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last update:06/02/16  

   image 糖鎖で積み荷を仕分ける    2006.2.16
 
        〜 糖鎖認識型運び屋タンパク質 〜
 
 
  生命の最小の単位である細胞では、生命を担うさまざまな活動が行なわれています。このニュースでは、細胞の中で物質を輸送する働きにかかわる「運び屋タンパク質」のお話を何回か取りあげました。今日のニュースの主役もそうした運び屋タンパク質のひとつです。このタンパク質は積み荷タンパク質の「糖鎖」と呼ばれる部分を荷札として認識するのですが、フォトンファクトリーで明らかになった立体構造から、どうやって積み荷を選別するのかが少しずつわかりつつあります。

細胞のタンパク質工場、小胞体と輸送小胞

細胞の中には細胞小器官、またはオルガネラと呼ばれる小さな器官がたくさんあります。それぞれのオルガネラは専門の機能を担っていて、効率がよく仕事ができるような分業制になっています。多くのオルガネラは、脂質でできた膜で仕切られています。膜はオルガネラを外の空間から区切る役割はもちろんですが、オルガネラで起こる反応が膜を足場にしたタンパク質によって行なわれていることも多く、反応の場としても重要な役割を担っています。膜で仕切られたオルガネラのひとつ、小胞体は、タンパク質にS−S結合を架けて正しく折り畳んだり(フォールディング)、タンパク質とタンパク質を会合させたり、糖鎖を付加させたり...といった、タンパク質が機能するために重要な反応を行なっています。

工場で作られた製品が行先によって決まったコンテナに仕分けられて出荷されるように、小胞体でつくられた完成品のタンパク質は、「輸送小胞」と呼ばれる、膜でできたパッケージに包まれて他のオルガネラに運ばれます。工場でつくられた製品が厳重に管理され仕分けられるように、輸送小胞による積み荷タンパク質の輸送も厳密にコントロールされています。細胞のタンパク質工場では、どのように積み荷を選別し、正しい出荷先に送っているのでしょうか。

糖鎖の荷札で積み荷を仕分け

小胞体でつくられるタンパク質の多くはN型(アスパラギン(N)結合型)と呼ばれる糖鎖修飾を受けますが、最近、N型糖鎖と輸送小胞への積み荷の選別には密接な関係があることがわかってきました。積み荷タンパク質の糖鎖を荷札として、選別・積み込みを行う糖鎖認識型の運び屋タンパク質が見つかったのです。理化学研究所の佐藤健(さとう・けん)博士と、理化学研究所兼東京大学の中野明彦(なかの・あきひこ)教授らは、出芽酵母Saccharomyces cerevisiae において、小胞体の内腔に糖鎖を認識する部分(糖鎖認識ドメイン;Carbohydrate Recognition Domain;CRD)を持つ運び屋タンパク質Emp46pとEmp47pを見つけ出しました(図1)。そしてこれらの運び屋タンパク質が積み荷である糖タンパク質の輸送を担っていることを突き止めました。酵母は、ビールやパンの材料としておなじみの小さな単細胞生物ですが、人間も含めたほ乳動物と同じオルガネラによって分業化された細胞を持っています。遺伝子工学などの技術が進んでいるので、実験材料として広く使われています。

この運び屋タンパク質がどうやって細胞内輸送に関わっているかを調べるため、KEKの若槻壮市(わかつき・そういち)教授、佐藤匡史(さとう・ただし)博士を中心とする構造生物学研究センターの研究者たちは、2つの運び屋タンパク質、Emp46pとEmp47pのそれぞれの糖鎖認識ドメインの立体構造をフォトンファクトリーの放射光を用いて明らかにしました。この研究成果は、アメリカの科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」で掲載されることになり、オンライン版ではすでに1月26日に発表されました。

カリウムが結合する変わり者

2つの運び屋タンパク質Emp46pとEmp47pの糖鎖認識ドメインの全体構造は、糖結合タンパク質(レクチン)でよく見られるβ(ベータ)サンドイッチ構造から構成されていて、お互いに非常によく似ていました(図2)。ほ乳動物で同様の機能を担っていると考えられているラット由来ERGIC-53タンパク質の糖鎖認識ドメインと比較してみると、全体構造はよく似ているものの、金属結合部位は全く異なっていて、Emp46pではカルシウムではなくカリウムが結合していました(図3)。一方、Emp47pには金属が全く結合しませんでした。

