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last update:07/01/25  

   image 軽くなったヒッグス粒子    2007.1.25
 
         ボソンの精密測定 〜
 
 
  ものに重さがあることの謎を解く鍵とされるヒッグス粒子は現在も未発見で、世界中の素粒子研究者がその存在を突き止めようと日夜努力しています。トップクォークや ボソンなどの性質を詳しく調べることによって、このヒッグス粒子自身の重さを推定することができます。

日本の研究者も積極的に参加している米国のCDF(シーディーエフ)実験において、データ量を増やして ボソンの質量の測定精度を向上させたところ、ヒッグス粒子は従来の予測よりもやや軽いという結果が得られました。

世界最高エネルギーの実験

以前の記事でもご紹介しましたが、米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所のテバトロン陽子反陽子衝突型加速器は、6種類のクォークの中でいちばん重いトップクォークと、弱い相互作用を媒介する ボソンを生成することができる唯一の稼働中の加速器です。スイス・ジュネーブ郊外で建設が進められているLHC加速器が運転を開始するまでは、世界最高エネルギーの加速器実験となります。

テバトロン加速器ではCDF実験とD0(ディーゼロ(注1))実験という二つの国際共同実験グループが研究を競い合っていますが、このうちのCDF実験には日米科学技術協力事業の一つとして、筑波大学などから日本人研究者が多数参加しています。トップクォークの生成の証拠を1994年に見つけました。
注1:D0(ディーゼロ)はテバトロン加速器の衝突点の名称の一つで、後にその場所に設置される測定器を建設する実験グループの名称ともなった。

素粒子が反応する極微の世界では、量子力学の輻射補正(ふくしゃほせい)という理論的計算によって、普通では考えられないような不思議な現象を調べることが出来ます。その一つが、まだ見つかっていない粒子の性質を推定することです。

ヒッグス粒子は未発見ですが、トップクォークや ボソンのような重い粒子が反応する時に、輻射補正の影響が強く現れると考えられています。理論的計算にもとづいてヒッグス粒子の質量を予言する際に、トップクォークと ボソンの質量をそれぞれ同じ測定器で精密に調べることが出来るテバトロン加速器は、現時点で最適の環境といえます。

測定精度の向上

ボソンは、クォークと反クォークの対、あるいは電子やミュー粒子のような荷電レプトンと電荷を持たないニュートリノの組に崩壊します。ニュートリノは物質とほとんど相互作用しないために「見えない」粒子ですが、運動量保存則により、陽子と反陽子のビームに垂直な平面でのニュートリノの運動量(横運動量)を測定することができます。

ボソンは重い粒子なので、それが崩壊して生まれる粒子は大きなエネルギーを持っています。CDFでは、高いエネルギーを持った電子またはミュー粒子(荷電レプトン)と、消失エネルギーの大きな事象を選択することで、 ボソンの候補事象を選びます。それぞれの事象の荷電レプトンの運動量とニュートリノの横運動量を測定し、再構成した ボソンの質量をモンテカルロ法を用いたシミュレーションで求められた質量分布と比較することによって ボソンの質量が決定されます。

1992年から1996年にかけて収集したデータ(ラン・ワン・データ)から、2001年にCDFグループは ボソンの質量として80433±79MeVという結果を得ました。この結果とD0グループ、さらにヨーロッパのCERN研究所で行われたLEP加速器の4つの実験(ALEPH、DELPHI、L3、OPAL)による ボソンの質量測定結果を合わせて、 ボソンの質量の世界平均値は80392±29MeVとなりました。

テバトロン加速器は1996年のラン・ワン実験終了後、ビーム強度を上げ、ビームエネルギーも900GeVから980GeVに増強されました。CDFとD0の測定器もそれに応じて増強が行われ、2001年からは「ラン・ツー」と呼ばれる実験データ収集が再開されました。現在は約17倍に増えたデータの解析作業が進められています。

データの量が増えることで統計的な測定精度が向上しますが、それに応じて測定器のエネルギー更正などの様々な精度向上が必要になります。CDFグループは、検出された約11万個の ボソン候補事象を用いた新しい ボソンの質量の測定結果を2007年1月になって報告しました。

