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重力波で見る宇宙 2007.8.30 |
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〜 大型低温重力波望遠鏡LCGT 〜 |
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リンゴが木から落ちるのを見て、「全ての物体は重力でお互いに引きつけあっている」と見抜いたのはイギリスの物理学者ニュートンでした。地球がリンゴを引きつけるのと同じ力(重力)が、太陽の周りを回る惑星や、銀河系と別の銀河系が互いに引きつけ合う力など、身近な距離から天文学的な距離までの広い範囲にわたって働いています。 そんな身近な重力ですが、重さを持った物体が振動したりする時にその周りに発生すると考えられている「重力波」については、これまで直接捉えられたことはありません。以前の記事でもご紹介しましたが、この重力波を捉えるための「望遠鏡」の研究開発にはKEKも参加しています。 神岡の地底から宇宙を見張る 「望遠鏡」と言っても、レンズを覗き込んで星を見る望遠鏡とはおよそ似ても似つかぬ形をしています。東西と南北など、直角に2つの方向に伸びた真空のパイプの中でレーザー光を飛ばして鏡で反射させ、鏡までの距離を精密に測ります。重力波が到達すると、空間がほんのわずか伸び縮みするので、その変化を検出するわけです。 世界ではすでにいくつかの大型重力波望遠鏡が稼働していますが、日本でも東京大学宇宙線研究所、国立天文台、KEKの3機関が協力して「大型低温重力波望遠鏡(LCGT)」計画を進めています。この3機関では今年2月末、重力波研究推進の覚書を締結しました。 重力波望遠鏡には地盤の振動などの雑音が大敵です。LCGTはレーザー光で距離を測る腕の長さが3kmありますが、大パワーの安定化レーザー干渉計を、地盤振動の静かな神岡鉱山トンネル内に2台設置します。ニュートリノの研究とは異なりますが、スーパーカミオカンデなどのためのトンネルがすでにある神岡鉱山は重力波で宇宙を「見張る」ための条件も整っているのです。 レーザー光を反射させて距離を測るための干渉計鏡が熱を持っていると雑音となって実験の精度が下がってしまうので、雑音を抑制するためにはサファイア製の鏡を冷却して用います。 透過力が強い重力波 時空のさざ波ともいえる重力波は、1916年にアインシュタインの一般相対性理論によってその存在が予言され、1960年代にはウェーバーによって実験研究が始められました。重力波は電磁波に比べると極端に弱い波なので、地球や太陽でも簡単にすりぬけてしまいます。幽霊粒子と呼ばれるニュートリノよりも透過性が強いのです。 しかし、重力波のこの透過性の強さを利用することができれば、これまでの手段では見ることができなかったものが「見える」ことになります。例えば、可視光を使って人間を撮影すると、表面の衣服や肌しか写りませんが、透過力の強いX線では身体の内部にある骨を撮影することができます。では、重力波で宇宙を見ることができたら、どんなものが見えるでしょうか。 一つは中性子星やブラックホールなどのように活動の激しい天体現象の中心核を直接見ることができるだろうと考えられています。中心核で発生した重力波が周囲の物質に止められることなくすり抜けてくるからです。 もっと遠くの宇宙を見るとどうでしょうか。数億光年から数10億光年の距離にある天体を観測することで宇宙膨張を直接測ることができる可能性があります。これからダークエネルギーに関する知見が得られる可能性があります。 更に遠方を見ることができればどうなるでしょうか。光も重力波も、遠くからやってくるには時間がかかるので、遠方を見るということは宇宙の過去にさかのぼることになります。 電磁波で見ることができるのは、誕生から約30万年以降の宇宙に限られます。30万歳の宇宙の姿は宇宙背景輻射として観測され、ビッグバン理論の証拠となっています。重力波ではこれよりも若い宇宙の姿を直接見る有力な手段となり得ます。初期宇宙の超高エネルギー物理学を重力波観測によって進める可能性が開けてくるのです。 6億光年の彼方まで このように、いったん検出に成功すれば天文学や物理学の発展に様々な形で役に立ちそうな重力波ですが、地上の実験ではまだ直接捉えることができません。 重力波に対する検出限界は腕の長さに反比例するので、長い腕をもったレーザー光干渉計が使われます。現在、重力波に対して最高の感度を持っている米国のLIGOは、腕の長さが4kmあり、もし2つの中性子星が地球から5300万光年(16Mpc)以内の距離で合体すれば、そこから発生する重力波の検出が可能なレベルにあります。欧州では腕長3kmのVIRGOが米国のLIGOの感度に迫っています。現存の干渉計型重力波検出器としてはこの他にドイツにGEO(600m)、日本にはTAMA(300m)があります。 腕の長さが3kmのLCGTは、さまざまな工夫によって感度を高めることで、6億光年(180Mpc)の距離までの二重中性子星合体から発生する重力波の検出を可能にする予定です。これだけの感度があれば、1年に数回から10回ほどの頻度で重力波の現象を捉えることができると期待されます。目的の第1は重力波の直接実験検出、第2は重力波天文学の創成で、合体の最終段階と形成されるブラックホールの準固有振動の重力波観測から、強い重力場での一般相対性理論の検証が期待できます。他にも、超新星やガンマ線バースト、パルサーもLCGTの狙う重力波源になると考えられています。 LCGTの感度を高める工夫の1つである鏡の冷却技術は日本独自のもので、KEKと東京大学宇宙線研究所の研究協力によって生まれてきました。その中の1つである低振動冷凍機システムの開発については以前の記事「振動との闘い」をご覧ください。この低振動冷凍機システムは予定どおりの性能を発揮することが実験的に確かめられました。現在CLIOは鏡の冷却による熱雑音低減の実証実験を行っています。 冷却したサファイア鏡は、主目的である熱雑音の低減のみでなく、次世代の干渉計型検出器の厄介な問題の解決策にもなっています。問題の1つは熱レンズ効果で、鏡に微量ながらも光吸収があるとレーザーが透過した部分の温度が上がり、熱膨張と屈折率が変化するため光学系によけいなレンズが入ったのと同じ効果を及ぼします。2つめはパラメトリック不安定性で、干渉計内の光のモードと鏡の音響モードとが接近して存在すると発生します。3つめは鏡の反射膜の機械損失です。LCGTで用いる冷却サファイア鏡には、これらの問題点に対して技術的な利点があります。 重力波検出実験の今後 LCGTの目標とする二重中性子星合体から発生する重力波の検出距離である6億光年は、宇宙論的にはまだまだ小さい範囲です。観測する振動の周波数帯域数10Hz〜1kHzは、中性子星や恒星サイズのブラックホールが関わる現象が主な観測対象ですので、インフレーション宇宙論による背景重力波の観測にはさらなる技術的解決が必要です。 地球上の検出装置では地盤の振動によって感度に限界があるので、次の世代の観測では宇宙空間を利用することが考えられています。空間的に離れた2つの試験質量の間の距離を正確に測るという方法の他、宇宙背景輻射の詳細な観測から背景重力波を探るという方法も提案されていて、研究が始まっています。 7月上旬にシドニーで開催された国際会議では、重力波望遠鏡による観測が電磁波によるカニ星雲のパルサー重力波の観測の上限値を超えたという報告がありました。重力波望遠鏡による宇宙のいろいろな観測ができるようになるのもあまり遠くない未来であると関係者は期待しています。
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