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last update:05/04/07  

   image 遺伝子のスイッチを入れるタンパク質    2005.4.7
 
        〜 RNAのステム・ループをほどく三角形 〜
 
 
  生命を形作るための「設計図」をすべて納めている遺伝子。生命活動を担うタンパク質を作りだす時、遺伝子は「転写」という仕組みを用いて自らの設計図の情報をメッセンジャーRNA(mRNA)に複製します。転写は、タンパク質が正しく作り出されるために必要な最初のステップで、あらゆる生物に共通の重要な過程なので多くの研究者の興味を集めています。 この転写を調節するしくみの一つが最近、KEKのフォトンファクトリーを使って明らかになりました。今日は遺伝子の「スイッチを入れる」タンパク質についてご紹介しましょう。

転写を止めるRNAのステム・ループ

枯草菌(こそうきん)という納豆菌の仲間の細菌は、栄養が足りなくなると、アミノ酸の一種(ヒスチジン)分解し、生じた炭素と窒素をエネルギー源として用いるしくみを持っています。このヒスチジンを分解する酵素の転写のスイッチを入れるタンパク質「HutP」が今回のお話の主役です。

遺伝子には、それぞれのタンパク質の設計図がバラバラに書かれているのではなく、同時に働くタンパク質の遺伝子はひとまとまりになって書かれています。このひとまとまりの遺伝子を「オペロン」と呼び、オペロンはひとつながりのmRNAとして転写されます。

ヒスチジン分解酵素のオペロンはHutオペロンと呼ばれます。Hutとはhistidine utilization(=ヒスチジンの利用)の略で、ヒスチジン分解酵素の遺伝子群が5つと、このオペロンの転写のスイッチを入れるタンパク質の遺伝子hutPの情報が書かれています(図1)。HutオペロンのmRNAには、スイッチタンパク質の遺伝子とヒスチジン分解酵素の遺伝子群の間に、「ステム・ループ」という二本鎖構造を取る部分があることが知られていました。RNAはDNAとは異なり基本的は一本鎖ですが、同じ鎖の中で部分的に二本鎖の構造を取る部分があり、その形からステム(「幹」の意味)ループと呼んでいます。

ステム・ループ構造はmRNAにとって重要な意味を持っています。RNAがステム・ループ構造を取ると、RNAポリメラーゼはその部分で転写を停止するからです。Hutオペロンでは、ヒスチジン分解酵素の設計図が書かれた部分の上流にステム・ループがあるので、設計図自体を読み出さないようになっています。

Hutオペロンの最初に書かれている遺伝子の産物であるスイッチタンパク質HutPは、このステム・ループ構造を変化させて、下流の遺伝子の読み出しスイッチを入れるのではないかと考えられていました。そこで、産業技術総合研究所(つくば市)のペンメチャ K.R.クマール(P.K.R.Kumar)主任研究員らのグループでは、スイッチタンパク質がどのようにしてRNAの構造を変化させて、遺伝子のスイッチを入れているのか、フォトンファクトリーの放射光を用いたX線結晶構造解析で調べました。

ステム・ループから三角形へ

クマール博士らは、スイッチタンパク質HutPとRNA、ヒスチジン、マグネシウムイオン(Mg2+)の複合体の構造を、KEKフォトンファクトリーの高性能タンパク質構造解析ビームラインNW12を用いて調べました。調べたのは次の4種類で、これらがどのように構造を変えているかを、原子レベルで細かく探りました。

・ スイッチタンパク質単独
・ スイッチタンパク質+ヒスチジン
・ スイッチタンパク質+ヒスチジン+マグネシウムイオン
・ スイッチタンパク質+ヒスチジン+マグネシウムイオン+RNA

このスイッチタンパク質は図2のように二量体が三角形に3つつながった6量体を取ることがわかりました。また、4種類の試料の構造を比較した結果、ヒスチジンとマグネシウムイオンが加わるとスイッチタンパク質は構造を大きく変えることもわかりました(図3)。

構造を変えたスイッチタンパク質は、RNAの中のUAGという配列を特異的に認識して結合しています。ちょうどこのUAG配列が適当な間隔で並んでいる配列のRNAを入れると、RNAは、3つならんだ二量体に沿うかたちで、美しい三角形のかたちを取ることがわかりました(図4)。

これらのタンパク質の構造の情報から、スイッチタンパク質がステム・ループ構造を変化させて転写のスイッチを入れるしくみは、図5のように行われていると考えられます。ヒスチジンとマグネシウムイオンが取り込まれることによって、スイッチタンパク質6量体は構造を変え、RNAのステム・ループをほどいて三角形の構造に変えることにより、転写がここで止まらず下流のヒスチジン分解酵素の設計図の読み出しまで進むのです。

Hutオペロンのステム・ループには、スイッチタンパク質が認識するUAG配列が3ヶ所並んだ配列を持つ部分が2ヶ所あります。6量体は表と裏にそれぞれスイッチタンパク質が三角形に並んでいるので、最初の部分が表、次の部分が裏にそれぞれ結合し、まるで糸巻きに糸をまくようにステム・ループをほどいているのでしょう(図5(5))。

この研究の成果は、英国の科学雑誌Natureの2005年3月10日号に掲載されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

  →放射光研究施設のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
  →構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
  →産業技術総合研究所のプレス発表記事
  http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2005/
pr20050316/pr20050316.html

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[図1]
枯草菌hutオペロン
拡大図(21KB)
 
 
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[図2]
スイッチタンパク質HutPとL-ヒスチジン、マグネシウムイオン(Mg2+)、RNAの複合体の2量体の構造。黄緑、深緑で描かれているのがスイッチタンパク質。L-ヒスチジンおよびRNAはball-and-stickモデルで描かれている。黄色い球はマグネシウムイオン。
拡大図(66KB)
 
 
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[図3]
青:スイッチタンパク質
赤:スイッチタンパク質+ヒスチジン
ピンク:スイッチタンパク質+ヒスチジン+Mg2+
水色:スイッチタンパク質+ヒスチジン+Mg2++RNA
青と赤はあまり構造が変わっていないが,ピンク・水色は青・赤から構造が大きく変わっていることがわかる。
拡大図(115KB)
 
 
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[図4]
6量体のスイッチタンパク質の構造(片面から見ている)。緑色のリボンモデルがスイッチタンパク質HutP,球状に描かれているのがRNA。
拡大図(88KB)
 
 
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[図5]
スイッチタンパク質が遺伝子のスイッチを入れるしくみ。
(1) スイッチタンパク質6量体。黄色がヒスチジンの結合部位。
(2) L-ヒスチジンが結合。
(3) さらにMg2+が結合し、スイッチタンパク質の構造がかわる。
(4) RNAと結合し、複合体を形成する。RNAは三角形に構造変化する。
(5) 2ヶ所の結合部位でRNAと結合し、6量体の表と裏で三角形を作っている様子。
拡大図(106KB)
 
 
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[図6]
左からT.S.Kumarevel博士(産業技術総合研究所)、水野洋博士(農業生物資源研究所、現在はNECソフト株式会社)、P.K.R.Kumar博士(産業技術総合研究所)。
拡大図(72KB)
 
 
 
 

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