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小林先生ノーベル賞受賞! 2008.10.9 |
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〜 小林・益川理論とKEK Bファクトリー 〜 |
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2008年のノーベル物理学賞は、シカゴ大学名誉教授の南部陽一郎先生、高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠先生、京都産業大学理学部教授で京都大学名誉教授の益川敏英先生の三氏に贈られることが発表されました。おめでとうございます! 三人の先生はいずれも素粒子物理学の発展に多大な貢献をなされた先駆者で、KEKで行われる研究とも密接に関係があります。その中でも特に小林誠先生は 1979年から2006年まで素粒子理論物理学の研究者としてKEKに在籍され、現在はKEKの名誉教授として研究を続けておられます。 理論と実験の架け橋 小林先生と益川先生は1973年に、物質を構成する基本粒子クォークが6種類あれば、「CP対称性の破れ」という現象が自然に説明できるという理論を発表しました。今では「小林・益川理論」と呼ばれているこの理論は、素粒子物理学の標準理論の重要な柱のひとつとなっていますが、当時はクォークがまだ3種類しか確認されておらず、二人の先駆的なアイデアはほとんど注目されませんでした。 1977年に米国フェルミ国立加速器研究所の実験で、5番目のクォーク「ボトム」が見つかった頃から、世界の研究者は「小林・益川理論」に注目し、6番目のトップクォークを見つけるための実験計画の検討が始まりました。 小林先生は1979年に当時の高エネルギー物理学研究所に物理研究系の助教授として着任されました。日本の素粒子物理分野の悲願だった陽子加速器による実験が始まり、次の計画としてどのような実験計画を立てるべきかを模索するために、理論家と実験家が真剣に議論をする必要があり、そのどちらにも精通した小林先生が適任だったのです。当時、同じ研究会に参加した高崎史彦氏(KEK素粒子原子核研究所長)は、「小林先生は物理のことをなんでもよくご存知で、困ったことがあると、いつも相談していた」と語っています。 トリスタン計画からBファクトリー計画へ 小林先生も建設の議論に参加されたトリスタン加速器では残念ながらトップクォークを作り出すことは出来ませんでした。 その後、三田一郎氏(元名古屋大学教授、現在神奈川大学教授)らが、小林・益川理論に基づいて、B中間子の崩壊でCP対称性が大きく破れることを予言し、それを実験的に証明するため日本のKEKとアメリカのSLAC研究所におけるBファクトリー実験が開始されました。小林先生はこの計画を検討するための研究会でも理論家と実験家の橋渡し役として貢献されています。 Bファクトリー実験のKEKB加速器は、80億電子ボルト(8GeV)まで加速した電子と、35億電子ボルト(3.5GeV)まで加速した陽電子(電子の反粒子)のビームを高頻度で衝突させ、B中間子とその反粒子である反B中間子を大量に対生成させます。その衝突点に設置されたBelle測定器では、B中間子の崩壊過程を精密に記録しています。 2001年に米国スタンフォード大学線形加速器研究所(SLAC)のBaBar実験グループと同時にB中間子の崩壊における大きなCP対称性の破れを観測することに成功しました。BelleグループとBaBarグループの貢献は、今回のノーベル物理学賞受賞に対するスウェーデン王立科学アカデミーのプレスリリース文にも述べられています。 KEKのBファクトリー実験では、加速器の性能増強とデータの高精度化によって、小林・益川理論では説明できないようなさらに未知の現象を探索する準備を進めています。 未来への投資 小林先生は35年前の研究が受賞につながった自らの経験を踏まえ、記者会見では基礎研究の重要性を指摘しておられます。また、同時に受賞された南部先生の研究は実に半世紀近く前に行われたものです。 南部先生、小林先生、益川先生の受賞は、日本人の素粒子物理学分野への貢献が国際的にも評価された現れといえるもので、皆さんとともに喜びたいと思います。
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