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小さな働き者SUMO(スモ) 2005.6.23 |
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〜 大きな構造変化でタンパク質の機能をスイッチング 〜 |
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わたしたち人間を含めた生物は、タンパク質のおかげで、さまざまな複雑な生命活動を行っています。最近、タンパク質の構造が次々と明らかになり、タンパク質がどのようにして複雑な仕事をしているのか、わたしたちの想像を越えるような巧妙な仕組みが、原子・分子のレベルでわかるようになってきました。 ひとつのタンパク質がいろいろな仕事をしたり、一連の反応の中で次のステップに進むために機能を変えたりするのに、タンパク質は状況に合わせていろいろな「飾り」をつけます。これをタンパク質の「翻訳後修飾」と呼んでいます。 今日お話しする「SUMO(スモ)」という名前のタンパク質は、それ自体が直接生命活動を行うわけではなく、他のタンパク質の「飾り」としてタンパク質の機能をコントロールする、縁の下の力持ちです。 ユビキチンによく似た小さなタンパク質 SUMOという名前は耳慣れていなくても、2004年のノーベル化学賞の受賞対象となった「ユビキチン」は聞いたことがある方も多いでしょう。SUMOはユビキチンに構造がよく似た小さなタンパク質としてSmall Ubiquitin-like Modifier「小さなユビキチン様修飾因子」と名付けられました。ユビキチンは、その名前がubiquitous(ユビキタス、広く存在する)から来ているように、ヒトから酵母菌まで広く存在していますが、SUMOも同じようにいろいろな種にわたって存在しています。SUMOは、ユビキチンのようにタンパク質の分解のシグナルとしての働きはありませんが、SUMOが他のタンパク質に結合し、そのタンパク質の機能をコントロールしているさまざまな例がわかってきました。 そのひとつが、DNAの傷を治す「外科医」チミンDNAグリコシラーゼが行う「DNAの外科手術」の過程です。 DNAの外科医 私たちの体の設計図であるDNAは、紫外線、X線や、有害な食物、環境汚染、または呼吸の結果生み出される活性酸素といった様々な要因によって絶え間なく損傷を受けています。DNAが損傷を受けるということは、DNAに書かれている情報が正しく伝わらなくなるということであり、癌や老化や様々な病気が引き起こされたりします。 しかし、細胞には、こういったDNAの損傷を直してくれる頼りになる「お医者さん」であるDNA修復タンパク質が存在し、細胞を守っています(図1)。チミンDNAグリコシラーゼ(Thymine DNA Glycosylase, TDG)はDNAのお医者さんタンパク質のひとつで、ゲノムDNAの中に間違って生成した塩基を見つけ、切り取る働きをしています。その後に働く別の修復タンパク質とともに、壊れたDNA部分を外科手術的に直す「塩基除去修復」と呼ばれる機構の、いちばん最初に働くタンパク質です。外科手術にたとえると、TDGは、病変箇所(塩基)を見つけ出し、その部分にメスを入れて切り取る働きをします。 この外科医タンパク質は、病変箇所を見つけてメスを入れるだけではありません。メスを入れられて、塩基が切り取られた状態のDNAはとても不安定で、放っておくとDNA鎖の切断といった、細胞にとってたいへん危険な状況に陥ります。チミンDNAグリコシラーゼは、次に働く別の外科医タンパク質が来るまで、塩基がなくなってしまったDNAに結合して、その部分を保護しています。外科手術でいうと、メスを入れた患部を止血しながら保護するようなものです。ふつう、酵素タンパク質は作用した分子からは速やかに離れて行くので、この外科医タンパク質はたいへんめずらしい性質を持っているといえます。 それでは、TDGはどのような仕組みでDNAから離れて、次の外科医タンパク質にバトンタッチするのでしょうか? 最近の研究で、この仕組みにSUMOが重要な役割を果たしていることがわかってきました。SUMOが外科医TDGに化学的に(共有結合で)に結合すると、TDGはDNAから離れるのです。では、SUMOはどのようにして、TDGからDNAを引き離しているのでしょうか? SUMOが結合すると大きな構造変化が起こる 京都大学大学院工学研究科の白川昌宏(しらかわ・まさひろ)教授のグループは、KEKフォトンファクトリーのBL-6Aで、SUMOが結合した状態の外科医タンパク質TDGの立体構造を調べました。 SUMOが化学的に結合することにより、外科医タンパク質TDGの一部に大きな変化が起こっていることがわかりました。図2のオレンジ色の部分に、らせん状の部分があります。この部分が表面に突き出し、外科医タンパク質TDGに結合しているDNAとぶつかるために、DNAは「てこ」で弾かれるようにTDGから離れて行くようです。 どうしてこのような大きな構造変化が起こるのでしょうか? 構造をよく見てみると、SUMOは化学的に(共有結合で)外科医タンパク質TDGに結合しているだけでなく、SUMOの一部とTDGの一部で「βシート」と呼ばれる構造を作っていることがわかりました。βシートはタンパク質の取る高次構造のひとつで、となり合った鎖とは水素結合で固定されています。2か所で固定された結果、その間にうまい具合に「てこ」の役割をするらせんができているのです。 コンピュータ上で、SUMOが結合したTDGにDNAを重ね合わせてみると、図3のようにTDGの一部の突き出した部分(オレンジ)がDNA(赤)にぶつかることがわかりました。 SUMOがつくるタンパク質の多様性 このように、SUMOが結合することによって大きな構造変化が起こり、タンパク質の機能をスイッチングしているというSUMOの役割は、今までには知られていませんでした。SUMOはさまざまなタンパク質に結合して、タンパク質の機能を調整する役目を果たしていますが、同じようなメカニズムで働いている可能性があります。 ヒトゲノム計画の結果、ヒトの遺伝子は2万から2万5千程度と、予想よりずっと少ない数であることがわかりました。これはひとつの遺伝子が複数の働きをするという、効率の良い仕組みがあるからでしょう。SUMOはそんなタンパク質の多様な世界を担う小さな働き者なのです。 この研究は、2005年6月16日発行のNature誌に掲載されました。 |
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