ

それではこの多剤耐性という性質はどのようなメカニズムで起こっているのでしょうか。緑膿菌は、グラム陰性菌という細菌の仲間で、通常の細胞膜の外側に「外膜」と呼ばれる膜があり、外膜の裏側はペプチドグリカンという格子構造で裏打ちされ、細菌の形態を保つはたらきをしています。外膜と区別するために、内側の細胞膜を「内膜」と呼んでいます。内膜と外膜の間には「ペリプラズム」と呼ばれる空間があり、ここには、細胞の機能を発現するためのたくさんの酵素が存在します。抗生物質がはたらくためには、この複雑な膜構造を通って、薬剤が細菌の細胞内に入っていかなくてはなりません。

細菌が薬剤耐性になる原因としては、図1のようにいろいろな原因が考えられます。その中でも主要な原因と考えられているのが、「薬剤排出ポンプ」です。緑膿菌には、細胞内に入った抗生物質を細胞の外にくみ出す薬剤排出ポンプがあることが知られています。菌が抗生物質にさらされると、この薬剤排出ポンプが過剰につくられ、抗生物質をどんどん細胞の外に出してしまうのです。この薬剤排出ポンプは、物質を運ぶ「運び屋タンパク質」の仲間ですが、多くの運び屋タンパク質が決まった物質しか運ばないのに対し、薬剤排出ポンプはたくさんの種類の物質を運ぶことができます。この特徴が多くの薬剤に対する耐性を持つ「多剤耐性」という性質につながっているのです。

緑膿菌の薬剤排出ポンプは、3つの膜タンパク質から成っていて、内膜と外膜を貫いていると考えられています(図2)。ひとつめのMexBタンパク質は、内膜に存在し、抗生物質の選別などを行っています。2つめのOprMタンパク質は、外膜に存在し、抗生物質が細胞から出て行く段階を助ける仕事をしています。そして最後のひとつが、これらのポンプタンパク質を束ねてポンプを形成すると考えられているMexAタンパク質です。しかしこれらのタンパク質がどのように複合体を作り、どういった仕組みで薬剤排出機能を果たしているかは全くわかっていませんでした。このポンプは非常に大きなタンパク質複合体で、結晶構造解析によって精密な構造を知るのは難しかったからです。ところが、最近放射光を用いた高性能のタンパク質結晶構造解析ビームラインができてきて、今まで困難だと思われてきた大きな複合体の構造が少しずつ解析できるようになってきました。

東海大学医学部の中江太治(なかえ・たいじ)教授の研究グループは、大阪大学蛋白質研究所の中川敦史(なかがわ・あつし)教授の研究グループと共同研究を行い、緑膿菌の薬剤排出ポンプの3つのタンパク質の構造解析に取り組んでいます。構造がわかることによって、ポンプがどのように機能しているか、だんだん謎が解けてきました。ここでは、最近明らかになったMexAタンパク質の構造についてお話します。この研究はアメリカの科学雑誌「The Journal of Biological Chemistry」の6月18日号に発表されました。

強い相互作用で作られた筒の構造

構造を決めるための実験は、KEKのフォトンファクトリー(放射光科学研究施設)とSPring-8の2つの放射光施設で行いました。そのうち、構造決定には欠かせない位相を決めるためのデータは、高性能ビームラインAR-NW12で測定したものです。

データを解析したところ、このタンパク質の単量体は、図3のような構造をしていることがわかりました。αヘリックスと呼ばれるらせん構造が2本ヘアピンのように並んだαドメインと、βシートと呼ばれる構造でできたβドメインの間に折れ曲がった構造があり、全体的に「鎌」のようなかたちをしています。このような構造は今までに解析されたタンパク質にはなかった全く新しい構造です。

また、タンパク質全体の構造は、この単量体ユニットが13個も規則的に並んだ巨大な集合体であることがわかりました(図4)。13個のタンパク質は、らせんを描くような格好で次々と並んで、筒のような構造をつくり、筒の中央部分にはαドメイン、そして両端は、折れ曲がり構造のために少し開いたじょうごのようなかたちをしています。鎌のような構造のタンパク質の単量体がこうやってらせん状に並ぶことによって、しっかりとした筒の構造ができていることがわかります。この13量体の構造は、結晶内だけで見られるもののようですが、単量体同士が互いに強い相互作用をするということが、薬剤排出ポンプの構築に重要だと考えられます。

薬剤排出ポンプの全体像

それでは、3つのタンパク質はどのような構造でポンプの役割を果たしているのでしょうか? この問いにはっきりとした答えを出すには、3つのタンパク質の複合体の結晶の構造解析の結果を待たなくてはいけないのですが、現在では図5のような構造が予測されています。MexAタンパク質は、単独で作られた結晶構造とは少し違っていると予想されていますが、基本的には同じ作り方で中空の筒を形づくり、ポンプ全体を束ねています。

薬剤排出ポンプの構造が明らかになることによって、このポンプを働かないようにする仕組みについて考えることができるようになるでしょう。いずれ薬剤耐性菌を克服できるようになる日も遠くないかもしれません。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光研究施設のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学グループのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
→東海大学のwebページ
  http://www.pr.tokai.ac.jp/
→東海大学の薬剤排出ポンプ蛋白構造解析に関するwebページ
  http://www.pr.tokai.ac.jp/japan/pump_structure/

 
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[図1]
緑膿菌における薬剤耐性となる因子。抗生物質は、細菌の複雑な膜構造をとおり細胞の中に入って初めて効果をあらわす。ところが、外膜の透過性の低下、薬剤や標的の変化、薬剤排出ポンプによる薬剤の排出などによって、抗生物質の効果が低下し、薬剤耐性という性質があらわれる。
拡大図(24KB)
 
 
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[図2]
緑膿菌の薬剤排出ポンプ。3つのタンパク質が複合体を作ってポンプを形成していると考えられているが、詳しい構造はわかっていなかった。
拡大図(31KB)
 
 
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[図3]
MexAタンパク質の単量体の構造。
拡大図(20KB)
 
 
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[図4]
MexAタンパク質全体の構造。
拡大図(73KB)
アニメGIF(783KB)]
AVIムービー(4.6MB)]

ムービーを見るには
QuickTime Player  か  RealPlayer
のプラグインが必要です。
 
 
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[図5]
MexAタンパク質の構造から予測される薬剤排出ポンプの全体の構造。赤〜オレンジで示される内膜に結合したMexBタンパク質が細胞内から薬剤を選んで運び出し、緑色で示した外膜に存在するOprMタンパク質が薬剤を細胞の外に排出すると考えられている。MexAタンパク質は、これらをつなぎ合わせる役目を持つと考えられているが、単に「つなぎ」として以外の役目も担っている可能性もある。
拡大図(67KB)
 
 
 

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