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毎秒3兆回の変身 2006.5.18 |
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〜 CDF実験が観測したBs中間子の粒子・反粒子振動 〜 |
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現在見つかっているすべての種類の粒子に対して、プラスとマイナスの電荷が逆で重さが同じ「反粒子」と呼ばれる粒子があります。反粒子は自然界ではほとんどお目にかかることはありませんが、加速器や高エネルギーの宇宙線が起こす反応の中では、ごく短時間存在します。 米国シカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所のテバトロン加速器を使ってCDF(シーディーエフ)実験グループが観測したBs(ビー・サブ・エス)という中間子が引き起こす「粒子・反粒子振動」という不思議な現象についてご紹介しましょう。 鏡の中の相棒と入れ替わる ボトムクォークと軽い反クォークが結合した状態は、反B中間子と呼ばれます。これに対応して、反ボトムクォークと軽いクォークが結合した状態がB中間子です。B中間子と反B中間子は、互いにそれぞれの反粒子です。B中間子は質量が大きく不安定な粒子であるため自然には存在しませんが、加速器を用いて生成することができます。 加速器では、ボトムクォークを含む粒子と反ボトムクォークを含む粒子とが必ず対となって生成されます。Bs中間子はストレンジクォークと反ボトムクォークがくみ合わさっています。これに対して反Bs中間子は反ストレンジクォークとボトムクォークの組み合わせです。 Bs中間子と反Bs中間子は同じ重さを持っていて、電荷は中性です。このときにこの二つを結びつける素粒子反応があると、両者はある確率で勝手に相手と入れ替わってしまうのです。この現象を「粒子・反粒子振動」と呼びます。同様の現象はボトムクォークと反ボトムクォークの組み合わせであるB0中間子とその反粒子の反B0中間子の間で、Belle実験グループなどがすでに観測しています。 難しかったBs中間子の振動の観測 電荷を持たない(つまり中性の)中間子では、粒子が反粒子に変換してから崩壊することがあります。中性B中間子も例外ではありません。図1の上の図では左側に左には反ボトムクォーク、右にはボトムクォークがあり、その相手としてそれぞれダウンクォーク、反ダウンクォークがあります。下の図はダウンクォークがストレンジクォークに置き換えられています。上の図の左側がB0中間子、右側が反B0中間子、下の図の左がBs中間子、右が反Bs中間子に対応します。 この図の左側の中間子と右側の中間子は弱い力を媒介するWボソンによってそれぞれ相手の状態と入れ替わることができます。この変換の振動の振動数(周期の逆数)は、図2の過程の起こりやすさによって決まります。この計算は小林・益川行列の要素と関連しています。 この振動の頻度はB中間子と反B中間子が混じりあう際にできる二つの状態(質量の固有状態)の質量差で決まりますが、Bs中間子の場合は振動の頻度が極めて高いので、観測することは困難と考えられてきました。この観測を行ったのがCDF(シーディーエフ)実験グループ(図1)です。 CDFは米国フェルミ国立加速器研究所のテバトロン加速器を用いて、陽子と反陽子を衝突させることにより素粒子物理学の研究を行っている実験グループです。CDFグループが測定したトップクォークの質量については以前ご紹介しました。 毎秒2.8兆回の粒子・反粒子振動 粒子・反粒子振動の探索には、Bs中間子の崩壊事象を集めて個々の崩壊時間を測定し、それが振動に特有のふるまいを示しているか否かを判別します。「フーリエ解析」と呼ばれる解析の手法を用いると、崩壊事象が起きるタイミングから、ある振動数に応じた粒子・反粒子振動現象が起きている確率を計算することができます。 図3は、今回のCDF実験のデータを、横軸に角振動数を取り、その振動数成分の三角関数の振幅を縦軸に表したものです。縦軸の振幅は、振動が起こっている場合に1となるようにしてあります。振幅が0であることは、その振動数成分を含まないことを意味します。