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last update:04/11/04  

   image 関節リウマチとたたかう    2004.11.04
 
        〜 シトルリン化を起こす酵素 〜
 
 
  関節リウマチという病気があります。関節の腫れや痛みがおこり、ひどくなると関節の変形・破壊がすすむ進行性の恐ろしい病気です。罹患率は世界人口の約1%と、かかる人の多い病気なのですが、完全に治す薬はまだありません。

今日のニュースは、関節リウマチの特効薬を作ろうとする研究の話題です。薬を作るには、関節リウマチを引き起こすと考えられているタンパク質の構造の情報が役に立ちます。このタンパク質を働かないようにするような薬を作れば良いからです。

自己免疫の連鎖を断つ

関節リウマチの原因は、免疫の異常であることが知られています。免疫とは、通常、身体の中に侵入してきた異物を認識し、それを攻撃するシステムで、わたしたちが健康な生活を送るためにはかかせないものですが、このシステムに異常が起こると、自己免疫と言って、自分自身の身体を攻撃する恐ろしい現象が起こります。関節リウマチの患者さんは、自分の関節や軟骨にも免疫システムが働いてしまい、関節がどんどん破壊されてしまいます。

この自己免疫を断ち切ってやれば、関節リウマチの治療にきっと役に立つはずです。そこで、研究者たちは、自己免疫がどのような原因で起こるか調べはじめました。関節リウマチの患者さんの血液の中に存在する自己抗体(自己免疫反応を行う物質)を調べてみると、ある特徴がわかりました。それはシトルリンを含んだタンパク質とよく反応するということです。シトルリンはアミノ酸の一種ですが、普通タンパク質を構成している20種のアミノ酸には含まれていないので、馴染みがないかもしれません。シトルリンは図1のように、アルギニンとよく似た構造をしていますが、他のアミノ酸残基や他の分子との相互作用をするために重要なイミノ基がないため、アルギニンがシトルリンに変わることはタンパク質の機能に大きな影響を及ぼすと予想されます。

わたしたちの身体の中には、アルギニンをシトルリンに変換する酵素があります。この酵素はペプチジルアルギニン・デイミナーゼ(Peptidylarginine Deiminase、PAD)、その名のとおりアルギニンのイミノ基を外す脱イミノ(デは「脱」という意味の接頭語)反応をすすめる酵素です。研究者たちはこの酵素が関節リウマチの発症に関係していると考えました。2003年には日本の理化学研究所のグループが、数種類のPAD酵素のうちの「PAD4」と呼ばれる酵素が関節リウマチの発症に関わることをつきとめました。

カルシウムイオンがスイッチに

さて、関節リウマチの犯人がわかったところで、今度はその活動をおさえることです。横浜市立大学の佐藤衛(さとう・まもる)教授のグループは、シトルリン化酵素であるPAD4タンパク質の構造を、フォトンファクトリーの高性能ビームラインを用いて調べました。

シトルリン化酵素PAD4がはたらくためには、図1のようにカルシウムイオンが必要です。そこで、以下の3種類のシトルリン化酵素の構造を調べることにしました。
  1. カルシウムイオンが結合していない酵素
  2. カルシウムイオンが結合している酵素
  3. カルシウムイオンと基質(アルギニンを含むペプチド)が結合している酵素
シトルリン化酵素PAD4は、細長いブーツ状の形をしていて(図3左)、溶液中では、2つの分子が頭の部分と尾の部分をお互いに結合したような形の2量体を形成して機能していることがわかりました(図3右)。また、カルシウムイオンが結合する部位は全部で5箇所あり、そのうち2つは、基質結合部位の近くにあることがわかりました。この2つのカルシウムイオンの結合が、シトルリン化酵素がはたらくために重要であると考え、基質結合部位を詳しく見てみました。

カルシウムイオンが結合していない酵素では、基質結合部位の付近は負に帯電した領域(図では赤で示してあります)が露出している、不規則な構造を取っていました(図4左)。しかし、この基質結合部位の近くにカルシウムイオンが2個結合した酵素では、広く露出した負電荷の領域が安定化され、構造のしっかりした活性部位ができていました(図4中)。また、カルシウムイオンと基質の両方が結合した酵素の構造を見てみると(図4右)、カルシウムイオンだけが結合している酵素(図4中)とほとんど構造が変わっていないことがわかりました。このことから、シトルリン化酵素PAD4は、カルシウムイオンの結合によってできた活性部位に基質分子が結合して機能を果たすことがわかりました。このようにカルシウムイオンが活性部位を作る反応はいままでに知られていなかった新しい発見です。また、他の3つのカルシウムイオンはクラスターを作っていて(図5右)、カルシウムイオンによりシグナリングスイッチの役割を果たすと考えられています。

活性部位で起こっている反応

フォトンファクトリーではタンパク質の詳細な構造を調べることができるので、原子のレベルでタンパク質のはたらくしくみがわかります。このシトルリン化酵素PAD4も原子のレベルで見てみると、巧妙な仕組みではたらいていることがわかりました。