立体構造の情報を基にカリウムが結合できないEmp46pの変異体タンパク質を作製し、酵母に導入する実験によって、Emp46pタンパク質ではカリウムが結合することが生体内で何らかの機能(たとえば糖鎖認識)を発現するために重要であることがわかりました(図4)。これまでに報告されている糖鎖認識型の運び屋タンパク質ファミリーまたはレクチンの中で、カリウムが結合するものは知られていませんので、Emp46pはかなりの変わり者と言えます。若槻教授らのグループでは、次に、これらの運び屋タンパク質と、積み荷タンパク質の「荷札」である糖鎖の複合体の構造を解析することを計画しています。これによって、カリウムが糖鎖の認識にどのように関わっているのかについても、はっきりした答えが得られるでしょう。

糖タンパク質輸送に関わる疾患の治療へ

近年、糖鎖認識型の運び屋タンパク質に遺伝的な変異が起こると、糖タンパク質である血液凝固因子の輸送に機能的障害を生じ、血友病と同様の出血性症状を呈する疾病を引き起こすことが明らかになりました。今後、運び屋タンパク質の立体構造の研究が進めば、このような糖タンパク質輸送に関わる疾患についての理解も深まり、最終的にはその治療の道へと繋がることが期待されます。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→構造生物学研究センターのwebページ
  http://pfweis.kek.jp/index_ja.html
→文部科学省タンパク3000プロジェクトのwebページ
  http://www.mext-life.jp/protein/
→理化学研究所 中野生体膜研究室のwebページ
  http://www.riken.jp/r-world/research/
          lab/wako/membrane/index.html

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[図1]
運び屋タンパク質Emp46pとEmp47pの全体構造。Emp46pとEmp47pは高い相同性(45%)を示した。小胞体内腔には、N末端に糖鎖認識ドメイン(CRD)、会合状態に関わるコイルドコイルドメインがある。小胞体ではEmp46pとEmp47pはコイルドコイルドメインを介した会合体を形成して、ゴルジ体ではその会合体は解離する。一方、C末端の細胞質ドメインは、輸送小胞(COPIIおよびCOPI)と結合する。
拡大図(57KB)
 
 
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[図2]
運び屋タンパク質Emp46p(A, B)とEmp47p(C, D)の糖鎖認識ドメインの構造。(B),(D)は(A),(C)をY軸に対して90度回転させた図。2つの運び屋タンパク質の糖鎖認識ドメインは、主に7本の凹状のβ(ベータ)シート(黄色)と5本の凸状のβシート(青色)がサンドイッチした特徴的な構造(βサンドイッチ構造)からなっている。赤紫色のボールで示したものがカリウム。
拡大図(97KB)
 
 
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[図3]
運び屋タンパク質Emp46pのカリウム結合部位の構造(ステレオ図)。Emp46pとラット由来の運び屋タンパク質であるERGIC-53をコンピューター上で重ね合せ、Emp46のカリウム結合部位とERGIC-53のカルシウム分子のみを表示させたステレオ図。Emp46pは、ERGIC-53のカルシウム結合部位(Ca1, Ca2)とは全く異なった場所に、カリウムが一つ結合している。
拡大図(65KB)
 
 
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[図4]
出芽酵母Saccharomyces cerevisiae を摂氏37度で培養すると野生型は生育できるが(上から1番目、白く見えているのが増殖した酵母)、2つの運び屋タンパク質Emp46pとEmp47pが両方とも欠損した突然変異体の細胞はほとんど生育できない(上から2番目)。このことから2つの運び屋タンパク質は、酵母が生きるために重要な役割を果たしていることがわかる。また、突然変異体の生育阻害は、運び屋タンパク質Emp46pを過剰に発現させることにより回復した(上から3番目)。一方、運び屋タンパク質にカリウムが結合できない変異(Tyr(Y)131→Phe(F))を導入すると、その回復能力は著しく低下した(上から4番目)。このことから運び屋タンパク質Emp46pが機能を発現するには、カリウムが結合することが重要であることがわかる。このような突然変異体を用いた実験方法が使えるのも、実験材料として酵母を用いる大きな利点である。
拡大図(66KB)
 
 
 
 
 

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