データ点は、横軸の角振動数が17毎ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)付近で振幅が1であり、それ以外の振動数ではほぼ0です。また、振動数が非常に高い領域では、データの統計量による不定性(点から伸びた棒の長さ)が大きくなり、実験的な感度が小さくなることを示しています。しかし、角振動数17毎ピコ秒近くでは、データ点が振幅0から離れていることがわかります。つまり、データは角振動数17毎ピコ秒の粒子・反粒子振動を示唆します。 本来は振動が存在しないにもかかわらずこのような振動を示唆する結果を得る確率は、別の方法で確認した結果、0.5%以下と評価されました。つまり、今回の実験結果により、Bs中間子の粒子・反粒子振動は、99.5%の確率で観測されたことになります。 これを通常の振動数に換算すると、毎秒2.8兆回(相対的精度は、約3%)になります。これまでこの現象が観測されなかったのは、振動数が非常に高いことによります。実験的に、高い振動数を持った振動を観測するには高統計のデータが必要であり、また、一定以上の高い振動数成分を見い出すことは、検出器の分解能が有限であるかぎり不可能だからです。 小林・益川行列要素の決定 小林・益川理論では、CP対称性の破れを「ユニタリ三角形」という図形で表現することがあります(図4)。CP対称性の破れがあるということは、三角形の角度が0でないことに対応します。 現在のCP対称性の破れの研究は、この三角形の三つの角度と三辺の長さを精密に決定して、小林・益川理論の予言するところを検証し、また、素粒子標準理論を超える新たな物理の兆候を探すことを目標としています。 図4はこれまで実験からユニタリ三角形に関する情報を総合したものです。実験の測定精度や理論的な不定性から、三角形の頂点の位置は図の中の赤い楕円形の範囲にあると考えられます。 さて、Bs中間子の粒子・反粒子振動では、三角形の右の斜辺の長さを決定することが可能です。Bd中間子の粒子・反粒子振動の角振動数Δmdを測定することによっても、この斜辺の長さの情報を得ることができますが、そこでは理論的な不定性が重要となってきます。これは、図4のオレンジ色と黄色の円周部分の幅に反映しています。 今回の実験結果からユニタリ三角形の情報を計算し直すと図5になります。この結果では、図4と比較して、オレンジ色の円周の幅が、また、赤線で囲まれた領域が、ぐっと小さくなったことがわかります。これにはまた、近年の格子ゲージ理論の進展による理論計算の精度の向上も寄与しています。 また、この領域は他の実験結果から得られたユニタリ三角形の情報と矛盾しません。つまり、小林・益川理論の検証がかつてない精度で行われていること、そして理論の正しさを示していると言えます。 新たな段階を迎えたCP対称性の破れの研究 小林・益川理論を含む素粒子の標準理論は非常な成功を収めています。しかし、研究者は標準理論を超える新現象を探索しています。それは、素粒子が従っている法則が、より深い階層で理解できると期待するからです。もし新しい物理法則が存在するなら、現在の標準理論は、非常によい近似であるものの、根本理論ではないということになります。 Bs中間子の粒子・反粒子振動の測定がさらに進展すると、別の物理量の測定も可能になってきます。例えば、ユニタリ三角形の右の斜辺が底辺に対して持つ角度βは、これまでにBelle実験やSLACのBaBar実験などで精度よく測定されています。これはダウンクォークと反ボトムクォークの組み合わせによるB0中間子の観測によりますが、Bs中間子がJ/ψ中間子とφ中間子へ崩壊する場合はCP対称性の破れは起こらないと予言されています。もしこの崩壊においてCP対称性が破れていることが観測されれば、標準理論を超える新しい物理の存在を示すことになります。 CDF実験ではこれまでの8倍程度のデータが2009年までに蓄積される予定です。CP対称性の破れの研究以外にもトップ・クォークやWボソンの質量の精密測定、ヒッグス粒子の直接・間接の探索、新粒子の探索など、これまでにない精度での実験および理論の検証が可能となることが期待されています。今後の進展にご期待ください。
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