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結晶を育てるロボット 2004.7.8 |
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〜 タンパク質結晶化システムが稼働 〜 |
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これまで、このニュースでは何度か、タンパク質の結晶構造解析の紹介をしてきました。KEKのフォトンファクトリー(放射光科学研究施設)につくられた新しい高性能のビームラインの話題や、そのビームラインで測定して明らかになったさまざまなタンパク質の話などです。今日のニュースは、タンパク質の立体構造を明らかにするためにはなくてはならない「タンパク質の結晶」に関する話題です。 タンパク質の結晶 結晶とは、分子や原子が規則的に並んだ物質のことです。タンパク質の立体構造をX線を使って調べるためには、タンパク質が規則正しく並んだ「結晶」になっていることが必要です。良いデータを取るためには、質のよいタンパク質結晶を用意することがとても大事です。しかし、「質のよいタンパク質結晶をつくる」のは、実は非常にむずかしいことなのです。 濃い塩水をしばらく放置しておくと、水が蒸発して、溶けきれなくなった塩が結晶となって出てきます。ゆっくりと水が蒸発するように工夫をすれば大きな結晶ができます。タンパク質の結晶も原理は同じですが、塩の結晶のように簡単に作れるわけではありません。普通は、沈殿剤という、溶液の溶解度を下げるはたらきをする物質を用います。沈殿剤をタンパク質の濃い溶液に混ぜて、溶解度を下げることによって溶けきれなくなったタンパク質が結晶になるのです。しかし、どんな沈殿剤をどのような条件で使えば良い結晶ができるかと言うと、これは今のところ、それぞれのタンパク質についてやってみなければわかりません。極端に言うと、タンパク質の中のたったひとつのアミノ酸が違っているだけで、良い結晶ができる条件が全く違っていることもありうるのです。 それでは、良い結晶を作るにはどうしているのでしょうか? これまでは、研究者が手作業で、沈殿剤に含まれる成分(塩、有機溶媒、高分子など)や溶液のpHなどを少しずつ変えた沈殿剤を何百種類も試して、その中から良い結晶ができる条件を探していました。どのぐらいの条件を試せば良い結晶ができるか、タンパク質によって違いますので一概には言えませんが、例えば500種類の条件を試すとすると、すべての条件の溶液を準備するのに、熟練した研究者でも1日か2日はかかります。まさに文字どおりの「努力の結晶」ですね。 今では高性能ビームラインのおかげで、従来は数時間もかかっていた1つの結晶あたりの測定が20分程度でできるようになりました。こうなると結晶を作るという過程がますますボトルネックになってしまいます。KEKフォトンファクトリーの、構造生物学研究センター(センター長:若槻壮市教授)では、タンパク質の結晶を作るための膨大な作業を自動化できないかということを考えました。そこで、大規模タンパク質結晶化システムという、効率よくタンパク質の結晶を作らせる機械を開発しました。 大規模タンパク質結晶化システム KEKの中には、構造生物実験準備棟という建物があります。ここは、高性能ビームラインを持つ2つの放射光リング、PFリングとPF-ARからちょうど同じぐらいの距離にあります。ここにはタンパク質を扱う実験室がいくつかありますが、その中の一部屋を全部使ってこのシステムが設置されています(図1、2)。まるで小さな工場のようです。 このシステムでは、図3の下の写真のような、96個のウェル(結晶を作るための小さな容器)を持つ結晶化プレートを使って結晶を作ります。ひとつひとつのウェルは、中央部分が高く、周辺には溶液が入れられるようなドーナツの型のような構造をしています。まず周りの溝の部分に沈殿剤を入れ、真ん中の高いところにタンパク質の溶液のドロップを1滴たらします。最後にまわりの溝の沈殿剤を1滴取ってタンパク質溶液のドロップと混ぜ、全体を密封します。密封した容器を一定温度で静かに置いておくと、まわりの沈殿剤の濃度と中心のタンパク質溶液に混ぜた沈殿剤の濃度の差により、タンパク質溶液中の水分が少しずつゆっくりと蒸発して、タンパク質の結晶ができます。 システムの最初の部分は、沈殿剤やタンパク質の溶液を正しくプレート内のウェルに注入したり、混ぜたりする分注システムと呼ばれる部分です(図4)。多くの条件を試すためにはタンパク質溶液は少量のほうがよく、このシステムでは、500ナノリットル(1ナノリットルは1ミリリットルの100万分の1)という少ない量を正確に分注できる分注器を持っています。分注が終わったプレートは、透明なシールによって自動的に密封されます。ここまでの操作を同時並行して行うことにより、1枚のプレート(つまり96個の条件)あたり平均約36秒というスピードでこなすことができます。 密封されたプレートを、インキュベータという恒温容器の中で保管し、結晶の成長を待ちます。現在は1,100枚までのプレートを保管することができます。このプレートの中で結晶ができたかどうか見るためには、CCDカメラを備えた観察装置を用います(図5)。あらかじめ決められたスケジュールにしたがって自動的にプレートの中を撮影し、画像ファイルはコンピューターに保存されます。画像はパソコンのウェブブラウザから見ることができるので(図6、7)、研究者は、世界中のどこにいても自分の結晶の成長のようすを確かめることができるのです。 分注システムからインキュベータへ、またインキュベータから観察装置へとプレートを運ぶのには、2本のアームを持った搬送ロボットが大活躍しています(図8)。2本の腕のおかげで入れる動作と出す動作を同時に行うことができるので、搬送の効率が良くなっています。また結晶の成長には振動は大敵ですので、プレートを持っているときには移動速度を落とし、持っていない時には高速で動くように制御されています。このように効率をあげるための工夫がなされていることや、いろいろな作業を同時進行できるシステムになっているので、1日に換算すると約24万種類の結晶化条件を試すことができ、これは結晶化システムとしては世界で最高の速さを誇ります。 最近注目されているタンパク質には、結晶化が非常に難しいものが多くあります。例えば、膜タンパク質という、細胞膜に埋め込まれた状態で機能を発現するタンパク質は、疎水性という性質のため、きれいな結晶を作ることが非常に難しいと言われています。また、大きな複合体タンパク質も結晶を作ることが困難です。このシステムでは、人の手で行うのに比べて、格段に多くの条件を短い時間で試すことができるので、いままで結晶化に成功していないタンパク質でも結晶ができる可能性があります。 ロボットが実験をお手伝い KEKの構造生物学研究センターでは、この他にも、小さな結晶をループ(ビームラインで測定するための結晶のホルダ)に取り付けるロボットや、ループに取り付けた結晶をビームラインの測定装置に取り付けて自動的に測定を行うシステムなど、実験を効率よく行うためのシステムを次々に開発しています。たくさんのロボットのお手伝いのおかげで、生命の謎にせまる研究成果が次々と生まれることでしょう。
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