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ウイルスに立ち向かう免疫システム 2004.10.07 |
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〜 「ハサミ」のスイッチをオンにする「鍵分子」 〜 |
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わたしたち人間が健康を維持できるのは、「免疫」という生体防御システムが備わっているからです。身体の中にウイルスのような異物が侵入したときに、それに立ち向かうのが免疫です。今日のニュースは、このウイルス防御システムにおいて、ウイルスのmRNAを分解する「ハサミ」の役割をするタンパク質と、「ハサミ」にスイッチを入れる役目の「鍵分子」の複合体の構造を放射光を用いて調べることにより、鍵分子がどのようなしくみでスイッチを入れているのかを明らかにしたというお話です。 自然免疫の切り札インターフェロン 「免疫」には、大きく分けて「自然免疫」と「獲得免疫」という二つのシステムがあります。「自然免疫」とは、生まれつき持っている応答の速い防御システムです。これに対して「獲得免疫」とは、いろいろな抗原に感染することにより身に付く強力な防御システムです。みなさんも一度は予防接種を受けたことがあるでしょう。予防接種は、特定のウイルスや細菌に対して強い免疫を付けるもので、これは獲得免疫にあたります。獲得免疫は、たいへん効率の良いシステムですが、十分な量の抗体ができるまでは数日要するため、防御システムの発動には時間がかかります。したがって、外敵に迅速に応答する「自然免疫」がなければ、わたしたちが健康な生活を維持するのは困難です。 自然免疫のシステムの切り札となるタンパク質のひとつにインターフェロンがあります。わたしたちがウイルスに感染すると、体内の細胞がインターフェロンの合成を始め、細胞外へ分泌します。インターフェロンが周辺の細胞に到達すると、その細胞膜上にあるインターフェロン専用の受容体と特異的に結合します。すると、細胞内に連鎖的に様々な反応が起こり、この細胞はウイルスの攻撃を防御できる状態になるのです。 インターフェロンによる抗ウイルス機構の鍵分子 インターフェロンによって誘導される抗ウイルス機構のひとつに「2-5Aシステム」と呼ばれる反応があります。2-5Aとは、2',5'-結合オリゴアデニル酸という、核酸の仲間の小さな分子で(図1)、このシステムの鍵となる分子です。核酸というと、DNAやRNAがまず思い浮かびますね。2-5Aは、他の核酸にはないユニークな特徴があります。通常のDNAやRNAでは、各々のヌクレオチドは、3', 5'-ホスホジエステル結合で結ばれています。しかし、2-5Aの場合、その名のとおり2',5'-ホスホジエステル結合によって連結されているのです(2', 5'という数字は、糖の炭素(C)の番号を表しています(図1参照))。生体内には数多くの核酸が存在しますが、連続した2',5'-結合を有する核酸は、2-5Aをおいて他にありません。 この「2-5Aシステム」反応は、図2に示すように、何段階にも分かれた反応です。
2-5Aシステムの主役は、ウイルスのmRNAを切断する「ハサミ」であるRNA分解酵素、RNase Lですが、それを活性化(スイッチをオンに)する2-5Aがなければ、RNase Lが働かず、ウイルスのmRNAを分解し、その増殖を抑制することはできません。したがって、2-5Aがこのシステムの「鍵分子」ということになります。 それでは、2-5Aはどのように「ハサミ」のRNase Lのスイッチをオンにしているのでしょうか? この謎を解くために、昭和大学薬学部の田中信忠(たなか・のぶただ)博士、中村和郎(なかむら・かずお)教授のグループは、岐阜大学工学部の中西雅之(なかにし・まさゆき)博士、北出幸夫(きたで・ゆきお)教授と共同で、RNase Lに2-5Aが結合した状態の構造を、KEKフォトンファクトリー(放射光科学研究施設)の高性能タンパク質構造解析ビームライン(AR-NW12)を用いて調べました。1.8オングストロームという精度の高い分解能で構造を調べることにより、2-5AがどのようにRNase Lに結合しているのかを原子のレベルで細かく知ることができたのです。 2-5AとRNase Lの結合のしくみ 田中博士らは、ヒトのRNase LのN末端のアンキリンリピートドメイン(ANKと略、図3)と呼ばれる繰り返し(リピート)構造を持つ部分と、2-5A(図1)との複合体の構造を明らかにしました。太さが最大で20ミクロン程度と、非常に細い結晶しか得られなかったのですが、高性能ビームラインNW12を利用することにより、構造を明らかにすることができました。その結果、これまでの「2-5Aは、ANKの7番目と8番目のリピート付近に結合する」という説を覆し、2-5Aは、ANKの2番目から4番目に結合することがわかりました(図4)。結合部位を拡大してみると、2-5Aの1番目と3番目のアデニン塩基が、ANKの4番目と2番目のリピートに対し、同じ結合様式で強く結合していることが明らかになりました(図5)。 詳しく見てみましょう。図5(A), (B)の各々の左端の方では、負の電荷を持つ2-5Aのリン酸基部分が、ANKの中の正電荷を持つアミノ酸(リピート4ではアルギニン(R155)、リピート2ではリジン(K89))と相互作用しています。右の方では、2-5Aのアデニン環が、同じような環状構造をもつ芳香族アミノ酸(リピート4ではフェニルアラニン(F126)、リピート2ではトリプトファン(W60))と重なり合っています。アデニン環は、親水性アミノ酸(リピート4ではグルタミン酸(E131)、リピート2ではアスパラギン(N65))と水素結合しています。興味深いことに、これらのアミノ酸は、アンキリンリピート構造の繰り返し配列上で同じ場所に位置するアミノ酸だったのです。分子構造のモデリングの結果から、この独特な結合様式を成し遂げるためには、2-5A中の2ヶ所のホスホジエステル結合の両方が2', 5'-結合である必要があることが分かりました。 新しいタイプの抗ウイルス薬を作る この研究では、RNase Lの全部ではなく、N末端側のドメインを用いて2-5Aの結合様式を明らかにしました。したがって、「鍵分子」の2-5Aがどうやって「ハサミ」のRNase Lを2量体化させ活性化させるのかという点に関しては、未だ謎が残されています。しかし、この研究の画期的な点は、2-5AがRNase Lに結合する様子が原子レベルで明らかになり、RNase Lのスイッチをオンにする仕組みを利用した新しい抗ウイルス薬をデザインするための大きな手掛かりが得られたという点です。より活性が高く生体内で安定な分子として2-5Aを改良するためには、2-5Aの構造のどの部分を維持し、どの部分を修飾してよいのかということが分かったのです。ヒト由来のタンパク質を用いていることも、今後、新しい薬を作るうえで極めて重要な点です。この研究に基づき、インターフェロンのシグナル伝達経路を介さずに、「ハサミ」のRNase Lを直接活性化するような、新しいタイプの抗ウイルス薬が生まれるかもしれません。 この研究は、タンパク3000プロジェクト「翻訳後修飾と輸送」の一環として行われたものです。研究成果は欧州分子生物学機構の学術雑誌「EMBO Journal」(オンライン版は9月23日発行)に発表されました。
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