図5の左は、活性部位を詳しく見た図です。緑色であらわした基質(アルギニンを含むペプチド)のアルギニン側鎖の部分が、活性部位の穴にしっかり固定されていることがわかります。詳しく見て行くと、
  1. 末端のグアニジノ基(H2N-C(=NH)-NH-の部分、図1参照)は、活性部位の底部で2つのアスパラギン酸残基(図5左のD350, D473)によって認識されている。
  2. アルキル基の側鎖部分(図1の(CH2)3の部分)は、疎水性のアミノ酸であるトリプトファン残基(W347),バリン残基(V469)と相互作用している。
  3. 基質のペプチド鎖部分(図1のNH-CH-CO-の部分)のカルボニル酸素(-COのO)が分子表面でPAD4によって認識されている。このことから、単体のアミノ酸であるL-アルギニンではなく、ペプチド結合を持つタンパク質中のアルギニン残基のみが特異的に認識されることが明らかになりました。

さらに、シトルリン化酵素PAD4が反応を起こす際には、システイン残基(図5左のC645)の求核攻撃(電子が不足している部分(電気的に陽性の部分)を攻撃する反応)と、それに続くヒスチジン残基(図5左のH471)によって活性化された水分子の求核攻撃という2段階の反応であることがわかりました。これらの反応の役割を担うアミノ酸残基は、すべて基質の近くにあって、反応が起こりやすくなっていることがよくわかります。

この研究で明らかにされたシトルリン化酵素PAD4の構造や、カルシウムイオンによる酵素の活性化機構は、酵素の阻害剤、つまり関節リウマチの治療薬を開発するために非常に重要な情報であり、国内外の製薬企業からも注目を集めています。KEKの研究の成果から、多くの人々が苦しむ関節リウマチの画期的な薬が早く実用化されると良いですね。

この研究成果は,学術雑誌「Nature Structural and Molecular Biology」の2004年8月号で発表されたものです。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→KEK放射光研究施設のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→横浜市立大学大学院総合理学研究科 構造科学研究室のwebページ
  http://www.tsurumi.yokohama-cu.ac.jp/xtal/index.html
→KEK構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
→文部科学省タンパク3000プロジェクトのwebページ
  http://www.mext-life.jp/protein/

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[図1]
PADによるアルギニン残基のシトルリン化。
アルギニン残基がシトルリン化されると正電荷が消失するので、タンパク質の高次構造や他の分子との相互作用が変化し、タンパク質の機能に大きな影響を及ぼす。
拡大図(18KB)
 
 
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[図2]
提唱されている関節リウマチの発症メカニズム。
関節リウマチ患者の関節の間にある滑膜には多量のシトルリン化タンパク質が存在する。これらのシトルリン化タンパク質は、シトルリン化酵素PADの働きによって産出される。シトルリン化タンパク質は自己抗原(異物)となってそれを特異的に認識する自己抗体が産生し、免疫異常が引き起こされる。その結果、関節滑膜に炎症が起こり、関節の腫れや痛みを特徴とする関節リウマチが発症すると考えられている。したがってPADの活性を阻害してシトルリン化タンパク質の産出を防ぐ阻害剤は関節リウマチの根本的な治療薬につながると期待されている。
拡大図(35KB)
 
 
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[図3]
シトルリン化酵素PAD4の構造(リボンモデル)。
左:PAD4の単量体。N末端ドメインを黄色と緑色で、C末端ドメインを赤色で示す。青色の棒球モデルは基質BA(benzoyl-L-arginine amido、アルギニンを含むペプチド)、黒色の球はカルシウムイオンCa2+です。
右:PAD4の二量体。
拡大図(76KB)
 
 
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[図4]
シトルリン化酵素PAD4の静電ポテンシャル図。
左:カルシウムイオンが結合していない酵素(Ca2+-free PAD4)
中:カルシウムイオンが結合した酵素(Ca2+-bound PAD4)
右:カルシウムイオンと基質BAが結合した酵素(Ca2+/BA-bound PAD4)
赤色の領域は酸性(負電荷)、青色の領域は塩基性(正電荷)を示す。Ca2+が結合していないPAD4では酸性ポケットが溶媒に露出しているが(緑枠)、この酸性ポケットにCa2+が結合すると活性部位(黄色枠)が形成され、基質(緑色の空間充填モデル)が結合できるようになる。
拡大図(80KB)
 
 
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[図5]
カルシウムイオンと基質BAの認識。基質BAは緑色で、Ca2+は黒色の球で示す。
左:C末端ドメインにおける基質BAの認識と2つのCa2+の認識。活性残基C645(A645)とH471が基質の近傍に位置して求核攻撃によるシトルリン化反応を可能とする。
右:N末端ドメインにおける3つのCa2+の認識。Ca2+はクラスターを形成している。
拡大図(40KB)
 
 
 
 

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