トップクォークよりも軽かったヒッグス粒子

図4は再構成した ボソン候補事象の横質量の分布です。この分布から ボソンの質量が80413±48MeVと求められました。これは0.06%の測定精度であり、単独の実験グループが求めた ボソンの質量としては最高の精度です。この精度向上の結果、世界平均値は80398±25MeVとなり、15%ほど精度が上がりました(図5)。

今回の ボソンの質量の測定結果は、これまで考えられていたよりもヒッグス粒子が軽いという推定(質量の上限が下がる)につながります。CDFとD0で測定したトップクォークと ボソンの質量、及びLEP実験で測定した ボソンの質量等と質量輻射補正の計算結果を比較すると、ヒッグス粒子の質量は80+36/-26GeVとなり、2006年夏時点では166GeV以下だったのが、153GeV以下(信頼度95%の時(注2))となりました(図3下)。トップクォークの質量の世界平均値は171.4±2.1GeVなので、ヒッグス粒子はトップクォークより軽いということになります。
注2:ばらつきのある測定にもとづいて推定を行う場合の統計的信頼性。

ボソンの質量測定の精度をさらに上げるためには、データの量を増やすと共に、荷電レプトンのエネルギーや、反跳エネルギーおよび ボソンの横運動量分布の測定の不定性を下げることが鍵となります。今回の測定では、収集データの10%程が解析に用いられましたが、今後エネルギー較正などをさらに進めることによって上記の不定性を改善するとともに、現在収集された全データを解析することによって質量測定の精度がさらに改善されると期待されています。

ヒッグス粒子の発見競争

今後CDF実験では、今回の解析に用いたデータ量の約40倍にあたるデータ量を2009年末までに収集する予定です。トップクォークの質量と ボソンの質量の測定の精度を共に上げることによって、ヒッグス粒子の質量の間接測定の精度を上げることができます。またヒッグス粒子を直接探索する解析も進められていて、質量が130GeV以下あるいは150〜170GeVの場合、99.7%の信頼度で生成の証拠を見出すことができると考えられています。ヒッグス粒子発見にしのぎを削るCDF実験の今後にご注目ください。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CDF実験日本グループのwebページ
  http://www.tsukuba.jp.hep.net/cdfj/
→CDF実験のwebページ(英語)
  http://www-cdf.fnal.gov/
→Fermilabのwebページ(英語)
  http://www.fnal.gov/pub/presspass/
        press_releases/LighterHiggs.html


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[図1]image Fermilab
米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所(Fermilab)。テバトロン加速器で陽子と反陽子をそれぞれ980GeV(9千8百億電子ボルト)で正面衝突させて、Wボソンやトップクォークなどの研究が進められている。
拡大図(95KB)
 
 
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[図2]
CDF(Collider Detector at Fermilab)測定器。大きさ10m立方、総重量約4000トンの粒子測定器の中央でエネルギーが900GeVの陽子と反陽子が衝突する。衝突で生成したハドロン粒子、レプトンのエネルギー・運動量をCDF測定器で測定する。
拡大図(46KB)
 
 
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[図3]
トップクォークの質量と ボソンの質量の2次元プロット。質量の輻射補正計算よりトップクォークの質量と ボソンの質量はヒッグス粒子の質量が決まると一定の曲線にのる関係をもつ。すなわち、トップクォークの質量と ボソンの質量が決まるとヒッグス粒子の質量が決まる。テバトロンのCDF実験とD0実験が測定したトップクォークの質量とCDF、D0、LEP実験で測定した ボソンの質量が青い曲線で囲まれた領域にある。2006年夏時点(上)と今回測定した ボソンの質量を含めた結果(下)が示される。
拡大図(70KB)
 
 
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[図4]
再構成された ボソンの横質量分布。 ボソンがミュー粒子とニュートリノに崩壊するモード →μν(上)と電子とニュートリノに崩壊するモード →eν(下)について、CDFで測定された ボソンの横質量分布(誤差棒つきの点)がシミュレーションによる予言曲線(赤いヒストグラム)と比較される。
拡大図(35KB)
 
 
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[図5]
これまでに測定された ボソンの質量とその世界平均値。
拡大図(22KB)
 
 
 
 
 

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