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感染をキャッチする見張り番 2005.7.14 |
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〜 自然免疫系の巧妙なしくみ 〜 |
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以前の記事で「免疫」のお話をとりあげたことがありました。最近また免疫に深いかかわりをもつタンパク質のはたらきが、KEKフォトンファクトリーで明らかになりました。 普遍的な感染防御システム「自然免疫系」 最初に免疫の話から始めましょう。免疫には、「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類があります(「ウイルスに立ち向かう免疫システム」参照)。自然免疫系は、わたしたち人間から、無脊椎動物、そして植物にいたるまで、多細胞生物全般に見られる普遍的な感染防御システムです。 獲得免疫系はたいへん効率の良い免疫系ですが、ごく一部の脊椎動物だけが持つ特殊な系であり、多くの多細胞生物は自然免疫系だけで感染に対する防御を行っています。無脊椎動物であるショウジョウバエも自然免疫系だけを持っていますが、最近ショウジョウバエの自然免疫系と同じタンパク質がヒトやマウスなどのほ乳類でも発見され、この小さな昆虫の自然免疫系が注目を浴びています。ほ乳類では、より迅速な対応が必要となる初期感染で自然免疫系が大きな役割を果たし、獲得免疫系との協調作業により効果的な免疫システムを構成していることがわかってきました。自然免疫系は、ハエと人間でほぼ共通の普遍的なシステムなのです。 では、自然免疫系はどのようにして自然界に存在する多くの感染源を見分け、適切に防御システムを働かせているのでしょうか? テキサス大学の張崇毅(Chung-I Chang)博士と、1988年に膜タンパク質のX線構造解析の研究でノーベル化学賞を受賞したJohann Deisenhofer(ダイゼンホーファー)教授、KEK構造生物学研究センターの若槻壮市(わかつき・そういち)教授と伊原健太郎(いはら・けんたろう)博士らは、ショウジョウバエの自然免疫系に関わるタンパク質PGRP-LCの結晶構造を調べました。テキサス大学から送られてきた液体窒素温度(摂氏−196度)に冷却されたタンパク質の結晶を、伊原さんがフォトンファクトリーのBL-5にあるタンパク質結晶構造解析装置を使って構造を調べました。 細菌の細胞壁ペプチドグリカンをキャッチ 今回結晶構造を調べたのは、PGRP-LCという名前のタンパク質です。PGRPとはPeptidoGlycan Recognition Protein(ペプチドグリカン認識タンパク質)の略で、細菌の細胞壁を構成する「ペプチドグリカン」という物質を認識するはたらきを持ちます。このタンパク質が感染源である細菌の成分をキャッチすることにより、細胞の免疫システムが動き出すという、免疫系の最初のステップを担う重要なタンパク質です。 図1がペプチドグリカンの構造です。糖2個とアミノ酸4個から成るユニットが網目のようにつながった物質で、細菌のかたちをしっかりと保っています。名前の後半の「LC」のLはlongの略で、図2のように、細胞膜を貫通しているドメイン、細胞質の中のドメイン、細胞の外に突き出したドメインから成る複雑な構造をしています。S(short)タイプのタンパク質が細胞外に分泌されてはたらくのに対し、L(long)タイプのものは、中央のドメインで細胞膜にしっかりと根をおろし、外から襲ってくる感染源を細胞外ドメインで見張っています。 この「見張り番」タンパク質にはよく似た3つの形があることが知られていました。3つの形のタンパク質は同じ遺伝子に書かれた情報からできているのですが、DNAの情報がmRNAに転写された後に、一部の情報が切り捨てられることによって(選択的スプライシングと呼んでいます)、少しだけ違った形のタンパク質ができるのです。3つのタンパク質は、細胞外ドメインだけ違っていて、後は同じ構造です(図2)。 3つの見張り番タンパク質には、それぞれ、a型、x型、y型という名前がついています。これまでの研究で、 ・多量体ペプチドグリカン(重合して網目構造を取っている状態)を認識するにはx型だけが必要。 ・単量体ペプチドグリカン(ユニット1個分がバラバラで存在する状態)を認識するにはa型とx型の両方が必要。 ということがわかっていました。このような複雑な認識の仕方には何か意味があるのでしょうか? 結合部位がふさがれた見張り番 見張り番タンパク質がどのようなしくみでペプチドグリカンをキャッチするのかを知るため、まずa型のタンパク質に、単量体のペプチドグリカンを混ぜて結晶を作ってみました。その結晶の構造を調べたのが図3です。しかし、この構造には、ペプチドグリカンに相当するものは全く現れていませんでした。単量体ペプチドグリカンはa型の見張り番タンパク質には全く結合できなかったのです。 さらに、ペプチドグリカンが結合するはずである部分を詳しく見てみると、x型にはない「でっぱり」が存在していることがわかりました(図4)。このでっぱりがあるため、ペプチドグリカンが結合できないのです。 結合部位がふさがれてしまっているa型は、ペプチドグリカンを認識することのできない、役に立たない見張り番なのでしょうか? 生化学的な実験によって、a型、x型、単量体ペプチドグリカンの3種類の分子を混ぜて、それぞれの結合能力を調べたところ、a型は、単量体ペプチドグリカンがあるときに限って、x型と結合できるという不思議な事実がわかりました。 役割分担でさまざまな「感染」に対応 実験でわかったことをまとめてみましょう。単量体ペプチドグリカンはx型には結合できますが、a型には結合できません(図5a)。ところが、単量体ペプチドグリカンがx型に結合すると、a型はこの複合体に結合することができます(図5b)。おそらくx型にペプチドグリカンが結合することによって、何らかの構造変化が起こって、a型が結合できるようになるのでしょう。 さて、いったいなぜこんな複雑なことが起こっているのでしょう? 研究者はこのようなストーリーを考えています。もともとは1種類の見張り番で、1種類の感染源(ペプチドグリカン)を捕まえていたのでしょう。でも、このような簡単なシステムでは、さまざまな状況で襲ってくる感染源にうまく対応できなかったのかもしれません。そこで、見張り番は役割分担を始めました。x型は本来の見張り番の役割で、ペプチドグリカンを見つけては捕まえます。a型は自分でペプチドグリカンを見つけるのをやめて(=結合部位をふさいで)、x型が捕まえたペプチドグリカンがどのような形態をしているのか確かめる役割に専念したとしたらどうでしょうか。これは、より効率が良く、より正確に感染源をキャッチできるシステムになるでしょう。 多量体ペプチドグリカンは、a型の助けを借りずに、x型だけで認識できることがわかっています(図5c)。このようなしくみだと、多量体のペプチドグリカンを見つけたときと、単量体のペプチドグリカンを見つけたときに、防御する戦略を変えることだってできます。自然免疫系では限られた種類のタンパク質で多くの感染源とたたかう必要があります。このような複雑な防御システムを獲得し、より的確に「感染」に対して対応できるようになった生物が生き残って、今の生物になっているのでしょう。 今後、a型、x型、単量体ペプチドグリカンの3者の複合体といった、より複雑な分子の構造を解明することができれば、自然免疫系のより詳しいしくみが明らかになるでしょう。この研究が進めば、最適化された免疫反応を引き出すことのできる合理的なワクチンを自由にデザインすることができるようになるかもしれません。 この研究は、2005年7月19日発行(オンライン版は7月8日に発行)のProceedings of National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)に掲載される予定です。
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